スタートアップ投資で数々の実績を残すグリー完全子会社のVC・ストライブ。親会社との対立が浮かび上がっている(上写真:尾形文繁撮影、下画像:ストライブの公式HPより)

若手のキャピタリストが次々に流出している――。

あるVC(ベンチャーキャピタル)をめぐり、2022年の半ばから後半にかけて、スタートアップ業界で一つの情報がかけめぐった。話題の中心となったのはSTRIVE(ストライブ)、業界では有数の運用パフォーマンスを上げていることで知られるVCだ。

2023年3月に上場したVTuber関連事業を行うカバーや、2020年12月に上場したロボアドバイザー事業を行うウェルスナビなど、さまざまな案件に投資実績を持つ。創業前後のシードステージから、事業が軌道に乗るまでのアーリーステージのスタートアップを中心に支援し、投資家としてリスクを取る分、出資比率が高くリターンも大きい。

ウェルスナビへの投資では、サービスを始める前のライセンス承認や社員の採用がない中で、2015年にリード投資家(=特定の資金調達ラウンドで中心的役割を果たす投資家)として6億円の出資をまとめた。「あの段階で投資を決められる目利き力は日本のVCで随一」(VC関係者)と言われるほど、評価が高い。

そのVCに今、いったい何が起きているのか。

立ち上げ遅れる4号目ファンド

ストライブの出自は、2011年にさかのぼる。100%親会社のグリーがVC事業を始めるに当たり、グリーの主要ビジネスであるゲームやコンテンツ事業以外のネットビジネス全般を投資対象とするVCとしてスタートした。

累計3つのファンドを合わせた運用総額は400億円に上り、中小企業基盤整備機構やみずほグループ、クレディセゾンなど外部からの出資も多い。グリーの完全子会社でありながら、コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)と言われる事業会社系列のVC色は薄い。

グリーが拠出する資金以外で運用実績を残してきたこともあり、かねてよりストライブの経営陣は“独立系”であることを強調。2020年4月には、社名を当時のグリーベンチャーズからストライブに変更している。

つまずいたのは、4号目となる新規ファンドの組成だ。会社側は詳細を明らかにしていないが、関係者の話を総合すると、2022年半ばにストライブの中でまとまりかけたファンド組成計画が親会社の意向で白紙になったという。その時点で冒頭の通り、若手キャピタリストの流出が始まった。

VCの投資サイクルは近年、ファンドの組成から組み入れと呼ばれる投資の割り当てを経て、3年に一度のペースで後続ファンドが組成されるケースが多い。ストライブの3号ファンドは2019年に組成されており、2022年は4号目を立ち上げるべきタイミングだった。

ストライブからの出資を受ける、あるスタートアップ経営者は「次のファンドが立ち上がらなければ、キャピタリストとしての成長が望めない。事実上の活動停止が迫っていると捉え、複数の人が会社を去ったのではないか」と語る。

グリーとストライブの間で議論になったとみられるのが、創業期からストライブの代表パートナーを務める堤達生氏と天野雄介氏への報酬の分配だ。

通常、VCの売り上げは外部投資家から預託を受けた資金の2%に当たる管理報酬と、ファンドが生んだ超過リターンに対する20%の成功報酬からなる。通称「キャリー」と言われるこの成功報酬をめぐって、親会社のグリーとストライブの間で何らかの方針対立があったようだ。


グリーの投資・インキュベーション事業を統括する大矢俊樹・取締役CFO。ストライブの新規ファンド組成は現在進めていないことを認めつつ、「協議中」であるとした。足元の資金調達環境については「もちろんバブルみたいな状況ではないにしても、何か特段、ものすごく制約があるわけではない」という(撮影:梅谷秀司)

グリーの投資・インキュベーション事業を統括する大矢俊樹・取締役CFO(最高財務責任者)は東洋経済の取材に対し、「ファンドの新規組成を行う際は、ガバナンス体制や収益性などをみて総合的に判断している。ストライブの4号ファンド組成を現在進めていないのは事実だが、組成するかの協議は継続している状況だ」と話す。

親子間における方針対立やその内容、ストライブでの人材流出については回答がなかった。ファンドの新規組成はそもそも機関決定しておらず、グリーが出資を拒否した事実もないという。

