「バカリズムの30分ワンカット紀行」が凄い、劇団西荻窪の誕生に謎の感動

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西荻窪のアーケードを歩いていると、衣料品店のおじさんが突然話しかけてくる。商店街の昔の写真を見せてあげる、というのでついて行くと、老舗のクリーニング店に到着。写真を見せてもらい店を出ると、西荻窪のゆるキャラ「にしぞう」が交差点を渡っている。にしぞうを追い越すと肉屋があり、三代目の主人に呼び止められ、冷凍庫から巨大な肉を出して見せてくれる……。

ここまでずっと編集無しのワンカット長回し。4月4日に初回が放送された『バカリズムの30分ワンカット紀行』(BSジャパン)。いわゆる「街ブラ番組」なのだが、住民を巻き込んだワンカット撮影で街を紹介しているのだ。


誰が仕込みかわからないスリル


『バカリズムの30分ワンカット紀行』は、スタッフが撮影したVTRを上映し、バカリズムと内田理央がワイプでコメントを入れて進行する。ワンカット映像は手ぶれを抑える「ステディカム」で撮影され、編集は早送りだけOK(尺調整のため)。ナレーションはなく、VTR内の情報はテロップのみ。

第1回の「西荻窪」では、JR西荻窪駅を起点に約300mの範囲を歩いた。街を歩いていると、住民が次々とカメラの前に登場してくる。この住民たち、通常の街ブラ番組のように偶然出会ったのではなく、全て事前に段取り済み。

商品を説明してくれる老舗の染物屋や、店頭でギターを弾き始める古着屋。さっき通行人で登場したスナックのママと常連客が甘味処で一緒にあんみつを食べていたりするし、電気店のテレビに「もうすぐ夜 ナイトスポットへ急げ!」と指示が出ていたりする。とにかく仕込みが多いのだが、誰が仕込まれた住民かわからないので、次に何が起こるのかワクワクしながら見入ってしまう。まさに「劇団 西荻窪を見せられた感じ」(バカリズム)である。

なかでも思わず声が出たのが、ナイトスポット「柳小路」に向かう場面。スタート時は昼の撮影なので、柳小路の酒場はまだ開店していない。通常なら編集で夜の場面に切り替わるところだが、ワンカット撮影なのでそれはできない。そこでスタッフは、カメラを据え置いて柳小路を映し続け、早送りで一気に夜にしてしまうのだ!

「撮影はワンカット」「早送りはOK」というルールを早くも逆手に取るスタッフ。『バカリズムの30分ワンカット紀行』には、こうしたアイデアがぎっしり詰まっている。

「編集を放棄」は投げ出すことじゃない


番組を手がけるのは『モヤさま』などで知られる伊藤隆行プロデューサー。改編説明会では同番組について「たくさんロケをして、細かく編集することをよしとするテレビの潮流の中で、編集をついにしなくなっちゃった番組です。編集を放棄しました」と語っている(BSジャパン「ついに編集を放棄」ありのまま旅番組:日刊スポーツ

「編集を放棄」という言葉は、難しいことを投げ出したように聞こえるが、実際は全くの逆だ。例えば、一般的な街ブラ番組で飲食店を訪ねる場面を思い出してほしい。こんな流れになっているはずである。

店を訪ねる→店員とトーク→注文→料理が出るまでトーク→料理が出る→食べる→コメント→店を出る

この中で、店の内装を映したり、料理が出るまでの時間をカットしたり、料理をアップにしたりといった編集が入る。短い時間に情報を詰めるためには編集は欠かせない。この編集を「放棄」しつつ、同じことをするにはどうしたらいいか。「西荻窪」の回ではアジア料理店を訪れるシーンが出てくる。ワンカットにするとこうなる。

道ばたで店員が声をかけてくる→店までカメラを連れていく→店内に入ると皿にナンとサラダが乗っている→厨房からコックが出てきてカレーを盛り付ける→スタッフの手がナンをちぎり、カレーをつけてカメラに近づける(この時、店員が照明を持っている)→店内を移動→別の店員がテーブルで同じ料理を食べている→「おいしいよ〜」とコメント→カメラが店を出る

ワンカットに押し込むために、アイデアが豊富に盛り込まれているのがわかるだろう。店員の動線やカレーを出すタイミングなど、実現には入念な打合せも欠かせない。「編集を放棄」することで、逆に汗をかきまくっているのだ。

ちなみに先ほどの改編説明会で、伊藤Pは「30分回すとカメラマンが死ぬといわれる重いカメラなので、ワンカットの中には途中で休憩している時もあるかも」とコメントしている。柳小路で夜までカメラを据え置いたのは、カメラマンの休憩も兼ねていたのだった。

コメントもワンカット


ワンカットの映像に心を奪われ忘れがちなのだが、映像を見ながらコメントするバカリズムと内田理央も当然ワンカットだ。一発勝負の収録でも、細部を面白がり、不自然な箇所にツッコみを入れ、伏線もきちんと拾っていくバカリズムの手腕はさすが。映像内の仕掛けを余すところなくすくい上げ、制作側と視聴者のあいだの橋渡しをしてくれる。

『バカリズムの30分ワンカット紀行』はBSジャパンで毎週月曜23:30から放送中。4月10日放送の第2回は「谷中」をワンカット撮影。富士山が見えるポイントで、期待通りに富士山が見えるのか注目です。見逃し配信もあるので、「劇団 西荻窪」を見逃した方は今のうちにぜひ。

(井上マサキ)