コメが足りないのに、なぜ転作農家に補助金を出すのか?「令和の米騒動」の背後にあった農協(JA)の「悪だくみ」

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記録的な冷夏でコメが不作となり、タイ米を緊急輸入した「平成の米騒動」を思い出した人も多いのではないか。しかし、今回のコメ不足は不作が原因ではない。背景には、日本の農政の不作為がある。

前編記事『新米が出回り始めたけど、値段が高すぎる!「令和の米騒動」を招いた農水省の「失敗」』より続く。

「減反」は終わっていない

政府は、9月以降、新米の収穫が本格的に始まるので、米不足は解消するとアナウンスしているが、話はそう簡単ではない。コメ不足は、農水省と農協がともに推進してきた、いわゆる「減反政策」による構造的な問題なのだ。

元農水省農村振興局次長で、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の山下一仁氏が言う。

「主食用のコメ余りが問題となり、'70年からコメの作付面積を制限する減反政策が導入されました。'18年に安倍(晋三)首相は廃止したと主張しましたが、これはウソで減反はいまも続いています。減反政策とは、主食用米から飼料用米や麦、大豆などに転作した農家に補助金を給付することで、主食用米の生産量を減らして、市場における米価を高く維持する政策。

廃止したのは、国が農家にコメの生産目標数量を指示することだけで、飼料用米や麦などへの転作補助金は拡充したのです。その結果、コメの生産量は右肩下がりです」

政府が本当に減反政策を廃止したのであれば、生産量が増加して、米価が下がらなければおかしい。しかし、そうなっていないのは、政府が転作農家へ補助金を出すことで事実上、コメの生産量を抑え、価格を維持しているからだと、山下氏は指摘する。

「こうした減反政策が維持されているのは、多くの稲作農家がコメ販売を委託するJA(農業協同組合)のためです。農家にしてみれば、コメの生産量は減りますが、米価が高く維持されるので、自分たちの稼ぎが保証されます。小規模で生産性が低く、生産コストの高い兼業農家も、米価が高ければ稲作を続けられる。

そして、ここが日本特有の問題なのですが、JAには農林中央金庫を頂点とする金融機関、JAバンクがあります。減反による高米価で滞留した零細な兼業農家が、兼業収入(サラリーマン収入など)や農地を宅地に転用した莫大な利益を預金することなどで、JAバンクには農業生産額の数倍もの預金が集まり、預金量109兆円の国内最大級の金融機関に発展しました。農水省の減反政策には、JAという組織を守るという隠れた動機があるのです」

JAの思惑

農水省が転作農家に補助金を出す減反政策を完全に廃止すれば、主食用米の生産量は増加し、米価は下がっていく。そうなると、兼業農家を中心に離農する人が増える。その結果、JAの組織が弱体化していく。それを避けるために、JAはなにがなんでも減反政策の維持に励んでいるというわけだ。

しかも、JAは今回のコメ不足を奇貨として、さらなる米価の釣り上げを目論んでいるという。

「コメの価格は、JAの全国組織であるJA全農が決めます。集荷業者であるJAが農家に支払う前払い金を概算金といいます。すでに早場米や新潟県のコシヒカリなどの概算金は決まっており、昨年に比べて22〜40%も高く設定されています。今後、市場に新米が供給されていきますが、高値のままという状態が続くでしょう。結局、割を食うのは、消費者なのです」(宮城大学名誉教授で、農業経営学が専門の大泉一貫氏)

しかし、ここで疑問も湧く。たしかに、米価が高止まりすることは消費者にとってはつらいことだが、農家を保護するためには仕方のない側面もあるのではないか。

実際に岐阜県高山市で稲作を営む、まんま農場会長の小林達樹氏はこう訴える。

「肥料や農機の燃料代がかさんでいることから、今年も経費は2割増えています。生産量が増えない要因の一つに、米価が安いことがあると考えています。米価が安いから、翌年以降の収穫のための再投資ができない。多くの零細兼業農家が自分たちでは稲作を続けていけず、水田を大型農家に預けるということになってしまっています。

農家を支えるためにも、適切な価格でコメを購入してもらいたいですね。そうでないと、若い就農者が入ってこない。現在のコメ生産者の平均年齢は70歳くらいでしょうか。あと5年もすると、その人たちがリタイアする時期になるので、生産量が本当に減って、今年のような状況が毎年続くようになりかねないと思います」

崩壊の危機に直面している日本の稲作―。こうした状況を打開するためには、やはり農水省と農協の減反政策を廃止することが重要だと、前出の大泉氏が力説する。

「コメの生産量は'67年のピーク時に1400万トンを超えていましたが、'22年にはその半分近くになっています。いま日本のコメの潜在生産力は1300万トン。本来であれば、できる限り生産して、国内で余った分を海外に輸出するという方向にいかないとおかしい。

世界のコメ市場というのは供給量が不安定で、実は需給のバランスが悪い。これを補うことで、日本の国際貢献にもなるはずです。日本の白米を食べた外国人からの評価も高く、日本のコメは世界で人気です。また、エジプトやナイジェリアでも日常的にコメを食べる文化がある。コメは縮小均衡をはかるのではなく、増産による輸出政策に転換する必要があると考えています」

日本のコメが死んでしまう

輸出で外貨を稼ぐだけでなく、食料安全保障の観点からも、コメの生産量増大は必須だ。アジア成長研究所特別教授で、農業経済学が専門の本間正義氏がこう指摘する。

「政府は食料安保の強化を進めていますが、今回のコメ不足では、国民に安心感を与えることすらできませんでした。今後も、ちょっとしたショックで消費者にコメが届かなくなるという事態が起こるでしょう。

結局、稲作の未来について、誰も長期的なビジョンを持っていないのです。農家は米価が維持されればいい。補助金がもらえるから飼料用米を作ろうとする。自民党も農家の支持を失いたくないから、補助金を出して農家の票で選挙を勝とうとする。備蓄米を放出しなかったのも、米価が下落して、農家の支持を失うのが怖かったからでしょう。総裁選をしているさなかですから、そんな思惑があるのは見え見えです。

農水官僚にしても、10年後、20年後には自分たちはいなくなっているからどうでもいい。いまの予算を確保して、省益を保てればそれでよし。JAグループには、農水省の幹部職員が多数天下っていますからね。

農水省もJAも農家も、誰も長期的ビジョンを真剣に考えていない。日本のコメ産業は、いつかゆでガエルとなって死んでしまうでしょう」

令和のコメ不足は、日本の稲作が抱える深刻な問題をあぶり出した。

「週刊現代」202491421日合併号より

【つづきを読む】『コメが高くて誰が喜ぶのか…「令和の米騒動」は政府が起こした「人災」だと、荻原博子が断言するワケ』

コメが高くて誰が喜ぶのか…「令和の米騒動」は政府が起こした「人災」だと、荻原博子が断言するワケ