請求書、ご請求書、どちらが正しい?(写真提供:Photo AC)

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「頑張らせていただきます」「お名前様、いただけますか」「書類のほうをお送りします」…丁寧に言おうとして、おかしな日本語を使っていませんか?そんな中「盛りすぎないほうが誠実で潔い!」と断言するのが京都暮らしのコピーライター前田めぐるさんです。今回は、著書「その敬語、盛りすぎです!」より一部を抜粋して紹介します。

【書影】実は間違いだらけ⁈「正しい敬語」の使い方。京都在住のコピーライター前田めぐるさん著書『その敬語、盛りすぎです!』

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「盛りすぎ」には、二つの意味があります

一つ目は、過剰な敬語。言葉そのものの盛りすぎです。

二つ目は、自分を必要以上に良く見せようとする盛りすぎ。炎上や誹謗中傷を招かないよう自己防衛本能が働くのでしょう。

SNS時代ならではの背景が色濃く影響していると考えられます。例えば事件の感想を求められて「犯人の方(かた)」と言ってしまうのは感心しません。

結果的に犯人を敬うことになり、盛ったつもりが盛れないという逆転現象を引き起こしてしまうからです。

他にも、周囲に気を使いすぎたり空気を読みすぎたりすることで、誤用や誤解が生じる例は多々あります。

尊大な印象を与えてしまったり、相手との距離を縮めたいのに遠のいてしまったり……盛りすぎによるダメージは決して小さくありません。

言葉は人と人をつなぐ糸

そんな盛りすぎが気になる私は、マナー講師でもアナウンサーでもありません。敬語マニアのコピーライターです。

長年言葉をツールに、生活者と企業のコミュニケーションを発想し続けてきました。

近年は文章術講師として、生活者と自治体・企業のコミュニケーションを深める言葉を伝えています。

ちょっとした違和感があれば、その言葉を解きほぐし、紡ぎ直します。

大切なのは、正しさ以上に「ほどのよさ」。

盛りすぎないほどよい敬語を生かせたら、目の前にいる相手を大事に思う気持ちを率直にさりげなく表せます。

ビジネスにおいても、ごまかしのない本質を捉えた会話が成り立つでしょう。

「この人とまた会いたい」「こんな人に仕事を頼みたい」と思われたり、ふとした瞬間に心地よい空気が流れたり……盛りすぎないからこその誠実さと潔さがもたらす恩恵です。

「ご請求書」「ご納品書」「お見積書」…。「お/ご」の付け方には慣習や個人差がある

「お書類ではなく書類」?じゃあ『ご請求書』は間違い?『ご請求書をお送りします』と言うのもやめたほうがいいの?」と思う人がいるかもしれません。

間違いではありません。

請求する際の書類のタイトルは「請求書」で十分ですが、口頭では「ご請求書」でも「請求書」でもOK。

「お/ご」を付けるかどうかに、厳密な線引きはありません。

業界の慣習によるところも大きい。個人差もあります。名詞でも動詞でも同じです。

もとより「請求」は、ビジネスで大切なお金のやりとりに関わる言葉であり、口頭では 「ご」を付けて使われてきました。

しかし、昨今「ご請求ください」など「ご」が文法的に必須の場合を除けば、口頭やメールでも「ご」を付けないケースが増えてきているようです。

尊敬語として(発注者から受注者へ)
(ご)請求書をお送りください/(ご)請求書をお願いいたします/(ご)請求なさってください/ご請求ください

謙譲語として(受注者から発注者へ)
(ご)請求書をお送りいたします/ご請求いたします/ご請求申し上げます

このように、使う立場によって尊敬語にも謙譲語にもなるのが「請求」という言葉です。

名詞の場合に「(ご)請求書」としたのは、冒頭に書いたように「ご請求書」「請求書」のどちらでもよいと考えるためです。

納品や見積りのメールでも同様に「納品書」「見積書」と「お/ご」なしでもよいでしょう。

また、カタカナの「インボイス(適格請求書) 」はそのままです。

間違っても「おインボイス」とは言いませんよね。

近年、実際に発行する「請求書」「納品書」「見積書」など書類そのものについては、テンプレートでも「お/ご」なしが一般的です。

事務作業のデータ化が進むこれから、書類名には「お/ご」を盛らずにスッキリさせるほうが、むしろ「できる人」という印象を盛れるのではないでしょうか。

「この子はブルーのおつくりもございます」アパレルショップにブルーのお刺身とは?

ある店でピンクの服を手に取って見ていたら、店の人に声をかけられました。

「この子はブルーのおつくりもございます」アパレルでお刺身。

しかもブルーとは斬新!ファッション業界も多角化してきたね。

で、「この子」はどこの子……初めに聞いたときは、「お造り」だけにギョッとしました。


不思議ワード化してしまう敬語(写真提供:Photo AC)

「この子」とは製品、この場合は服のことでしょう。

翻訳すると、「この服にはブルーの色違いもある」ということだと、3秒後に理解しました。

客に対して丁寧に言うなら「ブルーのお色違い」で十分です。なぜ「ブルーのおつくり」? 「つくる」という言葉を入れてクリエイティブな感じを出したいのでしょうか。

最終的に「不思議ワード化」してしまう敬語?

それなら「お色違いでもおつくりしています」というごく普通の表現で通じます。

「おつくり」と名詞化したために、最終的に美化語のような謙譲語のような不思議ワードと化してしまったのです。

ちなみに「おつくり」は刺身の美化語としての「お造り」が確立しています。(「化粧」の美化語でもありますが、「お化粧」のほうが自然)。

「おつくりする」を無理やり名詞の謙譲語にしても、話が混乱するばかり。

百歩譲って業界内で使うのはよしとしても、接客用語としては首をかしげざるをえません。

「ブルーのおつくりもございます」をパッと意味が分かるようにするなら、「ブルーでもおつくりしています」「ブルーの色違いもございます」「ブルーのお品もございます」「ブルーの在庫もございます」など、言い方はいくらでもあります。

さて、原稿をここまで書いた私は、気分転換に近所へ買い物に行きました。

レジへ行くと、そこで「ポイントカードのおつくりはよろしかったですか」と聞かれたのです。

「おつくり」の勢力拡大ぶりにギョギョッとしたことは言うまでもありません。

「残念ながらご落選になりました」は合っているのか?

「懸賞に外れた。なぜ当選は〈ご当選〉で落選は〈落選〉なの」何とも悔しさがにじむこの意見、どう思いますか。

「落選」と書かれた通知を受け取ったこの人は、見出しのようにせめて「ご落選」と書いてほしかったそうです。

人の感覚は、まさに十人十色。

落選したから丁寧な言葉でいたわってほしい人もいれば、そっとしておいてほしい人もいますよね。

個々の表現は自由なので好きなように使ってもかまわないと言いたいところですが、それでは身も蓋もなくなります。

一応の基準を示すと、当たった場合は「ご当選」、外れた場合は「落選」を使います。

一般的に、「落選」「倒産」「退学」など良くない意味を持つ語では、「お/ご」や「お/ご……になる」を付けたナル敬語は作りにくいとされているのです。

試しに、無理やり「ご落選」「ご落選なさった」と盛ってみてください。

「ご倒産になったそうよ」「ご倒産なさったんですね」「ご倒産になったのですか」なども、いたわりを通り越して、茶化した感じになってしまうはず。

直接言おうものなら、けんかになってしまうかもしれません。

※本稿は『その敬語、盛りすぎです!』(青春出版社)の一部を再編集したものです。