大学生に大人気の教育系YouTuberが「個性を身につけたければ勉強すればいい」と言う理由

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昨今、理系YouTuberによる、分かりやすい数学ものチャンネルが人気だ。その背景には、「子供の頃は理系が苦手だったがあらためて学び直したい」という、大人たちの“理系への憧れ”があるよう。実際、YouTubeチャンネルに限らず、書籍も『子供も分かる……』、『苦手でも……』といったタイトルの、分かりやすい数学関連本が続々出版され人気を博している。

大人になると、学ぶことは非常に大切なことで、知識は人生を豊かに生きるための一つの秘訣である、と痛感する機会が増える。無機質に一つの答えを出す科目のように思っていた数学も、実はもっともっと奥深く、生きていくうえで非常に役に立つ“数学的思考能力”を育ててくれる大事な科目だったのだ、と気づいた人も多いのではないだろうか。

そこで数学の魅力を知り尽くす人気理系YouTuberたちに、数学を学ぶことの本当の楽しさ、さらに学び方のコツをリレー連載で聞いてみることに。第一回の東大王・鶴崎修功さんに続き、今回登場してくれたのはヨビノリたくみさん。YouTubeチャンネル『予備校のノリで学ぶ「大人の数学・物理」』が、登録者数116万人を超える超人気教育系YouTuberだ。普通の大学院生が、理数系を学ぶ大学生なら知らない人はいない、という存在になっていったその軌跡とは?

ヨビノリたくみ

​1993年生まれ。神奈川県出身。横浜国立大学理工学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻修士課程修了。同・工学系研究科物理工学専攻博士課程中退。大学院生時代にYouTubeチャンネル『予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」』をスタート。登録者数100万を超える人気チャンネルとなる。この活動が評価され、令和5年度の文部科学大臣表彰科学技術賞(理解増進部門)を日本物理学会の推薦により受賞。現在、『3ヵ月でマスターする数学』(NHK教育)に出演中。また無類の活字好きでもあり、書籍に関するエンタメ情報チャンネル『ほんタメ』(YouTube)のMCも務めている。

コロナ禍に飛躍的に視聴数が伸びた

今から7年前――。一人の理系大学院生が始めたYouTubeチャンネル『予備校のノリで学ぶ「大人の数学・物理」』。分かりやすい数学・物理の解説動画をアップするたびに何十万回と視聴され、あれよあれよという間に登録者数100万を超える人気チャンネルに。そして今や、YouTubeで数学や物理を学んだり発信する人たちの間で、“ヨビノリたくみ”という名前は知らない人がいないほどの存在となっている。

まさに、昨今の理系学び直しブームの先駆け的存在とも言えるヨビノリたくみ氏。YouTubeで学び動画を配信することが今ほど当たり前でなかった時期に、なぜ数学解説チャンネルを開始しようと思い立ったのだろうか?

「僕の専門は物理なんですけど、大学の授業を受けていてすごく難しいなと感じていたんです。それで『分かりやすい資料や動画があったらいいのになあ』と思いながら過ごしていたわけなんですけど、そういった自分の望んでいた形のものは現れないまま、気付いたら僕は博士課程の年齢になっていました。

一方で僕は学生時代に予備校講師のバイトをしていたんですね。それもあって、博士課程のタイミングで、自分が欲しい動画教材がないなら自分で作ったらいいんじゃないか、と思いまして。当時一番流行っていた動画媒体は間違いなくYouTubeだったので、それまで一般的ではなかった“大学生向けに講義動画を発信する”ということにチャレンジした、という経緯です」

このヨビノリたくみさんのチャンネルは、コロナ禍に飛躍的な視聴の伸びを見せた。

「授業が中止になったコロナ禍って、僕のチャンネルに限らず、YouTubeがなければもっと悲惨なことになっていたのかなと思っていて。大学生たちは、オンライン授業に慣れていない先生たちが必死になって作った動画を見たり、資料だけで勉強したりして対処していましたが、理数科目ってもともと難しいのに、そんな手探りの状態になってかなり悲鳴を上げていました。

