労働政策研究・研修機構(JILPT)の周燕飛氏(右)と、中野円佳氏が専業主婦の貧困について対談する(撮影:尾形文繁)

筆者は専業主婦がいないと回らない日本の構造について、連載「育休世代VS.専業主婦前提社会」、またそれを大幅加筆した書籍、『なぜ共働きも専業もしんどいのか〜主婦がいないと回らない構造』で考察してきた。

7月に『貧困専業主婦』を出した労働政策研究・研修機構(JILPT)の周燕飛主任研究員は、別の確度からこの構造の“しんどさ”について研究している。専業主婦前提制度の抱える課題について語り合った。

専業主婦世帯の貧困の実態

中野円佳(以下、中野):私は日本の子育てについて研究していますが、拙著で主に焦点を当てているのは、大企業における働き方の構造についてです。それもあり、共働きでも専業主婦家庭でも、夫婦のどちらかは比較的安定した会社員や専門職についている家庭を中心に扱っています。

一方、周さんは貧困に陥っている専業主婦世帯に焦点をあてていらっしゃいます。ご著書で、専業主婦世帯の貧困率は10%で、全世帯の貧困率よりも高いということを指摘されていますね。ここでいう貧困とは厚労省の公表している貧困線(4人世帯では可処分所得で年244万円程度)以下ですが、専業主婦というと余裕のある家庭というイメージを打ち砕くデータでした。


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周燕飛(以下、周):景気が悪かった2011年の調査では12%でした。その後一部パートに転じた人たちがいるので、調査データとしては2011年が専業主婦世帯の貧困率がもっとも高い年で、それ以降下がっています。その代わり、近年はパート主婦世帯の貧困率が上がっています。

そもそも一生専業主婦でいる方は少数で、子育てが一段落すると、いい条件の仕事があれば配偶者控除が得られる103万円以内で働くという人は多い。つまり、条件次第では、専業主婦とパート主婦の間を行き来する人は多い。

中野:すでに共働き世帯が専業主婦世帯の2倍近くになりましたが、と言っても、「共働き」の半数以上は子育てなど「主婦」の役割を果たしながら、空いた時間で働いているパートタイマーです。

私がインタビューした女性の中にも、子どもとの時間を優先させて働き方を変えるケースが多く見られました。ただ時間的制約があることなどによって報酬などの条件は悪いことが多く、男女賃金格差にもつながっていますよね。


周燕飛(しゅう えんび)/1975年、中国生まれ。労働政策研究・研修機構(JILPT)主任研究員。大阪大学国際公共政策博士。専門は労働経済学・社会保障論。主な著書に『母子世帯のワーク・ライフと経済的自立』(第38回労働関係図書優秀賞、JILPT研究双書)など。3児の母(撮影:尾形文繁)

既婚女性の3分の1がキャリア主婦で主に仕事をしている人たち、3分の1が育児や家事のかたわら働いているパート主婦で、残り3分の1が専業主婦と見ていいと思います。

そのうち、パート主婦を準専業主婦という呼び方をしてもいいと考えています。その意味では、専業主婦モデルはすでに夫婦共働きモデルにとって代わられたという世の中の認識は、大きな誤解だと思います。「専業主婦」モデルの根幹である男女役割分業は、今も3分の2の家庭で続いています。

労働力調査を見ると、女性の就業率は高まっていて、欧米諸国と肩を並べはじめているのですが、中身をみると大きく異なります。アメリカやフランスではフルタイムで働いている女性が多い。一方、日本では、女性のフルタイム割合は就業率ほど上がっていないのです。

新規に増えた女性の労働供給が、パートタイムに偏在しています。そのため、訓練機会もキャリアの見通しもないまま低技能・低賃金で働く、いわゆる「非正規のわな」に陥っている女性は一向に減る気配がなく、男女間の賃金格差が解消されません。

パート主婦世帯の貧困はなぜ起こっているか

中野:女性を非正規などの周辺労働に追いやることで雇用の調整弁とし、一方で家事やケアなどの家庭責任を女性に任せることで男性の無制限な働き方が成り立つ……こういう構造になっているということを拙著でも書きました。男女賃金格差はこのような構造から何重にも要因が積み重なっているように思います。

先ほどおっしゃったパート主婦世帯の貧困率が高まっているというのは、妻が働いて共働きでも、収入が低く困窮してしまうということですね。一方、貧困世帯でも妻は専業主婦、というケースもある。

:パート主婦世帯では、夫の収入が少なく、妻の収入を足しても貧困から脱出できないということが起こっています。一方、専業主婦世帯については、4分の1がやむをえない理由で貧困の状況にありながら働きに出ることができていません。

保育園の待機児童になったとか、メンタルの問題を抱えているとか、若くして産んだ娘が妊娠して30代で孫ができて世話をしないといけないといった、家庭的な事情で働けないなどのケースもあります。残りの4分の3は自ら選択して専業主婦になっています。

中野:私のインタビューした専業主婦たちの中にも、本人も漠然と「働いたほうがいいのかな」と思っているし、少し状況を整えることができれば働くことはできそうではあるという人はたくさんいました。でも「子どもが帰ってくるまでの仕事では大して稼げないし」「夫が家のことがおろそかにならないならと言う」など社会的にも彼女たちを踏みとどまらせる要因がたくさんあると感じます。

