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厚生労働省が実施した「令和4年 国民生活基礎調査」によると、65歳以上の高齢者がいる世帯のうち51.6%が単独世帯となっているそう。そのようななか、生前整理や遺品整理で多くの高齢者のひとり暮らしをサポートしてきた、株式会社GoodService代表の山村秀炯さんは「老後のひとり暮らしには、若い頃や家族と暮らすときとは違った<壁>がある」と話します。そこで今回は、山村さんの著書『老後ひとり暮らしの壁 身近に頼る人がいない人のための解決策』から、一部引用、再編集してお届けします。

【書影】生前・遺品整理のプロが、自由なおひとりさま生活を送るための知恵を解説。山村秀炯『老後ひとり暮らしの壁 身近に頼る人がいない人のための解決策』

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壁を越えられない人は部屋を見ればわかる

老後ひとり暮らしの壁を越える2つのコツは、「自己決定すること」と「孤立しないこと」です。

これらを自然にできる人と苦手な人がいますが、両者の違いは実は部屋の様子からわかることがあります。

私は仕事がら、とにかく他人様の家や部屋を見る機会が多くあります。これまで見たお住まいは数千件にのぼるでしょうか。

これだけ家を見ていると、つい目がいってしまうチェックポイントがあります。

あくまでも私が思うチェックポイントですが、あなたやご家族、ご友人にひとり暮らしの方がいたら、当てはまるかどうか参考にしてみてください。

玄関や靴が整理されていない

まず目に入るのは玄関です。特に靴、履物の状態は、つい気になってしまいます。

ボロボロでかかとが潰れたスニーカーが無造作に玄関に転がっていると、あまり積極的に外出したり、人と会ったりすることがない人なのかなと思います。

たくさん履いて外に出ているからボロボロなのではないか? と思うかもしれません。

でも私が見てきた人たちは、サンダルのようにつっかけて近くのコンビニやスーパーに行く程度のケースがほとんど。

あまり出歩かないからこそ、同じ靴を履き続けて、履き心地なども気にならないのだと思います。

あらためて人と会う機会も少ないので、見た目も気にしていないのかもしれません。

オシャレは足元から、などといいますが、靴がボロボロでも洋服はそれなりに洗濯されていたりしますから、たしかに足元にこそ、その人の性格やこだわりが出やすい気がします。

また、靴がこのような状態の人は、たいてい部屋も散らかっています。

単にだらしないだけじゃないかといわれたらそうかもしれませんが、意外と玄関や靴にはその人の生活感がにじみ出るのです。

貴重品があちこちに散らかっている

私たちのような業者が遺品整理に行ったとき、早めに確認しておくことがあります。なんだと思いますか?

それは、お金や通帳や印鑑など、貴重品のありかです。

衣装箪笥のいちばん上の引き出しだったり、女性だったら化粧台の引き出しだったりと、ある程度は傾向があるのですが、当然人によってバラバラですから、家のあちこちに無造作にしまわれていることも、多々あります。

なぜ早めに確認したいかというと、もちろん死後の手続きに必要なものだからです。

万が一、後で「見つからない」と騒ぎになったり、うっかり処分してしまったりしたら、とんでもないことになります。

余談ですが、あるお宅でお菓子の箱を開けたら、数百万はあろうかという札束がぎっしり入っていたことがあります。

私たちは逐一中身をチェックするので発見できますが、ご家族の方などが見たままのゴミだと思って捨ててしまう危険性もゼロではありません。

ちなみに遺品整理の現場では、室内の分別作業に参加する従業員は長年の経験のある信用ある自社スタッフに限定します。

というのも、この業界でいちばん怖いことですが、こっそりネコババする人間が紛れ込むのを防ぐためです。

残念ながら身内の方が窃盗を働くケースもあるようですが、外部の業者に依頼する場合は、派遣スタッフが入っていないかや、その会社の社歴を調べるなど、より慎重になったほうがよいでしょう。

さて、こうした貴重品の類がなかなか見つからなかったり、あちこちに点在したりしている人は、やはり総じて整理整頓がなされていません。

自己管理が苦手で、相続でも「え? そんな資産があんなところにあったの?」などとトラブルを招きがちです。

決して誤解してほしくないのですが、貴重品をわかりやすいところにまとめておきましょう、と言いたいわけではありません。防犯の意味では、見つかりにくいことはむしろメリットでもあります。

