ルフトハンザ ドイツ航空が個人客を訴えました(写真:shutter2u/PIXTA)

ルフトハンザ ドイツ航空が個人の男性客を訴えた。この穏やかでない話は一見ささいなことが原因だった。

この男性は2016年4月にオスロ(ノルウェー)→フランクフルト(ドイツ)→シアトル(アメリカ)→フランクフルト(ドイツ)→オスロ(ノルウェー)のビジネスクラスの航空券を657ユーロ(約8万2000円)で購入した(話題の本筋とは離れるがこれは極めて安い)。

そして、オスロ→フランクフルト→シアトル→フランクフルトと飛んだ後、最後の1区間であるフランクフルト→オスロで搭乗せずに、別の航空券を購入してフランクフルトからベルリンまで飛んだという。

ルフトハンザ ドイツ航空は最終区間に搭乗しなかった男性の行為が同社の利用規約に反するとして、購入金額の3倍以上にあたる2112ユーロ(約26万4000円)に利息を加えた額の損害賠償を請求した。2018年12月、ベルリンの地方裁判所は同社の訴えを退けたが、ルフトハンザ ドイツ航空はこれを不服として控訴している。

「飛び降り」とは?

飛行機を最終目的地まで乗らずに済まし、航空券を途中で放棄する行為を日本語では俗に「飛び降り」、英語ではHidden cityやSkiplaggingと呼ばれる。航空券を検索する際、途中の経由地については明確に表示されないことがある。その経由地から最終目的地までを放棄してしまうことからHidden city(隠された都市)という名が付いたようだ。

鉄道やバスに乗る場合、原則的には途中の駅やバス停で乗客が降りてしまってもその後の利用する権利を放棄してしまえば(下車前途無効)、客がとがめられることはない。例えば東京から新大阪駅行きの切符を買い、京都駅で降りてしまうようなケースだ。

ところが航空会社の多くはこうした行為を規約上で禁止している。ただし、世の中の多くの規約同様、そう定められているからといってそれを杓子定規に適用するわけではない。事実上、こうした「飛び降り」に対して客に直接ペナルティを課すケースはまず見られなかった。

そもそも航空券の放棄にはどのような種類があるのだろうか。航空券の使い方としては4つに分類できそうだ。

(1)往復で乗り継ぎを伴う航空券を購入し、復路の途中で放棄する
(2)往復の航空券を購入し、復路を放棄する
(3)片道で乗り継ぎを伴う航空券を購入し、途中で放棄する
(4)購入したものの全区間を払い戻しせずに放棄する

このうち、ルフトハンザドイツ航空の「飛び降り」の事例は(1)にあたる。

(2)は復路放棄と呼ばれ、かつては日本でもよく話題になっていた。これは日本発の片道の正規運賃よりも、往復の格安航空券のほうがはるかに安いため、意図的に往復航空券を購入するというものだ。だが、昨今はLCCへの対抗上、片道の航空券も安くなってきたため、その存在理由は相対的に薄れてきている。

経由便の価格を下げ対抗する航空会社

2018年秋に筆者がスペインに本社があるオンライン旅行会社で、リマ発サンティアゴ行きの片道航空券を購入した。そして購入後にeチケットを確認すると、実際には往復の航空券となっており、勝手に復路の航空券がついていることに気がついた。利用して特に問題は生じなかったが、このように旅客自身の意志とは無関係に放棄を強いられるケースもある。

(3)はアメリカのようにハブ空港が発達しているところでよく見られる。ハブ空港は航空会社ごとに異なり、直行便を持つライバル社に対して経由便はどうしても不利になる。そのため、経由便の価格を下げて対抗するわけだが、直行便は競争力があるため、高い価格にとどめておきたい。

こうしたことから、旅行者の実際の目的地よりも、そこからさらにフライトを追加したほうが安上がりとなるケースが生じることになる。(4)については特にコメントする必要はないだろう。

次にチェックインの有無や途中もしくは復路「放棄」する場合の事前告知についても分類してみたい。

(5)チェックインを済ませていない段階で、放棄することを事前に航空会社に告げる
(6)チェックインをせず、放棄することも航空会社に伝えない
(7)チェックインを済ませた後、放棄することを事前に航空会社に告げる
(8)チェックインを済ませた後、放棄することを航空会社に伝えない

チェックインを済ませていれば、航空会社はその乗客が搭乗する可能性が高いと判断する。そのため、搭乗するつもりがないのであれば、チェックインしないほうが航空会社のダメージは少ない。