2022年の半ばは、アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)が27年ぶりとなる0.75%の大幅利上げを決め、スタートアップの資金調達環境が激変したタイミングでもある。「マクロの経済環境が悪く、幅広い投資家から資金を集められなかった」とストライブ関係者は話す一方、「あれだけ良好なパフォーマンスを出しているVCなら、外部の投資家も集めやすいのではないか」(VC関係者)とみる向きもあり、真相は定かではない。

東洋経済はストライブへの正式取材を申し込んだが、対応はグリーにすべて集約されるとし、回答を得られていない。

独立して新会社を立ち上げる事例も

ストライブの行き詰まりは、スタートアップに投資する日本の大企業などにとっても他人事ではない。事業法人が主体となる投資において、投資部隊に対する独立性や報酬をいかに設計するかはコア要素になるからだ。

この問題にいち早く直面したIT系のメガベンチャーからは、メンバーがCVCから独立して新会社を立ち上げるという事例も生まれている。

たとえばMIXIでは、2013年に立ち上げたアイ・マーキュリーキャピタルというCVCの責任者が自由度の高い意思決定を求めて独立、2019年にW株式会社(当時W ventures)を設立した。スマホゲーム会社のKLabでは、2015年に設立したKVPというCVCの社長が投資活動の積極化などを目的として、2020年に親会社の株式を買い取るMBO(マネジメント・バイアウト)を行った。

いずれの新会社も、かつての親会社と資本関係は一切ないが、旧親会社は新会社のファンドに出資をしており、独立後も良好な関係を築いている。

MIXIは4月にW株式会社が運営するファンド「W fund」の投資先である位置情報共有アプリ「whoo」を運営するLinQに、最大20億円の出資を決めた。「W fundによるLinQへの投資はプロダクトのリリース前に行った。MIXI傘下ではできなかった機動的な意思決定が、結果的にMIXIにとってもプラスになっている」(W株式会社の新和博・代表パートナー)という。

独立がうまくいくケースばかりではない。

デジタルホールディングス傘下のVC子会社、Bonds Investment Group(通称BIG)では、2022年8月にパートナーの2人が独立。似たような社名のBIG Impactという会社を立ち上げた。ただ当初目指していた150億円規模のファンド組成がうまくいかず、現在は単独での組成を断念している。

BIGとBIG Impactに対し、独立の経緯や互いの関係などについて質問したが、両社ともに「コメントを差し控える」との回答だった。


ストライブの場合も、堤・天野両氏が独立を模索するのが自然な流れだが、「投資家との契約上、(通常は10年満期とされる)既存ファンドの運用を終えるまで辞めづらいのではないか」と複数の関係者はみる。

グリーとしては、思い切ってストライブの経営陣を刷新すれば、問題はひとまず解決する。しかし、これまで好業績を残してきた経営陣を代えることは、既存の投資家に不信感を与えかねない。まさに両社は「袋小路」の状態と言える。

サクセッションプランは十分だったのか

ストライブ側に否がないわけではない。両パートナーのリーダーシップでストライブがここまで成長してきたのは事実だが、「個人商店の域を出ない。継続的な成長のために必要なサクセッションプラン(後継者育成計画)もみえない」という声は周囲に存在した。

若手キャピタリストに配慮した登用や権限委譲の仕組みが整っていれば、前出の大矢氏が指摘するガバナンスなどに関するグリー側の懸念も、少しは払拭できた可能性が高い。

スタートアップの情報分析を行うINITIALによると、2022年に国内スタートアップへ投じられた金額のうち、CVCと事業法人の直接投資による比率は25%を占め、系統別では独立系VCや海外を抑え最も大きかった。2015年から2022年にかけて、日本のCVCは国内VC案件のおよそ半分に投資しているというデータ(PitchBook調べ)もあり、事業法人系のスタートアップ投資は日本のスタートアップ市場を牽引するドライバーになっている。

VC部門における独立のあり方を含め、親子関係をいかに保ち、自社のオープンイノベーションやファイナンシャルリターンにつなげていくのか。ストライブで起きている出来事は、多くのスタートアップ関係者にとっても教訓になりそうだ。

(二階堂 遼馬 : 東洋経済 記者)