世界に誇るべき大豆食文化

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アボカドで脳の健康と機能が向上?

〈君が何を食べるか言ってみたまえ。君が何者であるかを言い当てよう〉(ブリア=サヴァラン『美味礼讃』)。何をどう食べるか、この難問に関する記事を週刊新潮は数多く掲載してきた。今回はそのエッセンスを凝縮。専門家が説く、健康的な「最強の食」決定版。【前後編の前編】

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【写真を見る】認知症に効く“意外”な料理とは

 食こそが健康の基本中の基本とは分かっていても、この尋常ならざる暑さのせいで、食べる気力さえ湧かない人もいるに違いない。夏バテである。そこで、まずは「疲労対策のプロ」のお薦め食材を紹介する。

「実は多くの疲労は、『体が疲れている』わけではなく、『脳が疲れている』ことからくるものなのです」

世界に誇るべき大豆食文化

 と説明するのは、スタンフォード大学スポーツ医局アソシエイトディレクターの山田知生(ともお)氏だ。多くのアスリートたちに心身のケアを行い、疲労のメカニズムを知悉する山田氏が続ける。

「神経のコンディションが悪化すると、心身のあらゆるところにゆがみが生じ、体のオンとオフがうまく切り替えられなくなったり、脳から神経を通じて手足に的確に信号を送れなくなったりします。その結果、私たちは疲れを感じるのです。従って、神経のコンディションを整えておく、つまり脳の健康を保つことが疲労対策には有効です」

 そう解説する山田氏自身が実践している食生活とは。

「ここ数年、特にこの1、2年で、オメガ3脂肪酸を含む良質な脂質が脳の機能をサポートし、認知機能の低下を防いでくれるという指摘が多くなされています。私自身、毎朝オメガ3脂肪酸のカプセルを1000ミリグラム飲むのに加え、アボカドを食べるようにしています」

 アボカドに関しては興味深い研究結果が出ている。

「アメリカのある大学の研究では、中くらいの大きさのアボカドを6カ月間食べ続けた人は、空間的作業記憶力や問題解決能力が大きく向上したと報告されています。アボカドなどに含まれる良質な脂質は血流を改善し、脳への酸素と栄養の供給を促進させることが分かっています。この作用によって、脳の健康と機能が向上するのは十分にあり得ることです」(同)

すさまじいパワーを秘める新芽ブロッコリー

 疲労対策を行い、「食べる力」を十分に漲らせる。その上で、食に期待することの一つといえば、病気予防であろう。

「ブロッコリーを食べると、がん予防に役立つ『スルフォラファン』という成分が体内で生成されます」

 と言うのは、食品機能化学を専門とする名古屋大学名誉教授の大澤俊彦氏だ。

「アメリカのジョンズ・ホプキンス大学医学部のポール・タラレー教授の実験で、次のことが明らかになっています。発がん性物質を投与したラットを二つのグループに分け、一方には成熟ブロッコリーから抽出したスルフォラファンを与え、もう一方には与えなかったところ、後者の腫瘍発生率は66%であったのに対し、前者では26%にとどまったのです」

 特にすさまじいパワーを秘めているのが、発芽後3日目の新芽ブロッコリー「スーパー・スプラウト」だ。

「100グラムあたりのスルフォラファン含有量は、成熟ブロッコリー12ミリグラムに対し、スーパー・スプラウトは258ミリグラムで、実に21.5倍。成熟ブロッコリーを1週間で1キログラム食べて発揮されるがん予防効果が、スーパー・スプラウトの場合、50グラム程度で達成されることになるのです」

骨は脆いのに骨折しにくい日本人

 健康寿命の延伸を邪魔する“敵”は、無論、がんだけではない。とりわけ中高年にとって、元気に歩き続けられる足腰を保つことは重要だ。自由に歩けなくなると家に閉じこもりがちになり、その先にはフレイル(要介護手前の虚弱状態)が待ち受けている。

「大豆には、素晴らしい機能性成分が多く含まれています」

 と、食品生化学が専門である東京大学名誉教授の佐藤隆一郎氏が説明する。

「中でも、『ゲニステイン』という種類のイソフラボンが豊富で、このゲニステインは女性ホルモンに近い活性を示します。そして、骨粗鬆症は大腿骨頸部骨折を招きやすく、寝たきりの大きな原因となりますが、その予防にゲニステインが寄与しているのではないかと考えられているのです」

 骨粗鬆症患者の80%以上は女性であり、その主な原因は閉経後の女性ホルモンの低下だとされている。

「欧米に比べると乳製品の摂取量が少ない日本人はカルシウムが不足する傾向にあり、事実、欧米人女性と比較すると日本人女性の骨密度は低く、骨が脆い。ところが、日本人の骨折率は欧米人よりも低いことが分かっています」