昨今は、スルーチェックインで最終目的地まで搭乗券が発券されることが多いが、チェックイン時に経由地までの搭乗券を発券してもらうことも原則として可能だ。もし最終目的地まで搭乗券が発券されてしまう場合、「飛び降り」をする人は、荷物を機内へ持ち込みすることになる。

また、事前の連絡なしに空港に現れない行為(ノーショー)に対しては、復路放棄とは別に違約金を課すことを定めている航空会社が多い。

あらかじめ搭乗しないことがわかっているのであれば、リスクを軽減する意味でも、また、倫理的な観点からいっても航空会社に連絡するなど、事前に伝えておいたほうがよいだろう。放棄した区間の飛行機がもし満席だった場合、早めに告知しておけばそれだけその空席が有効活用される可能性が高くなるからだ。

航空会社がペナルティを科す背景

 それにしても、なぜ航空会社はペナルティを科そうとするのだろうか。「航空券を購入したのは本人なんだから乗るか乗らないかは本人の自由だろう」と感じる人は少なくないはずだ。

これは、航空会社が区間ごとに利潤の最大化を図ることによるものといえる。今回のケースでいえば、ドイツからシアトルに行くよりもオスロからシアトルに行くほうが一般的に安い。北欧は物価が高いイメージがあるが、航空券についてはヨーロッパ内では安いのだ。

また、ルフトハンザ ドイツ航空を利用する場合は、行き帰りともにドイツでの乗り継ぎを余儀なくされるために条件が不利だという点もある。そこで同航空会社では、北欧発の価格をドイツ発よりも安く設定して、北欧市場での競争力を高めようとしている。

しかし、より高い価格設定をしているドイツ在住の人が安い北欧発を買ってしまえば、ルフトハンザ ドイツ航空の収益は落ちてしまう。航空会社として当然それは阻止したいわけだ(実際に北欧まで行って航空券を購入する人の数はそれほど多くないと推察されるが)。

航空券の基本的なルールとして、第一区間から順番に利用しなければならない。そのため、今回訴えられた人もわざわざ出発地のオスロに行ったことになる。かつてソウル発の航空券が安かったころ、日本在住者がわざわざソウルまで行き、そこから航空券を使い始めるケースがあったがそれに似ている。

この男性も最後にオスロまで飛び、そこからドイツに戻れば何も問題は生じなかった。だが、せっかく自分の住んでいる国に戻ってきたのだからいちいち北欧まで行くのは時間とお金のロスだと考えたのであろう。

例えばソウル→東京→ニューヨーク→東京と飛んだ大阪在住の人が最後の東京→ソウルを放棄するのと同様だ。このように途中から放棄する場合には、それを取り締る術が事実上ないに等しかった。

航空会社が「飛び降り」に関連して訴訟を行ったケースは今回が初めてではない。2014年にユナイテッド航空と大手オンライン旅行会社のオービッツが航空運賃検索サイトのスキップラグドの運営者であるニューヨーク在住の22歳(当時)の青年、Aktarer Zaman氏を訴訟したことが話題となった。

約830万円とサイト閉鎖を求められた

これはスキップラグドが「飛び降り」によって安くなる運賃を紹介していたからというもの。月に100万アクセスに及んでいたサイトの閉鎖と7万5000ドル(約830万円)の損害賠償を求めるものだった。だが、後にオービッツは和解し、ユナイテッド航空についても、訴えが行われたのがイリノイ州(シカゴにユナイテッド航空の本社がある)であるのに対して、スキップラグドがニューヨークを拠点としていることなどから却下された。

今回のルフトハンザ ドイツ航空の件は、一個人がただ乗り継ぎの空港で降りただけなので、サイト運営者への訴訟とは次元の違う話といえるだろう。なお、この男性が「飛び降り」を繰り返し行ったかどうかは現地の報道を見る限り明らかではない。

とはいえ、今回のケースはかなり珍しく、今後もほかの航空会社が同様のケースで罰金を課そうとする可能性は現時点では高くない。そもそも旅行の途中で体調が悪化するなど、不測の事態によって搭乗できないこともありえる。

ただし、1、2回ならともかく、こうした利用法が常態化していると、訴訟には至らなくても、マイレージの差し押さえや会員資格の剥奪などが行われる可能性がないとまでは言い切れない。いずれにせよ、利益の最大化を追求する航空会社と、その裏をかいて航空券代を節約したい顧客の利害が対立する以上、この問題が今後も続いていくことだけはまちがいない。