そこで勉強法の一つの候補として、YouTube動画が注目されるようになった。その頃の学生たちが今、大学を卒業するぐらいの年齢になっているんですけど、僕が大学での講義に行くと、『助けられました』とか『たくみさんの動画がなかったら卒業できませんでした』ということをよく言ってもらえるので、始めて本当に良かったなと思います」

一番人気はアインシュタインの相対性理論

このように、ターゲットは完全に大学生、というつもりで始めた講義動画。ところがこれが想定外にも、次第に社会人や中学生などあらゆる世代の人たちに視聴されるようになっていったのだという。

「講義内容は大学生向けだったんですけど、意外なことにものすごく多くの社会人が見てくれたんです。だからこそ100万を超える登録者や何十万再生という数字になっていったわけで。実際に年齢分布を見ても、4割がメインターゲットとしていた大学生付近の年齢層で、同じく4割がそれより上の大人たち。つまり大学を卒業されているような年齢層の方たちが見てくれていたので、ああ、世の中の多くの人は意外と学び直しに興味があるんだなあと思いましたね。

コメント欄を見ていても、『学生の頃は分からなかったけど、こういうことだったのか!』というような声がけっこうあって。学生時代に何も分からず卒業してしまったという、何かしらのコンプレックスや後悔を抱えている人が多いんだなということを、今、実感している最中です」

現在までにアップしている講義動画は1000本を超える。その中でも一番人気が高かったのは、何と「相対性理論」についての講義だという。なかなか難しそうなテーマだが……。

「平均的に人気が高いのは、大学1、2年生で習うような内容のものです。つまり、理系の人だったら誰しも最初につまずいてしまうところの講義動画。おそらくみんな、このあたりに関しては嫌な思い出があるので、良い思い出に変えたいという思い出の更新目的もあって見ているんじゃないかと思います(笑)。

ところがこれまでで一番人気だった動画は何かというと、相対性理論という、アインシュタインが作ったちょっと難しそうな理論に関するものなんです。これを、中学数学だけの範囲で説明して理解してもらう、という授業動画を発信したところ、2000万回以上再生されました。他には量子力学や、微分積分が人気です。相対性理論を含むこの3つのトピックは、理系の雑誌でも常に意識されている3強ワードで。これってつまり、難しそうだからこそ多くの人が何かしらの憧れを抱いていて、その憧れがそのまま再生数につながっているような気がしています」

個性を身につけたければ勉強すれば良い

ヨビノリたくみさんのチャンネルが“大人の学び”という点でも人気を博しているのは、そこに、彼の“学び”に対するリスペクトと、学ぶことを楽しむ価値観が反映されているからかもしれない。実際たくみさんは常々、「大学生が個性を身につけたければ勉強すれば良い」というメッセージを発信していて、これが大きな反響を呼んでいる。

「このフレーズは繰り返し使ったり、講演会でもタイトルにしたりしているんですけど、本当に反響が大きくて。時代のタイミングもあったと思います。というのも僕がこのフレーズを発信した頃から、『勉強ばかりするのはカッコ悪い』という文化がなくなってきていた気がするんですね。

クイズ番組『東大王』の人たちとか、YouTubeチャンネル『QuizKnock』のメンバーさんたちの活躍が大きいと思うんですけど、彼らの賢くてカッコいい姿というのが世の中に知れ渡って、学ぶのはカッコいいという感覚がかなり共有されたと思うんです。

おそらく今の小・中学校では、“ガリ勉”という言葉って死語なんじゃないかな。僕らが子供の頃は、よく勉強する子に対してそういったネガティブなイメージがありました。だから大学生も、あえて授業をサボって遊ぶというような風潮があったと思うんです。

でも今は違う。クイズが強い人たち、知識を持っている人たちが輝いている。それを見て育ってきてきた子たちが大学生になったとき、大学で勉強を頑張ることは別に恥ずかしいことじゃない、となっているのではないでしょうか。そういうタイミングで『個性を身に着けたければ勉強しよう』と発信したので、『なら勉強を頑張ってみようかな』と響いたのかもしれません」

「私はこれが得意なのかも」と勘違いすることが大事

これは、子供に学ぶことを好きになってもらいたい、と願う親にとっても嬉しい変化だろう。ではたくみさん自身は勉強が好きな子供だったのか。どのような学びの環境にいたのか。子供時代について教えてもらった。