 骨は脆いのに骨折しにくい。「ジャパニーズ・パラドクス」と呼ばれる矛盾である。

「この謎を解く鍵として、イソフラボン説が語られています。閉経後に女性ホルモンの分泌が激減した分を、女性ホルモン様活性を発揮するゲニステインが補ってくれるという考え方です。豆腐、みそ、納豆と、世界に誇るべき大豆食文化のおかげで、ゲニステイン摂取量の多い日本人女性は比較的骨折が少ないと考えられます」

チーズは優れた「抗サルコペニア食品」

 また、フレイルの前段階として、サルコペニア(加齢に伴う筋肉減少症)にも注意が必要である。

「近年、サルコペニア予防のために、高齢者であってもタンパク質を積極的に摂ることが推奨されています。しかし、過剰な摂取は腎臓に負担をかけてしまう。そこで、タンパク質の『量』ではなく、『質』がより重要になってきます」

 こう説くのは畜産物利用学、応用微生物学を専門とし、乳製品に詳しい東北大学名誉教授の齋藤忠夫氏だ。

「チーズには『ロイシン』が豊富に含まれています。タンパク質はアミノ酸で構成されているわけですが、そのうち体内で作ることができず、食事から摂取するしかないものを必須アミノ酸と言います。ロイシンは、9種類の必須アミノ酸の一つです。そして、必須アミノ酸の中でも筋肉量を増やすのに欠かせないのがバリン、イソロイシン、そしてロイシンで、特にロイシンが最も筋肉の生成に寄与することが分かっています。従って、チーズはとても優れた『抗サルコペニア食品』といえるのです」

「魚の摂取量が多いほど認知症リスクが下がる」

 さらに、アンチエイジングに励むのであれば、「老化の始まり」となる、ある臓器を若返らせる食材の摂取が欠かせない。医学界にはこんな名言があるという。

〈人は血管とともに老いる〉

 愛媛大学大学院の抗加齢医学(新田ゼラチン)講座教授で、若返り研究の権威である伊賀瀬道也氏が言う。

「今では、イワシやサバなどの青魚に含まれる飽和脂肪酸の『EPA(エイコサペンタエン酸)』には血液をサラサラにする効果があり、動脈硬化の予防に役立つことが広く知られていますが、世界五大医学誌の一つ『ランセット』に、その効果が掲載されたのは2007年。20年ほど前は、私を含めた一部の循環器系の専門家が青魚の健康効果を訴えていたもののなかなか浸透しませんでした。実は、青魚が体に良いというのは、意外と最近の科学的知見といえるのです」

 この“新しい健康食材”である青魚には血液をサラサラにしてくれる以外にも、さまざまな効果がある。

「EPAは紫外線による肌老化も防いでくれますし、やはり青魚に含まれることで知られるDHA(ドコサヘキサエン酸)には脳機能を高める効果もあり、東北大学などの研究によって、魚の摂取量が多いほど認知症リスクが下がることが明らかになっています」(同)

豚汁が腸を整える理由

 そう、人生100年時代の今、がんを抜いて「なりたくない病気」の第1位となっているのが認知症だ。管理栄養士で、札幌保健医療大学大学院教授の川口美喜子氏は、

「食事での対策を含め、認知症を完全に予防することは残念ながらできませんが、認知症発症の大きな因子は生活習慣病です。そのため、認知症を予防するには、生活習慣病にならない食事が第一歩となります」

 として、こう続ける。

「まず血圧の急激な上下動を防ぐために、麺だけ、パンだけといった『糖質オンリー』の食事は避け、また色鮮やかな野菜を食べることで抗酸化作用の高いファイトケミカル(植物性化学物質)を取る。そうした上で、腸を整える食事をしましょう。脳腸相関という言葉が示すように、腸の健康は脳の健康にもつながります。腸にとって良い食事には、『腸で働く善玉菌を多く含む食べ物(プロバイオティクス)』と『善玉菌を育てる食べもの(プレバイオティクス)』の二つを合わせた『シンバイオティクス』という考え方がとても大切です」

 これを踏まえて、川口氏が説く「認知症予防料理」とは――。

「発酵食品でありプロバイオティクスの代表格であるみそ、食物繊維が豊富でプレバイオティクスであるゴボウやコンニャク。これらが一緒に取れる豚汁がお薦めです」

 後編【「しょうが焼きと豚しゃぶ、どちらが栄養価が高い?」「ヨーグルトを食べるべき時間帯は…」 気になる食の疑問を専門家が徹底解説】では、食の内容だけではなく、「どう食事を取るべきか」について徹底解説している。

「週刊新潮」2024年8月15・22日号 掲載