ここで言いたいのは過去にあった傾向と、そこから意図して管理されていたかどうかがわかる、という点にすぎません。

生活スタイルが現れる2つのポイント

ゴミ屋敷のような部屋を片付けにいくと、その散らかり具合も多種多様なのですが、ある2つの点は不思議と共通しています。

ひとつは、テレビの周りです。


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ゴミ屋敷にはあらゆるゴミが散乱しているのですが、お酒の空き缶がテレビ台や、もしくはテレビ近くのテーブルに集中して置かれているのをよく見ます。

考えてみれば当たり前のことで、生活の中心がテレビになっているので、自然と空き缶が溜まるわけですね。

このようなケースの人は、テレビや、テレビの前に置いたテーブルの周辺で1日の大半が完結しています。

すぐ手が届くところにいろいろなものが配置されているのです。さながらその人の基地あるいはコクピットといった様相です。

非常に省エネで面倒くさがり、消極的な生活スタイルが透けて見えます。なにしろ空き缶をゴミ袋にまとめることすら、しないのです。

テレビは受動的なメディアです。なんとなくテレビをつけて、なんとなく眺めて、平穏に1日が終わる。これは決して悪いわけではありません。

ただ、積極的に自己決定する経験は非常に限られているのではないかと想像します。

孤独死された方の遺品整理のときにこのような部屋に出くわすと、「お酒で寂しさを紛らわせていたのかな」などと感じさせられて、切ない気持ちにもなります。

もうひとつは、寝床です。

布団のシーツや枕カバーは、とにかく洗ったり取り替えたりするのが面倒で、ひとり暮らしの人では長く使いっぱなしの「万年床」になりがちです。

生活情報サイトなどを見ると、寝具はだいたい週に1回は洗濯する人が多いようです(参考:「ESSE online」https://esse-online.jp/articles/-/5484)。

ひとり暮らしの場合、自分しか使わないし、寝られれば構わないとつい放置してしまうのは無理もないかもしれません。

ただ、先ほど紹介したような、先々のことを自分で決定していたり、適度な人付き合いを保っているおひとりさまは、こういった面倒なこともしっかりとこなしている印象があります。

自己管理できる人ほどモノが減っていく

モノに囲まれた部屋と、モノが少なくスッキリした簡素な部屋。あなたなら、どちらに住みたいですか?

これは完全に好みの問題ですよね。

モノが少なくて見た目がきれいな生活をしたい人は、それができていれば幸せです。

一方で、趣味が多くて、常に多くのモノに囲まれていたくて、それを実際に所有していることに満足を感じる人もいます。

他人からすると散らかり放題に見えても、自分の中では何がどこにあるかがだいたい把握できている、といった経験があなたにもありませんか? 要するに自分の生活を自分で管理できているから幸せといえるのです。

「ゴミ屋敷」と「モノ屋敷」は違います。

「ゴミ屋敷」というのは、食事の食べ残しや空き缶、ペットボトル、タバコの吸い殻やペットの糞尿などがあふれていて、臭いもきつく、文字どおりゴミで部屋が埋め尽くされている家のことです。

一方「モノ屋敷」というのは、フィギュアやプラモデル、ゲームやCDやレコード、本や雑誌、あるいはブランド品など、趣味性の高いものが大量に収集されている家のことです。

興味のない人にはゴミと変わらないものを集めていたとしても、周囲に迷惑をかけていない限り非難される筋合いはありません。

とはいえ、自己管理ができている人ほど、徐々にモノを減らしていく傾向があります。

自分で自分の生活を管理することも歳をとるにつれて徐々に難しくなっていくので、死後のことも見据えて、趣味のコレクションなどもだんだん処分していくと、生活のストレスが減っていきます。

もちろん、死ぬまで好きなものにめいっぱい囲まれているのが幸せだ、という人もいます。

そうであっても、自己管理ができている人は「自分がいなくなったらこうしてくれ」と段取りをつけています。

老いは誰にでもやってくるものです。判断力も記憶力も衰えていきます。

自分の管理能力の衰えに備えて、決められるうちに決めておける人の部屋は、比較的モノが少なくシンプルな傾向にあると思います。

※本稿は、『老後ひとり暮らしの壁 身近に頼る人がいない人のための解決策』(アスコム)の一部を再編集したものです。