「僕はいわゆる勉強畑の出身ではなくて、塾にも行ったことがないんです。なので熾烈な中学受験も高校受験も経験していないんですけど、そんな環境にいた僕が個人的に感じているのは、子供に勉強を好きになってもらいたいなら成功体験を与えることはすごく大きい、ということです。

だから賛否はありますけど、僕自身はテストの順位が出ることは悪いことではないと思っていて。何か競争をしたときに結果が出るというのは、1位だったら自信につながりますし、人によっては2位だったら次は1位になりたいと思って努力をするかもしれない。競争って、そういう自信や頑張りにつながる強烈な体験を与えられる、というのは確かだと思うんですよね。

とはいえ、結果が悪いと自信喪失につながる可能性もあります。だから、できるだけ成功体験につながるような機会を与える、ということを教育的にはやると良いのかなと思っていて。僕のまわりの活躍している人たちに聞いても、皆、何かしら子供のときに成功体験があるんですよ。何か1位になったとか、賞を獲ったとか。正直言うと、これらの成功体験は、自分の力だけではないケースも多いんです。

運が良かったとか、実は親が協力してくれたとか。でも大事なのは、子供が勘違いできるかどうかだと思うんですよね。『うわ、最優秀賞って俺すごいわ!』と(笑)。勉強に限らず、たとえば絵の道に進んだ人とかも、子供の頃に何かしらコンテストで優勝したとか、成功体験があった人が多いと思うんです。

何もなくて、ただ親が『上手いね』と言ってくれていただけでは難しい。表彰とか優勝とか何かきっかけがあって、まわりが『この人はこれが上手い』という目で見るようになった、というのが僕は大事なんじゃないかと思っています」

些細な成功体験をきっかけに、数学好きに

たくみさん自身も、数学に関して、まわりの見る目が変わるような成功体験が実際にあったという。

「さっきもお話しましたが、僕は受験戦争の経験者ではなく、ごく普通の中学生、高校生だったと思います。だけど算数・数学だけは得意でした。そのことを強く認識した瞬間というものがあって。中学のときの数学の先生に、テスト問題の中にいつもチャレンジ問題を出す、というちょっと変わった先生がいたんです。テスト範囲とは関係ない、パズルに近いような難問を出すわけなんですけど、あるときこのチャレンジ問題が解けたのが学年で僕一人だけ、ということがあったんです。

それまでの僕はとくに成績優秀というわけではなかったし、勉強が特別好きでもなかった。だけどその問題が解けたことで、すごく褒められたし、何よりすごく目立ったんです。「解けたヤツがいるんだってよ!」と。そこで初めて「あ、僕は数学が得意なのかもしれない」と思い、まわりの目も「数学が得意なヤツだ」に変わった。

そこから、自然と積極的に数学に触れるようになったので、子供のときにこういう成功体験を得るのって本当に大きいんだなと思います。もしこういう先生がいなくて、褒められる機会もなかったら、数学はもちろん勉強じたい好きになっていなくて、今の自分はなかったかもしれない。まさに人生の転機の一つとなった出来事でしたね」

だから誰かと競ったり、順位をつけたりすることは決して悪いことではなく、上手く利用したらいいと語る。

「たしかに一つの種目だけで競わせるのは良くないと思うんですけど、世の中にはコンテストだったり順位をつけるものはたくさんあります。自分の才能を探すためにも、そこに挑戦するのは良いんじゃないんでしょうか。

たとえば小説家になりたいと思っている子がいたら、親や友達ばかりに見せていないでどっかに送ってみなよと思うし、歌うのが好きなら家で歌っていないで動画を上げてみようよと思います。もしかしたら賞が獲れるかもしれないし、ワーッとバズるかもしれないし。

誰の目にも止まらないと、才能が表に出ないし、自分自身も才能に気付くきっかけが持ちにくい。そういう結果が出るものがないと、人間はなかなか頑張れない気がするんですよね」

古本屋の100円本を手あたり次第読んだ

もう一つ、たくみさんの“学び好き”形成に影響を与えたのが読書だ。たくみさんは『予備校のノリで学ぶ〜』の他に、同じくYouTubeで『ほんタメ』というチャンネルを運営している。これは、“ほん”から色んな“タメ”に繋がる情報を発信しているエンタメチャンネルだ。

