「完全に作った記事です」紀子さまとの結婚をめぐる報道に言及も…秋篠宮ご夫妻が「105平米の木造平屋」で育んだ“ささやかな幸せ”
〈〈紀子さまはピンクのワンピースで…〉「ずっと離しませんでした」秋篠宮さまとの結婚の日、紀子さまが皇室へ持参された“意外な愛用品”〉から続く
6月29日、秋篠宮ご夫妻が36回目の結婚記念日を迎えられた。1990年の結婚当時、秋篠宮さまは24歳、紀子さまは23歳。新婚のお二人の“暮らし”とは、どのようなものだったのだろうか。秋篠宮さまの貴重な肉声をつづった『秋篠宮』(2022年/小学館)などの著書をもつ、ジャーナリストの江森敬治氏が寄稿した。(全2回の2回目)
【実際の写真】「105平米の木造平屋」で…新婚時代の秋篠宮ご夫妻、ピンクのワンピースで家族とあいさつをかわす紀子さまなど、この記事の写真をすべて見る

1989年9月12日、記者会見を終えた礼宮さまと川嶋紀子さん(当時) ©JMPA
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新婚時代を過ごした、こぢんまりとした落ち着く場所
「少しばかり、新居となった家のことを話しましょうか」
秋篠宮さまがそう切り出されたのは、2015年に結婚25周年にあたり公表された、ご夫妻の感想をまとめた文書でのことだ。この中で、秋篠宮さまは結婚してから10年ほど、家族で過ごした家について、次のように振り返っている。
〈「当初、宮内庁は新婚の我々のために、仮住まいではあるけれど同じ場所に新たな家を建てることを考えていました。しかし、いずれ何処かに居を構えるのに、仮住まいのために立て直すその計画は無駄が多いように思い、現存している建物を一部改築して使いたい旨伝えました。
たしかに大勢の人とそこで会うのには適当ではありませんでしたが、こぢんまりとしていたぶん、非常に落ち着く場所でもありました。玄関を入って少し大きな声で呼べば、どこにいても大抵聞こえたのではないでしょうか? 結婚後の生活をあの家でできたことはよかったと思っています」〉
現在の「秋篠宮邸」(旧秩父宮邸)へ家族で引っ越したのは2000年3月で、それまでの長い“仮住まい”となったこの家は、現在の秋篠宮邸のすぐ近くにある。木造平屋建て、105平方メートルほどで、庭には、ナマズを飼う池などもあった。
筆者も何度かお邪魔したことがあるが、「少し大きな声で呼べば、どこにいても大抵聞こえ」るような、ぬくもりのある家だった。屋根のある渡り廊下で事務棟とつながっていて、私が宮家幹部を尋ねていくと、秋篠宮さまが職員の椅子に座っていたこともあった。
眞子さん、佳子さまも…
結婚の翌年には長女の眞子さんが、4年半後には次女の佳子さまが生まれる。
〈秋篠宮さま 「今の家からは近くにあるので、この前行ってみたのですが、子供たちが小さい頃に遊び回っていたことを想い起こし懐かしく感じました。彼女たちも気に入っていましたよね」
紀子さま 「はい。今の家に移りましてから、またあちらの家で住みたい、と娘たちが話していたこともありましたね」(2015年、秋篠宮ご夫妻結婚満25年に際してのご感想)〉
このように、両親ばかりでなく娘たちにとっても思い出深く、また住んでみたくなるほど居心地が良かったらしい。
何よりの幸せだった「家族だけで過ごす週末」
結婚から3年後、1993年11月の記者会見で、秋篠宮ご夫妻は記者から「結婚されてから一番、幸せだと思われた時はどんな時ですか」と尋ねられ、次のように答えている。
〈秋篠宮さま 「週末なんかに家族だけで過ごす時間があるというのは、非常になんか、幸福感を感じるというかですね、そんな気がいたしますね」
紀子さま 「週末の仕事のない、ゆっくりとした時に幸せを感じます」〉
「あれ完全に作った記事です」
婚約中のマスコミ報道は、今から思い返してもすさまじかった。若い妃殿下の誕生に世間は沸き、「3LDKのプリンセス」「紀子さまスマイル」と呼ばれ、紀子さまの、一挙手一投足が注目された。
「結婚の時、一部のマスコミで家内と結婚させてくれなければ私が皇籍を離脱すると両親に迫ったという報道がありましたが、あれは完全に作った記事です」と後年になって、秋篠宮さまが、不正確な報道の一つをはっきりと否定することさえあった。
家族だけの空間で過ごす時間
そんな目まぐるしい日々を経て、数多くの国民に祝福されながら結婚した二人にとって、家という家族だけの空間で過ごす時間というのは、新鮮で、大きな安らぎだったのであろう。
結婚して36年がたち、3人の子供も成長した。今は、夫婦水入らず、2人っきりで過ごす時間が、至福の時といえるのかもしれない。
(江森 敬治)