周さんの事例では、客観的にみると経済的に困窮していて、働くこと自体はできる状況にある。でも、あえて働いていない人たちが多いと。


中野円佳(なかの まどか)/1984年、東京都生まれ。ジャーナリスト。東京大学大学院教育学研究科博士課程在籍。2007年、東京大学教育学部卒、日本経済新聞社入社。金融機関を中心とする大企業の財務や経営、厚生労働政策などを担当。2014年、育休中に立命館大学大学院先端総合学術研究科に提出した修士論文を『「育休世代」のジレンマ』として出版。2015年に新聞社を退社し、「東洋経済オンライン」「Yahoo!ニュース個人」などで発信をはじめる。現在はシンガポール在住(撮影:尾形文繁)

:貧困層なのに自ら選択して専業主婦になっている人たちにどのような特徴があるかというと、学歴が低い、技能があまりない、子育て負担が重いといった項目が出てきます。でもこれだけ困窮しているのに、なぜ働かないことを自ら選択しているのかという疑問が拭えませんでした。

保育園は応能負担なので、低収入世帯が非常に安い値段で使えます。これを使わないのは、高額の現物給付を放棄していることと等しいのです。最低賃金でもいいから働いたほうが楽になるのでは?と疑問を持ってきました。

中野:働くことにハードルを感じてしまうというのは、私のインタビューした層にも見られました。法制度、雇用システム、保育の枠組み、前世代からの規範など専業主婦を前提としたさまざまな仕組みがあるということを私は書いているのですが、周さんの調査ではとりわけ、「子どものため」という項目に〇をつける女性が多いと描かれていましたね。

「子どものため」には客観的根拠がない

:そのとおりです。「子どものため」とか「働きに出るとしつけが行き届かなくなる」と考える人が多いようです。でも、例えば、東京都の小中高校生調査(東京都受託事業「子供の生活実態調査」詳細分析報告書2018」第6部第1章)によると、保育園の利用経験がある場合とない場合について困窮家庭同士で比較すると、保育園に行くことは子どもの健康や学業成績に対してポジティブな影響をもたらしています。

もちろんデータは不完備なところもあり、この結果がすべてではありませんが、親が家にいるほうが「子どものため」になるというのは、母親自身の思い込みというだけで、客観的な根拠はありません。

中野:「市場賃金が低い一方で、家事育児活動の価値が高い」という表現をされていますが、賃金を上げていく必要がある一方、家事・育児を自分の手ですることに重きを置いている人が多いと。周さんのインタビューの記述からは、保育園に行く選択肢があまりないというか、家で見るほうを「当たり前」と捉える向きがあるように見受けられました。

保育園に対する偏見もあるように思います。「野放しするところなので、そんなところに子どもをいれたくない」と話す方もいました。義理の母がいいイメージをもっていないから自分で見ているというケースもあります。親世代が幼稚園で子育てしていたことから、そのエコー(反響)効果が表れて、娘の世代も保育園を利用しようと思わなくなります。一代で断ち切るのはなかなか難しく、保育園に関する正しい情報や利用体験を与えることが必要です。

中野:「母親が3歳までは家で見るほうがよい」とする3歳児神話は「神話」であるということはずいぶん前から指摘されていますが、いまだにそのような考えも根強いですね。保育園を気軽に利用できる「お試し券」が必要とも提案されています。まずは待機児童が解消される必要がありますが……。

:データを見ると待機児童自体は最近かなり改善されてきています。ただ、保育園書類の提出のハードルが高いですよね。待機児童の多いところでは、入園の点数を上げる戦略もたてないといけない。

中野:あの書類は見ただけで出すのが嫌になるし、ある種のリテラシーやよほどの意欲がないと埋めることができない気がします。そこのハードルを下げる必要はありますよね。

一方で、周さんのご著書には専業主婦の幸福度は高いというデータも出てきました。妻が働いていても働かなくても、日本の男性は家事をしない。なので妻が働くと、単に自分の負担が増すだけという事情もありますが、いずれにせよ幸せと感じているならそれでいいという見方もありそうです。

幸福度は貧困に関係ない

アメリカや中国が個人単位で幸せを考えるのに対して、日本では世帯単位で考える傾向があります。それに加えて、日本は金銭を重視しない傾向もある。

別の機会に日米のフリーランス女性同士を比較した研究をしたことがあるのですが、アメリカ人は多少長時間働くなどしても賃金が高いほうの仕事を選ぶのに対し、日本人女性は収入を犠牲にしてでも家族との時間を確保しようとします。家族との時間を持つことは重要なことではありますが、社会的規範の影響もあるのかなと。

専業主婦の幸福度は収入にあまり左右されず、貧困状態でも、子どもと十分時間を過ごすことができ、夫婦関係、子どもの健康や学業成績も良好であれば、幸福度が高いという結果が出ています。

中野:それならそのままでいいのではないかとも思いがちですが、一方でそういう幸福度の高い方が、抑うつ傾向にあるケースもあると指摘されています。客観的にみると懸念材料があり、幸福度の高さも過去の厳しい経験に比べた虚像ではないかという見方を提示されています。


:幸福度は主観的なもので、収入のように客観的に把握できるものではありません。誰と比較するかということにも左右されるし、過去と比較して少しよくなったかとかで高くなることはあり得ます。やや極端な例ではありますが、抑うつの指数が高くて「自殺を考えることがある」、でも治療していないという人が幸福度では満点をつけているケースもあります。

中野:そういった家庭は政策的に支援すべきではないかと本で書かれていました。

:中高年男性の引きこもりなども同様ですが、本人から断られても、本当は助けが必要なケースもあると思います。支援する側もジレンマを感じると思いますが、本人が今の状態で幸せと言っているからと放置した結果、本人にはもちろん、主婦の場合は子どもにも悪影響がでる可能性がありますから。

(次回につづく)