「本が好きだったので、とにかく何でも読んでいました。というのは、祖母の家の近くに古本屋さんがあって、『100円の本だったらいくらでも買っていい』と言われていたので(笑)、いつも遊びに行くと20冊ぐらい買ってもらっていたんです。漫画もごまかしながら入れたりして。ただ、100円本からしか選べないので、だんだん読むものがなくなって、ブルーバックス(自然科学や科学技術の話題を一般読者向けに解説・啓蒙している講談社の新書シリーズ)にまで手を出していましたね。とにかく活字中毒だったと思います」

しかし今になってみると、この「100円本だけ」というように制約があることは、非常に重要な環境要因だったと感じているそう。

「お金に糸目をつけず何でも買っていいよと言われていたら、たぶん僕はブルーバックスに手を伸ばしていなかったと思います。好きなものが買えちゃうので。だけど買えないから、仕方なく買えるものを読むようになる。そして学ぶ。これって僕のまわりの、頭がいいとされて活躍している人たちも、みんな言うんですよ。『家に図鑑があったから』と。

子供の頃って暇潰しの方法を自分で選べる自由も経済力のないから、家に本があれば本を読んで暇を潰すようになるし、ゲームがあればゲームをするようになる。親にかなり影響を受ける部分があると思うんですけど、それはある意味、家という制約ですよね。僕も家に祖母が買ってくれた図鑑があったので何となく読んでいましたけど、大人になってから知りました、あんなに高いものだったと。孫として溺愛されていたからなんですけど(笑)、恵まれた制約だったと思いますね」

物理の学び直しなら雑誌『Newton』がオススメ

たくみさんのYoutubeチャンネルでは「教養として学ぶ生物学」というシリーズも展開されており、こちらもかなりの人気を博している。が、もし家に図鑑がなければ今ほど“生き物好き”にはなっていなかったかもしれない、と振り返る。

「子供の頃のそういう制約って大きいと思うんですよね。多くの子供は、家にいるとき暇なんですよ。そこに本があったら、好き嫌いじゃなくて、とりあえず読み始めると思う。だって赤ちゃんの頃、絵本が好きじゃなかったという人っていないと思うんですよね。それはたぶん、それしかエンタメがなかったから。だから子供は、何度も同じ本を読めるんだと思うんですけど。

今は、スマホとかあるので制約というのは難しいかもしれませんけど、それこそ暇でYouTubeを見まくっているうちに、親より学力が進んでしまっているというケースは全然あると思います。実際、僕の動画を見てくれて、数学検定1級という大学卒業レベルの検定に受かっちゃった小学3年生もいるんですよ。

ちなみにその子の家を訪問させてもらう機会があったんですけど、びっくりしたのは家に算数の参考書が全然なかったことです。だいたい動画で勉強している、とのことで。僕の感覚としては『そんなことあるの!?』という感じなんですけど、今の子供たちは僕らの感覚が及ばないところまできている、ということだと思います。話が逸れてしまいましたけど(笑)」

話を戻して……、「数学や物理って難しそう!」と思っている人にオススメの本はあるのか、も伺ってみた。

「一番ビジュアル化されていて、興味を沸かせてくれるのは雑誌『Newton(ニュートン)』じゃないかと思います。二大サイエンス系雑誌って『日経サイエンス』と『Newton』なんですけど、『日経サイエンス』はちょっと難しい。僕は子供の頃、図書館とかで『Newton』に触れていたんですけど、“無とは何か”とか“宇宙に終わりはあるのか”とか、それはもう魅力的なキャッチコピーがいっぱい並んでいて。分からないなりにワクワクしたので、多いに学び直しのきっかけになるんじゃないでしょうか」

◇勉強に対する見方が変わり、勉強できることが「個性」になる、というたくみさん。ご自身がどのように学んできたのかを聞いた前編に続き、後編【優秀な人材を1人だけ選ぶ方法は? ヨビノリたくみに聞く「役に立つ数学」と「学びの意義」】では実際に数学はどのようなところで役立つのかなどを伺った。

優秀な人材を1人だけ選ぶ方法は? ヨビノリたくみに聞く「役に立つ数学」と「学びの意義」