国家とお金は分離できるのか――世界初のビットコイン法定通貨国エルサルバドルの実験
国家から独立したお金は、本当に国家を超えることができるのでしょうか。2009年に誕生したビットコインは、中央銀行や政府による発行・管理を必要としない世界初のデジタル通貨として注目を集めてきました。そして2021年には、中米エルサルバドルが世界で初めてビットコインを法定通貨として採用し、「国家」と「お金」の関係に新たな問いを投げかけました。約30年にわたる海外生活の経験を持ち、近年はシベリアやエチオピアで自らビットコイン採掘事業にも取り組んでいる本名正博氏が、世界初の「ビットコイン法定通貨国」エルサルバドルで、日本の選挙に一票を投じた体験から見えてきた「国家とお金」の関係について考えます。
ビットコインの国、エルサルバドルへ
エルサルバドルを訪れた目的は、ビットコインの国際会議「Plan B Forum」への参加でした。私たちが日常的に使う日本円や米ドルは、国家や中央銀行によって発行・管理されています。
一方、ビットコインには発行主体がありません。国境も中央銀行も持たず、インターネット上で運営される世界共通の通貨です。そんな「国家から独立したお金」を、国家が法定通貨として採用する。それがエルサルバドルの挑戦でした。
2019年に就任したナジブ・ブケレ大統領は、2021年に世界で初めてビットコインを法定通貨として導入し、世界中から注目を集めました。
自国通貨を捨てた国の現実
エルサルバドルには、この政策の背景となる事情があります。同国は2001年、自国通貨コロンを廃止し、米ドルを導入しました。現在ではスーパーの値札も、レストランのメニューも、タクシー料金も米ドル表示です。
世界からは「ビットコインの国」として知られていますが、現地で感じたのは米ドルの圧倒的な存在感でした。政府は国民に30ドル相当のビットコインを配布するなど、本気で普及を進めました。
しかし日常生活の決済手段としては、依然として米ドルが主役です。私はサンサルバドル市内を歩き回り、ようやく一軒のカフェで「Preferimos Bitcoin(ビットコイン歓迎)」という看板を見つけました(写真1)。
(写真1)筆者撮影
ビットコインの可能性を信じる私にとっても、その光景は印象的でした。理想と現実。新しいお金と既存の通貨。エルサルバドルは、その両方が共存する実験場のように見えました。
エルサルバドルで日本に投票する
そんなエルサルバドル滞在中、私は日本の衆議院議員選挙の在外投票を行いました(写真2)。
写真2 筆者撮影
南米を移動する日々のなかで、日本語を話す機会はほとんどありませんでした。そのため、駐エルサルバドル日本大使館で日本語を交わした瞬間、不思議な安心感を覚えました。
投票手続きを担当してくださった職員の方から、「観光でいらっしゃったのですか?」と尋ねられました。
私は思わず、「ビットコインは国家や中央銀行から独立したお金です。将来、人々がインフレから資産を守るための重要な選択肢になると信じています」と熱弁をふるってしまいました。
今振り返ると少し可笑しい話です。国家を代表する大使館で、国家から独立したお金について語っていたのですから。
政治から距離を置いてきた私が投票した理由
私は30年近く海外で暮らしてきました。国際金融や海外資産管理の仕事に携わり、現在はビットコインのマイニング事業にも関わっています。仕事も生活も、どちらかと言えば国家や政府から距離を置く方向へ進んできた人生だったと思います。
そのため、日本の政治に強い関心を持ってきたわけではありません。海外生活が長いにもかかわらず、在外投票を行ったのはまだ2回目です。
ところが、あの選挙では違いました。選挙日程が発表された時、私は「どこにいても必ず投票しよう」と強く思ったのです。
その理由は、南米を巡るなかで目の当たりにした現実にありました。
南米で見た「国家の差」
エルサルバドルを訪れる前、私はウルグアイに約10日間滞在し、その後ブラジルのサンパウロやコロンビアのボゴタを経由していました。
ウルグアイでは、街中で警察官の姿をほとんど見かけませんでした。それにもかかわらず、驚くほど安心して歩くことができました。
一方、ブラジルのサンパウロでは、主要な通りに100メートルおきに武装警官が立っていました。同じ南米でありながら、社会の空気はまるで違います。
なぜ、その差が生まれるのか。経済規模だけでは説明できません。法制度、教育、政治、治安維持、社会への信頼。
長い年月をかけて積み上げられた国家の仕組みが、人々の日常を形作っています。ビットコインの世界にいると、「国家を超える未来」が語られることがあります。私自身も、その可能性を信じています。
しかし、南米を旅して改めて感じたのは、お金と国家は同じではないということです。国家がなくても成立するお金はあるかもしれません。安全な街をつくり、法を整備し、人々の生活基盤を支える国家の役割まで簡単に代替できるわけではありません。
国家とお金は分離できるのか
エルサルバドルでビットコインの未来を議論しながら、日本の選挙に投票した経験は、私にひとつの問いを投げかけました。国家とお金は、本当に分離できるのでしょうか。ビットコインは国家に依存しないお金として誕生しました。
しかし、人々が安心して暮らせる社会を支える仕組みまで、国家から切り離すことができるのでしょうか。
そして、もしお金と国家が分離した未来が訪れるとしても、人々は国家に何を求め続けるのでしょうか。
ビットコインの国で日本に一票を投じた日以来、私はその問いを考え続けています。
本名 正博
マネージングディレクター
希合KYGO

