【町田 哲也】娘の離婚を機に賃貸アパート探し…77歳母の終活のためのアパート経営。入居者募集で出会った人々の「事情」
東京23区内の新築マンションの平均価格は1億5000万円と2025年は過去最高額を更新した。しかしその状況は2026年には大きく変化しそうだ。
中東情勢のホルムズ海峡の問題は、日本の不動産にまで影響を及ぼしている。
ナフサの供給不足で、それらを原材料とする塗料や接着剤が不足して工事が滞ったり、TOTOやPanasonicがトイレやバスタブの新規受注を見合わせたり。2026年はそれにより新築マンションの供給が減少することが想定される。建築コストが大幅にあがり、金利があがることで買い控えも想定され、売れ残る可能性が高いという。
分譲物件を購入できないのなら、賃貸を選ぶ人が多くなるということなのか。しかし資材費などがあがればアパート建設費も高騰し、賃料を安くすることも難しい。収入が増えずに賃料だけが増えても、借りることが難しいというだけだ。
そういう不安定な中で「貸す側」はどのように対策をすればいいのだろうか。
作家の町田哲也さんが、母親がひとり暮らししている築34年の実家の床が傾いていると気づいたのは、母親が76歳のときだった。家族のさまざまな事情を考えながら母の終活のために選んだのが、実家はそのままにしながら別の場所に土地を購入してアパートを建設するという選択肢だった。長く教員をし、学童の仕事をしていた母が77歳になるころ、アパートは完成。その直前に母は学童の仕事を辞めざるを得なくなっていた。
仕事を大切にしていた母の終活とアパート経営についてドキュメントで伝える連載「終活アパート」11回は、さまざまな入居希望の方の背景と、77歳となった母の生活について伝える。
東京の空室率は多い
アパート経営の最大の敵は、空室の発生だ。東京は人口が増え続けているが、賃貸住宅の供給も多いので空室率は高い。総務省の調査によると、都内で人が住んでいない住宅は、2023年時点で11%に達するという。半分近くがアパートなどの賃貸住宅だ。
空室が発生する要因は複合的だ。新築物件も時間が経てば建物は劣化していくので、どうしても住居としての魅力は低下してくる。継続的なメンテナンスを怠れば入居者は集まらないし、周辺に競合物件が多い、家賃が高いなどの要因で空室が発生することもある。
賃貸住宅特有の問題もある。アパートの入居契約は通常2年間なので、契約期間が切れるごとに1ヵ月の空室が発生すると、25ヵ月に1ヵ月程度の空室を想定する必要がある。年間4%の空室率を前提に、いかにアパートの魅力を維持していくかが問われていた。
アパートの入居がはじまったのは、7月末のことだった。保証会社の審査を終えた入居者の情報を見て、大家が最終的な判断をする。最初に決まったのは、都内のあるメーカーに勤める30歳の男性とそのパートナーだった。結婚を控え、手狭なアパートから住み替える広い部屋をさがしていたという。勤務地に乗り換えなしで通えることが決め手になった。
40平米台から60平米台の広さのファミリー向けアパートということもあり、単身での申し込みはほとんどない。多くは30代の夫婦や結婚を控えたパートナーで、将来的に子どもが生まれることも想定した二人暮らしといったところだろうか。
外国人の入居希望者の多さ
外国人の入居希望が多いという特徴もあった。中国やインド、韓国といった国の出身で、日本での勤務が長いからか、日本語のコミュニケーションに支障のない人ばかりだ。8月のある週末、植栽の確認に訪問した際に見かけたのは、ちょうど部屋から出てくるインド出身の夫婦だった。
二人ともエンジニアで、べつべつの会社で働いているという。日本での勤務は男性が6年、女性が5年になるが、結婚を機に同居できるアパートをさがしていた。
男性は、2年ごとに転居を繰り返していた。秋葉原にあるオフィスからの距離と部屋の広さが重要で、満足できる部屋がなかったという。二人のオフィスに通いやすく、やや広めの部屋で探しはじめ、たどり着いたのがこのアパートだった。
「スーパーがたくさんあって、便利ですよ」
男性は顔を皺くちゃにして笑うと、近所にあるスーパーの名前を片っ端から挙げていった。この日も買い物に行くという。時おり女性の笑顔を確認しながら話すところを見ると、自分より妻の喜ぶ姿がうれしいのだろう。生活しやすくなったという言葉を聞くと、こちらまで褒められた気持ちになってくる。
娘の離婚を機に一緒に暮らすアパートを探す50代女性
入居希望者には、変わった二人組もいた。申し込みが50代の女性で、同居人は20代の娘。娘の離婚を機に、一緒に住むアパートをさがしていたという。同じ街に住む親しい友人の紹介だった。
申し込みを受けて入居日まで決まっていたが、直前にキャンセルになってしまった。
「もう一度、旦那さんと話し合ったみたいです」
仲介するE社の加藤さんの苦笑いが、電話から伝わってくるようだ。夫と別れて親と住むと決めたものの、話し合ってもう一度やり直すことにしたという流れだろうか。夫婦には当人たちしかわからない事情があるし、親にも自分の生活があるだろう。
ファミリー向け物件は、契約者本人の思いだけでなく同居人の合意が必要になるというむずかしさがある。契約がなくなったのは痛いが、生活の基盤となる家を替えることの重みをあらためて考えさせられた。
夏の終わりに、母がちょっとした事故にあった。77歳になる母は父の死後、古くなった実家で猫と一緒に暮らしている。最近視力が低下しているらしく、玄関脇にある猫の餌を入れる容器を誤って踏み、転んでしまったのだ。あまりにうっかりした不注意ゆえにいいづらかったのか、ぼくが教えてもらったのは数週間経ってからだった。
◇後編「80代の認知症、身寄りもお金もない男性の「住む場所」は…77歳母の「新しい仕事」で見えた日本の現実」では、77歳がけがをしたときに聞いた「新しい仕事」と「高齢者の住居問題」をお伝えする。
