イギリスに移り住み、現地の婚活サイトで結婚した女性の現在とは?(イラスト:堀江篤史)

「海外のデーティングサイト(婚活サイト)で結婚相手を探したのは、楽観的な理由からです。女性の年齢を気にする男性が少なく、また、離婚したあとパートナーを探している人が多いのでは、と思ったんです」

Zoom画面の向こう側でそう語ってくれるのはイギリス在住の田中久美子さん(仮名、47歳)。正確に伝えたい、という気持ちが強いからなのか丁寧な話し方が印象的だ。彫りが深くて整った顔立ちで東南アジア系の民族だと思われることも多いという。

「私は純粋な日本人で、結婚した後も国籍は日本です。両親と独身の弟は関西に住んでいます」

久美子さんは2年前にその「デーティングサイト」で出会ったダニエルさん(仮名、58歳)と結婚。ダニエルさんは生粋のイギリス人だ。

45歳での「国際初婚」に至るまでの久美子さんの経緯を聞きたい。

IT系の仕事で周囲に男性はたくさんいたものの…


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日本国内で建築系の専門学校を卒業した久美子さん。CADを扱う会社に就職し、海外留学を経てIT企業に転職した。以来、顧客企業のITサポートをする仕事を長く続けている。20代半ばから結婚願望はあったと明かす。

婚活パーティーには何度か行きましたが、私がいいなと思う人は『もっといい人がいないか』と探し続けているようなタイプでした。数回会っても連絡が取れなくなり、婚活パーティーでまた会ってしまったり……」

当時の久美子さんは「爽やかで優しくて話が面白い」男性が好きだった。口下手を自覚しているので、自分とは逆の性格や能力を相手に求めていたのかもしれない。IT業界には男性も多いが、

「そういう男性は彼女がいることが多くて、私には手が届きませんでした」

久美子さんには結婚のほかにも夢があった。海外で働くことだ。特にヨーロッパの街並みに憧れがあり、30代半ばで日系企業のITサポート部隊として渡欧。43歳のときには念願のイギリス移住をかなえている。

「給与水準も高くて働く環境も整っています。でも、最近は人が冷たくなったなと感じています。私たち移民に対してだけではなく、全体的にギスギスしているんです。仕事を見つけるのも大変だし……。ネガティブなことばかり言ってすみません」

それでもイギリスで暮らし続けたい気持ちは変わらなかった久美子さん。結婚を考え、有料のデーティングサイトに登録した。自分の性格などを細かく記入する必要があり、真面目な人が多く登録していると感じたからだ。

「それでも変な人はたくさんいました。アメリカのミリタリーを退役したという男性から、Apple Cardがすぐに必要だから買ってくれと言われて、それぐらいならとあげてしまったこともあります。その次は2000ポンドの振り込みを頼まれて、やっと詐欺だと気づきました。ビデオコールには出ないので、プロフィールの写真とは違う人なのだと思います」

詐欺被害だけではない。

「遊び目的の人や、馬鹿にした態度を取ってくる人、相手のことを気にせず自分の飲み物だけを持ってくるような人ばかりで、戸惑いました」

20代のときのように「好青年」との交際を望んでいたわけではない。浮気をしない誠実な人で、自分と年齢が近いこと。久美子さんが相手に求めていた2つの条件だ。

「でも、40代の私と年齢が近い男性はもっと若い女性との出会いを希望するのです。それは日本人もイギリス人も同じだな、と思いました」

「年齢の近さ」という条件をやめてみると…

久美子さんは年齢が近いという条件を緩め、11歳上の理想的な外見の男性と出会う。身長180センチで碧眼やせ型のダニエルさんだ。すっきりした顔立ちに久美子さんはときめいた。ただし、デートする前に2カ月ほどメッセージのやり取りをして慎重を期したと振り返る。

「2、3日に1度ぐらいのペースで長いメッセージをくれました。今日一日、自分が何をしたかというたわいもない内容です。それに対して私がコメント。それだけでも楽しかったですし、誠実さも感じました」

実際に会ってもダニエルさんの印象は変わらなかった。英語が母国語ではない久美子さんの話にもちゃんと耳を傾けてくれた。とにかく自分に優しくしてくれる。それが一番だと久美子さんは感じた。

「正直すぎるほど正直なんです。昔はカッコ良かったみたいなので彼女はいなかったのかと確認したら、3週間に1度ぐらいエスコートサービスを利用していたと話してくれました。商売の女の人ですね。でも、彼女たちは専業ではなくて、普段は看護師とかカフェ店員なのだと教えてくれました。私はそんなことまで知りたくなかったのですが、彼は何でも正直に言うことが正しいと信じている人なのです(笑)。嘘がないのはいいことなのですが……」

エスコートサービスの女性たちとの付き合いで満足していたダニエルさん。でも、60歳を目前にして「このままじゃいけない」とようやく気付いたという。ちょっと変わり者なのだ。会社を早期退職した今は久美子さんしか「友だち」がいないらしい。

「イギリスの庶民は自転車に乗ったり、歩いたりするのが娯楽のようです。彼も1人で走ったり、ジムに行ったり、サイクリングや山登りに行ったりという生活。私とはよくしゃべります。両親といる時間が長い彼はジョークが古臭いんですけど(笑)」

高齢の義両親との距離感は…

ダニエルさんはロンドン市内に1戸建ての持ち家があり、現在は久美子さんと2人暮らしだ。徒歩10分のところに両親が住んでいて、彼は毎日のように通って介護をしているという。90代半ばの父親は数年前に大腿骨を骨折してしまい、同じく高齢の母親だけではサポートできないからだ。

現在、ヨーロッパでは移民に対する目線が厳しくなっているという報道を目にすることがある。久美子さんは義理の両親との関係は大丈夫なのだろうか。

「お義母さんは優しい人ですが、義理の父は反日感情があったみたいです。人種差別というより戦争を経験した世代だからでしょう。でも、今は自分の体のことでいっぱいいっぱいなので、私に構ってはいられないようです。私が訪れても疲れさせてしまうので、彼の実家とはほどよい距離を置いています」

2人が結婚したときにはすでにコロナ禍が始まっていた。日本にいる久美子さんの父親は癌を患っているが、久美子さんは結婚後に帰国できていない。

「母とは週に2回ぐらいメールのやりとりをしています。『こっちは変わりない。健康に気をつけて』と言ってもらえますが……。イギリスは食事があまり美味しくないし、たまには日本に戻りたいです」

とはいえ、久美子さんはイギリスでの結婚生活に安らぎを覚えている。結婚前は収入の3分の1を占めていた住宅費の心配がなくなっただけではない。家事のうちで掃除と洗濯は積極的に担い、声を荒らげたりすることも一度もないダニエルさんとの相性がいいのだ。

「会社員時代も保守的で新しいことに挑戦しようとせず、毎日同じことを繰り返す生活をしていたようです。日本語もまったく覚えられません。『さむい』という単語すらも翌日には忘れています」

典型的なイギリスの労働者階級だというダニエルさんの様子を愛おしそうに語ってくれる久美子さん。国際結婚という冒険を成し遂げたのは彼女だけではない。地元で保守的な生活を送ってきたダニエルさんにとっても、外国人女性との結婚は一世一代の挑戦だったはずだ。そして、唯一無二の友にしてしゃべり相手を得ることができた。自分の習慣やこだわりを捨てる勇気こそが結婚の必要条件なのかもしれない。

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