8月28日、高校日本代表としてU18野球壮行試合に出場した早稲田実業の宇野真仁朗選手

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 8月に行われた「夏の甲子園」でのことである。プロ注目選手の1人である、早稲田実のショート宇野真仁朗について、ある球団のスカウトから「“野球”が上手いのがいいですね」という言葉が聞かれた。プロのスカウトが注目するような選手が「野球が上手いのは当然」と思われるかもしれないが、“野球”と書いたように、その裏には様々な意味が含まれている。後日、そのスカウトと話をした時に、こう解説してくれた。【西尾典文/野球ライター】

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早実・宇野選手が“野球が上手い”と評される理由

「最近は、ピッチャーならば、スピードとかボールの回転数。野手ならば、打球速度といった数値を計測することが一般的で、高校生や大学生でも、このようなデータを活用するようになっています。そのこと自体はもちろん良いことだと思いますが、その影響が強くなり過ぎているように見えることがあります。いくら速いボールを投げられて、遠くに打球を飛ばすことができても、イコール良い選手というわけではないです。あくまで野球はチームスポーツですし、実戦で力を発揮できなければ意味がありませんから。宇野については、飛ばす力やスピードももちろんありますけど、守備や走塁の判断といった実戦でちゃんと能力を生かすことができていました。そういう選手はやはり、(プロ野球や社会人など)上のレベルでも対応しやすいですよね」

8月28日、高校日本代表としてU18野球壮行試合に出場した早稲田実業の宇野真仁朗選手

 早稲田実の初戦となった鳴門渦潮戦、宇野は第1打席でレフト前に弾き返すと、すかさず二塁ベースを陥れている。

「レフトの守備位置が深く、打球に対してのチャージも遅かったので、打った瞬間に二塁を狙いました」(宇野)

 また、7回の守備ではワンアウト一塁の場面でショートゴロを処理したが、一塁走者がスタートを切っていたのを見て、慌てることなく冷静にファーストへ送球してアウトとしている。こういった部分がスカウトの話す“野球”の上手さと言えそうだ。

YouTubeは「プレーの切り抜き」

 こういった実戦的な部分での“野球”が上手い選手は以前と比べても減っていると危惧する声が出ている。ある高校の指導者は、現在のジュニア世代(小学生や中学生)の練習環境に原因があるのではないかと指摘する。

「中学生の時に評判になった選手でも、確かに投げる力やバットを振る力はあっても、意外なほど実戦でのプレーができない選手は多いです。むしろ、昔よりも増えているんじゃないですかね。特に、走塁や守備の時に、自分で判断できない。頭の中でプレーが想定できていないんだと思います。最近は、中学校の部活が(少子化で)どんどん縮小傾向になっており、野球を真剣にやりたい選手はクラブチームに入ることが多いですけど、全体練習は基本的に週末だけというケースがほとんどです。平日の夜は野球塾みたいなところに通っている選手が多いですが、個人練習ではチームプレーは身につかないですからね……」

 甲子園の常連校と呼ばれるような高校の選手の出身チームを見ると、その大半が学校の部活ではなくクラブチームである。そういったことも、実戦力に乏しい選手が増える原因の一つと言えそうだ。ただ、原因はそれ以外のところにもあるのではないかという。

「テレビでプロ野球の試合を見る機会が少なくなったことも大きいと思いますね。今は地上波でほとんど野球中継が放送されていませんから。YouTubeなどで野球の動画を見ている子もいますけど、そういうのは大体がプレーの切り抜きなので、実戦的な動きとかまでは分かりません。以前は当たり前のようにできていたこと、知っていたことを高校や大学で教えないといけない時代になったのだと思います」(前出の高校の指導者)

昨今の指導法や選手育成に“違和感”

 筆者も現場で取材していると、以前と比べて、野球についての知識が乏しい選手が多いと感じることがある。

 ただその一方で、細かい部分にばかりこだわり過ぎている指導にも問題があるという。少年野球の現場を取材した時に、ベテランの指導者はこんなことを話していた。

「小学生のチームで勝とうとするのであれば、ひたすら細かいプレーを練習するのが近道なんですね。バッテリーは守備が不安定ですから、その穴を突くような小技を仕掛ければ点が取りやすい。背の小さい子どもには『バットを振らなくていいから四球で出塁することだけを狙え』と言っているようなケースもあります。守備でも牽制球や挟殺プレーを練習して、相手の走塁ミスでアウトをとる。それでも、勝てばうれしいのかもしれませんが、選手の先々を考えると基本的なプレーの部分をしっかり指導する方に時間を割く方が少年野球の指導としては適切ではないでしょうか」

 高校野球や大学野球でも勝ちを重視するあまり、選手の将来を考えない指導が問題視されることがあるが、下の世代でも行き過ぎた指導はいまだに残っている。野球の実戦的なプレーや知識を向上させたいという意図があったとしても、このような指導が是とされることもまた問題である。

 侍ジャパンのトップチームは東京五輪、WBCで優勝を果たし、今年は育成年代がU15W杯を制するなど国際大会の場で日本の野球が力を発揮していることは確かである。しかし、大きく環境が変化しているからこそ、改めて、カテゴリーの垣根を越えて、指導法や選手育成を考えていく必要があるのではないだろうか。

西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

デイリー新潮編集部