◆両親に会うときは「長袖長ズボン」
 
 専門学校入学のために来た日本で、キヅキさんは自由を謳歌した。両親の庇護下ではできなかったことを次々やり、刺青にたどり着くまでそう時間はかからなかった。驚くべきことに、身体中を覆う刺青について現在も両親には打ち明けていないのだという。

「両親は髪を染めることやピアスですらも、かなり顔をしかめていました。もう成人しているのでこのあたりは『しょうがないな』と思っているでしょうけど。ただ、刺青はもってのほかです。現在、両親は日本にいますが、会うときはすべて長袖長ズボンです。カナダにいたときはそんなことなかったのに、急に寒がりになったと思っているでしょうね(笑)。個人的には、カナダ時代に友人の母親などでがっつり刺青が入っている人もいたので、そこまで抵抗はなかったし、むしろ『将来自分も入れるんだろうな』くらいに思っていました」

◆刺青の絵柄に深い意味があるわけではない

 意外なのは、刺青について統一のコンセプトがあるわけではないということだ。

「もちろん、彫師さんの作品を拝見して吟味のうえ依頼はします。ただ、彫っている絵柄そのものについては、深い意味があるわけではありません。意味のあるものを彫って、それが意味を持たなくなってしまったとき、悲しくなってしまうので。一生美容師をやろうと思っているので、右腕にはハサミを彫りましたが、本当にそのくらいですね」

 日本においては「親からもらった大切な身体に刺青を入れる」ことは一般に忌避される。だがキヅキさんはそうした考え方について承知したうえで、こんな考え方をもっている。

「たとえば宗教の教えなどで、身体を神社や神殿のように神聖なものに見立てて、『大切に扱いなさい』とするものがありますよね。ただ、大切にする方法は人それぞれでいいと私は考えています。私は大切の意味を『まっさらでいること』とは捉えず、たとえば神社や神殿にも絵画やステンドグラスをきれいに飾るように、装飾しながら大切にするというのもあり得るのではないかと思っているんです」

◆刺青を入れて困っていることは…

 現在、日本における公共施設では多くの場合、「刺青お断り」とされていることについて、「海外とは文化が異なるので当然」としつつ、こんな困り事をキヅキさんは明かす。

「身体を鍛えるのが趣味なので、トレーニングジムに『お断り』されてしまうのだけはちょっときついですね(笑)。だからベンチや可変ダンベルを自分で購入にして自宅でトレーニングをしています。可変ダンベル左右で40キロ、絶対そんな必要ないと思いつつ、買ってしまいました(笑)」

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 将来について、「お客様に求められる限り、美容師は続けていきたい」と語るキヅキさん。人種や国籍、文化の違いによって苦労しつつも、「無理に歩調を合わせる必要はない」と脱力することで、自分らしさを手繰り寄せた。容姿に悩んだ経験がキヅキさんの手に美容師としての職能と信念を宿した。その得がたい武器で、未来を切り拓く。

<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki