ダブル技研が開発した搬送ロボット「ゴクー」。その汎用性の高さから遠隔就労システムでの利用を計画する(記者撮影)

神奈川県座間市に本社のあるダブル技研は、FA事業や産業用ロボットの開発を手がける従業員約20人、資本金約9600万円(資本準備金含む)の中小企業だ。顧客の要望に合わせてFA設備を製作したり、人間の手の動きを精緻に再現したロボットハンドを商品化したりするなど、その技術力には定評がある。

同社には別の顔もある。それは福祉機器の総合販売会社だ。1990年代末ごろ、手が不自由な人向けに本のページを自動でめくる機器を発売。筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者らに喜ばれ、業界に本格参入する契機となった。

この分野での現在の主力商品は、自力での発声が難しい重度障害者のコミュニケーションを支援する「意思伝達装置」。他メーカーの製品を取り扱う代理店の機能も有し、これまでに計3000人ほどに導入。国内では屈指の実績を誇る存在だ。

そんな同社が、FA技術と福祉の視点を融合させ、難病や事故などで寝たきりとなった人でも働ける「遠隔就労システム」の開発に取り組んでいる。国や患者団体と連携しながら、早期の実用化を目指す。

まるでクレーンゲーム

4本のチェーンで天井の四隅から吊るされた3本爪のロボットハンドが、試験用の空間を自在に動き回り、床に置かれた木箱の取っ手をつまむ。まるでクレーンゲームのようにそのまま持ち上げ、器用に上蓋だけを外してみせた。その中に整然と詰められていたのは、ミツバチから蜂蜜を取るための巣枠。ハンドは次に、それを1つ1つ取り出し、また箱にしまうという動作を繰り返した。

搬送ロボットが巣枠を器用にピッキングする(ダブル技研提供)

この機械は、同社が開発した搬送ロボット「ゴクー」。チェーンを出したり巻き取ったりすることで立体的に移動するため、精密な作業が可能だ。コンサート会場で、観客の様子を映すために用いるワイヤーカムから着想を得た。座間市の工房では9月、機械の微調整が進められていた。

ゴクーは工場などでの生産効率化を目的に作られ、遠隔で動かせる。ベースユニットに繋ぐワイヤーやチェーンの長さを調節することで、さまざまな広さの空間に対応し、使わないときは天井付近で待機するので場所も取らない。ロボットハンドだけでなく、カメラやブラシなどの取り付けも可能で、監視や清掃などの用途にも使える。約3年前に完成し、大手ゼネコンが高層ビルの窓ふき作業に採用したなどの実績がある。

このゴクーを使って、寝たきりの人でも働ける遠隔就労システムを開発しようというのが今回のプロジェクトだ。遠隔操作では基本的にジョイスティックを使うが、身体的に難しい人向けにボタンでの入力にも対応。患者が動かせる体の部位を特定し、技術者がそこにフィットするスイッチを選ぶ。目の動きを検知し、視線で入力するデバイスも取り付けられる。

こうした流れは意思伝達装置の適合と似ており、ダブル技研がこれまで蓄積してきたノウハウを活かすことができる。年内にもALS患者ら7人を対象に、養蜂場での就労実験を始める計画だ。

働ければ「大きな生きがいになる」

このプロジェクトが始まったのは2022年。ゴクーの汎用性に目をつけた同社の和田始竜専務(41)が「重度障害者が自宅や施設にいながら働ける環境を整えたい」と、厚生労働省の「障害者自立支援機器等開発促進事業」に応募。見事に採択され、最大2000万円の開発補助を最長3年受けられる権利を得た。


ゴクーに取り付けるロボットハンドを持つ和田始竜ダブル技研専務。後ろが遠隔就労システムの実験スペース(記者撮影)

ALSの患者団体「日本ALS協会」もアドバイザーとして参加する。この難病にかかると全身の筋肉が徐々にやせて動かせなくなり、やがて自力で息すらできなくなる。患者は全国に約1万人いて、完治させる薬や治療法は見つかっていない。手術して呼吸器を装着すれば生き続けられるが、約7割は拒むとされる。つまり、多くの当事者が事実上の死を選んでいるのだ。自身も患者であり、同協会の会長を務める恩田聖敬さんは、書面インタビューでこう語った。

