多くの人は頭の中で本や新聞に書かれている文章を読み上げたり、買い物リストや電話番号を頭の中で繰り返したりすることができます。しかし、一部の人々はこの「内なる声」を聞くことができないとのことで、デンマークとアメリカの研究チームがこれらの人々を対象に、言語に関連するタスクのパフォーマンスを調査した結果を報告しました。

Not Everybody Has an Inner Voice: Behavioral Consequences of Anendophasia - Johanne S. K. Nedergaard, Gary Lupyan, 2024

https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/09567976241243004



People without an inner voice have poorer verbal memory - University of Copenhagen

https://humanities.ku.dk/news/2024/people-without-an-inner-voice-have-poorer-verbal-memory/

We Used to Think Everybody Heard a Voice Inside Their Heads - But We Were Wrong : ScienceAlert

https://www.sciencealert.com/we-used-to-think-everybody-heard-a-voice-inside-their-heads-but-we-were-wrong

The voice in your head may help you recall and process words. But what if you don’t have one?

https://theconversation.com/the-voice-in-your-head-may-help-you-recall-and-process-words-but-what-if-you-dont-have-one-230973

人は自分が持っている感覚や能力について、他の人々も同様に持っていると思い込んでしまいがちですが、実は人々が持つ感覚には多様なばらつきがあることがわかっています。特に近年は、頭の中で映像をイメージできない「アファンタジア」と呼ばれる人への理解が深まっており、さまざまな調査結果が報告されています。

頭の中で映像をイメージできない「アファンタジア」の人は世界をどう見ているのか? - GIGAZINE



新たに、デンマークのコペンハーゲン大学とアメリカのウィスコンシン大学マディソン校の研究チームは、「内なる声」が聞こえない人々を対象にした研究を行いました。大多数の人々は、自分の頭の中で文章やモノローグを読み上げる内なる声を持っていますが、5〜10%の人々はこの内なる声を持っていないとのこと。

コペンハーゲン大学の博士研究員であるヨハンネ・ネデルガード氏は、内なる声なしで生きる人は自身の考えを言葉にする上での時間と労力が他の人より大きいと指摘しています。内なる声が聞こえない人の中には、まず頭の中に「イメージ」を思い浮かべて口に出す時にそれを言葉に変換するという人や、思考は言葉ではなくコンピューター的に処理するという人、「音のない言葉」として思考するという人がいるそうです。



研究チームは、「内なる声が聞こえない、あるいはほとんど聞こえない」という46人と、「内なる声がうるさいほど聞こえる」という47人、合計93人の被験者を集めて言語に関するタスクを与えました。最初のタスクは、「bought(買った)」「caught(捕まえた)」「taut(ピンと張った)」「wart(いぼ)」といった音声的にもつづり的にも似た単語の並びを見せて、その順番を覚えてもらうというものでした。

ネデルガード氏は、「これは誰にとっても難しいタスクですが、内なる声がなければ順番を覚えるために頭の中で言葉を繰り返せないため、さらに難しくなるだろうという仮説を立てました。そして、この仮説は正しいことが判明しました。内なる声を持たない被験者は、言葉を覚えるのが著しく苦手でした」と述べています。

同様に、物が映った2枚の写真を見せて、「sock(靴下)」と「clock(時計)」のように韻を踏む単語があるかどうか判別するタスクでも、内なる声が聞こえない人々はパフォーマンスが低かったとのことです。これは、単語の発音を確認するために内なる声が出せないことが原因だと推測されています。

興味深い点として、「問題を解くために言葉を声に出してもOK」という状態になると、両グループのパフォーマンス差は解消されました。また、単語の発音とは関係がない「非常によく似た画像を識別する」といったタスクでは、両グループのパフォーマンス差がなかったとのことです。

ネデルガード氏は、「もしかしたら、内なる声を持たない人は他の戦略を学んだだけなのかもしれません。たとえば、ある種類のタスクを行う時は人さし指でたたき、別のタスクをする時は中指でたたくという人もいました」とコメントしています。なお、今回の実験で特定された言語記憶の差は、通常の日常会話では気付かれない程度だとのこと。



研究チームは、内なる声が聞こえない人々のことを「アネンドファジア(anendophasia:無内言症・無内声症)」と呼んでいます。これに対し、今回の研究には関与していないオーストラリア・クイーンズランド大学の心理学者であるデレク・アーノルド氏は、この新しい名称はややこしさを増すものだと苦言を呈しています。

自身も自身も脳内でイメージを想像できないアファンタジアだというアーノルド氏は、人間には脳内のイメージや声に限らずさまざまな感覚があり、それぞれの欠如に対して個別に名前を付けると混乱が生じると指摘。何らかの想像上の感覚を持っていない人々は自らのことを「aphant(アファント)」と呼ぶそうで、これに接頭辞を付けることで「audio aphant(オーディオアファント)」「visual aphant(ビジュアルアファント)」のように、簡単に識別できるとアーノルド氏は提唱しました。