「働かないおじさんなのに、給料が高いのはおかしい」と言われた50代平社員の「仕返し」

写真拡大 (全2枚)

根性論を押しつける、相手を見下す、責任をなすりつける、足を引っ張る、人によって態度を変える、自己保身しか頭にない……どの職場にも必ずいるかれらはいったい何を考えているのか。5万部突破ベストセラー『職場を腐らせる人たち』では、これまで7000人以上診察してきた精神科医が豊富な臨床例から明かす。

本人なりの自己保身

「なぜどんな会社でも「人間関係のトラブル」が絶えないのか…「不和の種をまく人」の実態」で紹介したAさんの思惑を理解するには、彼が社内で置かれていた立場に目を向ける必要があるだろう。Aさんは昇進とはまったく無縁で、ずっと平社員のままだった。なぜかといえば仕事が遅いからだ。非常に几帳面で丁寧なのだが、その分時間がかかるので、こなせる仕事量が少ない。若い頃は、「もっと速くしろ」と上司から叱責されていたそうだが、急かされると焦るのか、仕事が雑になってミスが格段に増えるので、周囲も次第にあきらめてきたようだ。

もっとも、会社に30年以上勤務しているので、それなりの給料をもらっているらしく、「働かないおじさんなのに、給料が高いのはおかしい」と不満を漏らす若手社員や契約社員もいたらしい。このように不満の声があがった一因として、Aさんのこなせる仕事量が少ない分、他の社員に負担がかかっていたこともあるのではないか。

こうした声がAさんに届いていたかどうか、わからない。だが、50代になっても平社員のままのうえ、他の社員と比べて仕事が遅いことも一目瞭然だったので、真っ先にリストラ対象になるのではないかとAさんが危惧したとしても不思議ではない。実際、コロナ禍のせいで取引先だった飲食店の多くがしばらく休業や時短営業に追い込まれて売り上げが激減しただけでなく、ロシアのウクライナ侵攻や円安の影響で原材料費が値上がりしたこともあって、会社の上層部は50代以上の社員のリストラを検討していたそうだ。

このような状況に置かれると、どうしても自己保身願望が頭をもたげてきて、自分以外のリストラ候補を探さずにはいられない。知らず知らずのうちに、自分より劣った人や問題を抱えた人など、もっと"下"の人を見つけ出して、「あの人よりは自分のほうがまし」と自らに言い聞かせると同時に、周囲にもアピールしようとする。これは自分自身の心の安定を図るための自己防衛にほかならず、探しても自分より"下"の人が見つからなければ、作り出すしかない。

Aさんと同じ部署に、彼より仕事が遅い人はいない。50代以上の社員は、Aさんを除けば胸ぐらをつかんだ男性だけであり、直属の上司も40代である。ちなみに、胸ぐらをつかんだ男性は、仕事はできるが、感情的になりやすく、すぐカッとなるところがあった。そのため、管理職には不向きだろうという上層部の判断によって30代後半以降は昇進が見送られていた。50代になってこの先もう昇進の目はないだろうと周囲からは見られていたが、本人は昇進したいという願望が強かったのか、若手をきちんと指導していることを上層部にアピールするためもあって、勉強会を主宰していたようだ。

胸ぐらをつかんだ男性は一応30代までは順調に昇進していたという点で、ずっと平社員のままのAさんとは違う。だから、同じ50代でも自分のほうがましと周囲にアピールするのに、自分のほうが仕事ができることを示すという方法では無理そうだと、Aさんにもわかったはずだ。

となれば、Aさんが自分のほうがましと周囲にアピールするには、胸ぐらをつかんだ男性は感情的になりやすいが、そういう欠点が自分にはないことを示すしかなかったことは容易に想像がつく。だからこそ、30代の男性が勉強会について愚痴をこぼしていたという嘘を、胸ぐらをつかんだ男性に吹き込み、何かの機会に爆発することをひそかに期待していたのだろう。

Aさんのこうしたもくろみは、ある意味では成功したといえる。同じ部署にいる自分の同期がAさんの嘘を真に受け、他の社員の目の前で30代の男性の胸ぐらをつかんで怒鳴るという大失態を演じたことによって、すぐカッとなる欠点を露呈したのだから。

そのおかげでAさんは得をしたことになる。まず、周囲に「(胸ぐらをつかんだ男性とは)できるだけ関わりたくない」「あんなにカッとなる人は怖い」と思わせることに成功し、胸ぐらをつかんだ男性よりもAさんのほうがましと周囲にアピールできた。また、胸ぐらをつかんだ男性は、もめごとを起こしたせいでますます昇進が遠のくかもしれないし、今後リストラの対象にされやすくなるかもしれない。そうなれば、Aさんが自己保身のために弄した策は望み通りの結果をもたらすわけで、胸ぐらをつかんだ男性はAさんにはめられたという見方もできなくはない。

減点主義を逆手にとって不和の種をまく

Aさんが若い頃から「○○さんが〜と言っていた」と吹聴して周囲に不和の種をまいてきたのは、そうすることによって自分が得することを経験的に学んだからだと私は思う。いわば過去の成功体験があったからこそ、同じようなことをずっと続けてきたのだ。

その背景には、とにかく波風を立てないようにすることが日本の多くの企業で重視されてきたことがあると考えられる。聖徳太子以来の「和を以て貴しとなす」という伝統が脈々と受け継がれているのか、できるだけもめごとを起こさないようにすることが何よりも大切とされる。

おまけに、減点主義で評価されることが多く、いくら仕事ができても波風を立てる人は、協調性がないとみなされて上からあまり評価されない。当然、なかなか昇進できず、場合によっては干されたり排除されたりする事態になりかねない。そのためか、仕事で成果を出すことよりも、むしろなるべく問題を起こさないことに汲々とする人が大多数のように見受けられる。

Aさんもその一人なのではないか。しかも、減点主義を逆手にとり、「○○さんが〜と言っていた」という発言によって周囲に不和の種をまくことを繰り返し、その結果もめごとが起こるたびに、ひそかにほくそ笑んでいたのかもしれない。もめごとを起こした人の評価が下がれば、自分自身の評価が相対的に上がると勝手に思い込んでいたとも考えられる。

この手の人はどこにでもいる。「○○さんが〜と言っていた」という伝聞調で、○○さんがあたかも悪口を言っていたかのように伝えて、不和の種をまく。そのせいで、悪口を言われたと思い込んだ人物と○○さんの関係が険悪になる、場合によっては実際にもめごとが起こる事態になれば、してやったりだ。陰でにんまりとしながら、不和になった二人の間を取り持つような真似をして、自分の存在感を誇示しようとすることさえある。だから、「○○さんが〜と言っていた」という類いの話を決してうのみにしてはいけない。

つづく「どの会社にもいる「他人を見下し、自己保身に走る」職場を腐らせる人たちの正体」では、「最も多い悩みは職場の人間関係に関するもので、だいたい職場を腐らせる人がらみ」「職場を腐らせる人が一人でもいると、腐ったミカンと同様に職場全体に腐敗が広がっていく」という著者が問題をシャープに語る。

どの会社にもいる「他人を見下し、自己保身に走る」職場を腐らせる人たちの正体