「多くの人は働くことに稼ぐ以外の要素があると思います。ALSは人生を一変させる病気です。その中で変わらず働けたら1つの大きな生きがいになると思います」

「ALS患者が働くには『いつでもどこでも働ける』のが重要です。日中は訪問看護やリハビリなどの身体のケアに時間を割かれるからです。自分のペースで働くことをぜひとも実現してほしいです。ALSに限らず就労意欲はあるけどさまざまな事情で働けない人の受け皿になることを期待します」

和田さんが遠隔就労にこだわるのは、約7年前に意思伝達装置を販売する部署で出会った1人のALS患者の存在がある。同年代だったという男性で、機器の導入支援やメンテナンスで家へ通っているうちに、いつしか打ち解けて友人のような間柄になった。

2年ほどたったある日、いつものように男性宅を訪れると、男性の居室とは別の部屋に通された。そこで当時70歳ぐらいだった彼の両親に「頼みがある」と告げられた。「息子が呼吸器をつけないと言っている。何とか説得してほしい」。症状が進行し、男性はいよいよ生死の選択を迫られていたのだ。両親は本人に聞こえないよう声をひそめていたが、そのまなざしは切実そのものだった。

忘れられない”友人”の死

「長生きしてほしいという気持ちは同じ。でも、そこまで踏みこんでいいのだろうか」。和田さんは葛藤を抱えながら、男性のもとへ向かった。悩んだあげく、口をついたのは「ご両親が生きてほしいって言っていたよ」。自分の言葉ではなかった。男性は意思伝達装置の操作を始めた。ひらがな50音の文字盤が順番に点滅し、入力したい字が来たタイミングでスイッチを押す。この繰り返しでゆっくりと言葉を紡ぎ、こう返答した。

「どうせなにもできない いきじごくだ」

無機質な機械による音声の読み上げが室内に響いた。和田さんは何も言い返すことはできず、ただ立ち尽くすだけだった。男性はさらに「おやがいなくなったら だれがわたしのめんどうを みてくれるのか」と続けた。その数カ月後、男性の容態は急変し、そのまま帰らぬ人となった。


ゴクーに取り付けることのできるアタッチメント。さまざまな用途に活用できる(記者撮影)

和田さんは「彼の言葉を否定できなかった。何もしてあげられなかった」と振り返る。やりきれなさは、別の部署へ異動した後も残った。もし人生の希望になるような選択肢を提示できれば、彼に「生きろ」と言えたのでないか――。そんな後悔が今の原動力となっている。

実用化を目指す中で最大の課題となっているのが、遠隔就労システムの用途開発だ。ゴクーは工業や農業、畜産業などで幅広く使える反面、まだ「これ」というものが見つかっていない。導入のための費用も問題で、機器のコストダウンや障害者雇用への助成金の活用を模索している。

越えるべき壁は多いが、諦めるつもりはない。「来春から障害者の法定雇用率が引き上げられる。地方や都市部にかかわらず、人材不足に悩む企業は寝たきりの人の活用も考えてみてほしい。ぜひ知恵を貸してください」と和田さん。障害者の就労先となるパートナー企業を募集中だ。

ロボットを用いた遠隔就労の可能性

ロボット技術による障害者の遠隔就労には、接客業ですでに成功事例がある。


カフェで働く人型ロボット「OriHime」(記者撮影)

東京・日本橋のカフェ「DAWN ver.β」では、約70人の重度障害者らが分身となる人型ロボット「OriHime(オリヒメ)」を操り、給仕などにフルリモートで従事する。主に外国人観光客を相手に好評を博し、店内は連日大盛況。働きぶりが認められた障害者スタッフの中には、ほかの飲食店などにヘッドハンティングされた例もあるという。

カフェを運営するオリィ研究所の吉藤オリィ所長は「他人に何かをしてもらってばかり、というのは障害者にとってはつらい状況。働く場があれば、他者と関係性を築いて『ありがとう』と言ってもらえる存在になれる。寝たきりの先にもキャリアを作っていけるような世の中にしたい」と語っている。

(石川 陽一 : 東洋経済 記者)