お屋敷を2日間で一気に片付ける(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「来週までに実家を空にしてほしい」

急な依頼を受けて向かった先は、全16部屋の大きなお屋敷だった。いったい、依頼者の家族に何があったのか。

本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

ゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)を営み、YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する二見文直社長に、気の遠くなるような部屋の片付けをスムーズに終わらせる術を聞いた。

全16部屋の残置物を2日間ですべて処分

その実家はあまりに大きすぎた。1階には和室と洋室がそれぞれ4部屋ずつ。1つひとつの部屋も広く、もっとも広い部屋だと15畳以上はあるだろうか。和室のひとつは来客時の応接室として使っていたようで、掛け軸や日本人形が飾られている。

キッチンの機能はひと昔前のものであるものの、広さは立派だ。食卓も兼ねた空間になっており、大家族が集まっても充分くつろげそうである。ほかにも自作のテラススペースがあるベランダ、元は土間だったという半屋外の洗い場もある。2つに分かれた屋根裏の大空間は倉庫として使われていた。


和室と洋室がそれぞれ4部屋もある(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

それだけではない。離れの納屋もあり、しかも2階建てだ。昔は作業場として使っていたそうだが、今は完全に物置状態となっている。それに風呂場とトイレを加えて全部で16部屋の大きな屋敷だ。

1階部分の荷物はすでにあらかた運び出されており、残っているモノはすべて処分となる。ただ、2階の物置には大量の残置物があり、まずはそれらをすべて外に運び出すところから作業は始まった。屋根裏に続く階段は傾斜が急で幅も狭い。モノを運び入れるのも大変だったはずだが、当然、運び出しも重労働となった。


2階の物置(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)


1階のキッチンの様子(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

4代続いた実家のお屋敷を売却する理由

直近までこの家に住んでいたのは、依頼者の夫婦とその娘の3人だった。先祖代々受け継がれた家は、この夫婦で4代目となる。訳あって家を引き払うことになったが、4代分の荷物が溜まりに溜まったお屋敷を自分たちだけの力で片付けるには無理があった。

なぜ、家を引き払うことになったのか。依頼者の男性がその経緯を話す。

「私は去年の3月までずっと現役で仕事していたんですが、(定年を迎えて)退くことになりました。その後は妻とゆっくり旅行でもしようかなって話していたんですが、私が仕事を引退した途端に妻の持病の糖尿病が急に悪くなりまして。もう、ずっと世話せなあかんような状態になってしまったんです」

依頼者の夫婦には、娘のほかにもう一人息子がいる。息子もしばらくは一緒にこの家に住んでいたそうだが、「住みづらい」という理由から近くに引っ越していった。広いとはいえ、「田の字」に並んだ和室と洋室はふすまでしか仕切られていないのだ。

「相続のこともありますし、負債なんかもあるんでね。その返済やら何やらを考えたときに、“お父さんの決断次第やな”って家族みんなに言われまして。壊して建て直そうにも資金的な問題でそれは難しい。名残惜しい気持ちもあってしばらく考えとったんだけど、思い切って売却しようと」(男性)


(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

売却といっても、この広さと築年数では簡単に買い手も見つからないだろう。残置物がそのままの状態ではなおさらである。

この家で生まれ育った依頼者にはそれなりの思い入れもあるが、これからさらに大変になっていく妻の世話などを考えると早いうちに手放しておきたい。自分の力で初めはなんとかしようとしたが、気が遠くなるような作業だった。そして、もともとYouTubeを見て知っていたイーブイに依頼をすることにした。

「何から手を付けたらいいかわからない」人がまずするべきこと

片付け1日目は6人のスタッフ、2日目は9人のスタッフでひたすら残置物を運ぶ。2階の倉庫には長年の埃が舞い、視界を遮った。布団、スプリングマットレス、シーツ類が何組もあり、さながら旅館のリネン室のようだ。昔の家は親戚が大勢で泊まりに来たときに備えて、寝具が大量にあることが多いのだ。


多数ある布団を運び出す(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)


古い事典が出てきた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

昭和30年代の雑誌や阪神淡路大震災当時の新聞も出てきた。その阪神淡路大震災で、当時この家は大きなダメージを負ったという。次の世代に家を残すため、大工に頼んで柱から新しくしてもらった。部屋に残る歴史に、作業中のスタッフの手も止まる。


阪神淡路大震災当時の新聞(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「これだけ広かったらどこから片付ければいいかわからなくなりますよね。いつものゴミ屋敷やモノ屋敷と比べたらその量は少なく見えるかもしれませんが、ギュッと集めたらかなりの量になるはずです。それに気付かずにどんどんとモノが溜まってしまうんですよね」(二見社長、以下同)


(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

ゴミ屋敷でもモノ屋敷でも、ある一定の量を超えてしまうと「何から手を付けたらいいかわからない」という思考停止の状態に陥ってしまう。すると、その状態にだんだん慣れてしまい、片付けようという気すらなくなっていく。

「片付けるときに大事なことは、あちこち触らないことです。片付けが進まない人の特徴として、たとえばリビングにある棚を片付けながら、洋室にモノを移動したついでに“ここもこんなに散らかっていた”とゴソゴソし出す人がいるんです。それでは、ただいろんなところが散らかって疲れてしまうだけです。そうではなく、リビングの棚を片付けると決めたら、まずはその棚だけを片付けるんです」

そして、1週間のゴミ出しのスケジュールを把握することも作業をスムーズにする。翌日がペットボトルの日ならペットボトルだけを片付け、翌日が不燃物の日なら不燃物だけを片付ける。今回の大規模な片付け作業においても、現場にやってくるパッカー車の種類に合わせ、鉄類だけをスタッフ全員で集中的に運び出している場面があった。


鉄類を運び出す様子(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

片付けは「整理」ではない

片付けのことを「整理」と誤解している人も多い。片付けとはあくまで「断捨離」のことを指すのだという。

「整理収納関連の本が部屋に何冊もある人に限って、片付けが苦手だったりします。片付けるとは、モノを捨てることです。モノを減らさないことには部屋は片付かないんです。その、モノを捨てるということが大変なんですけどね」

そこで、家がゴミやモノであふれてしまっている人がまず初めにできることが、「ダンボールの処分」である。イーブイが片付けで訪れる現場には、ネットショッピングで届いたダンボールが必ずと言っていいほどあふれている。しかし、空になったダンボールは「いる・いらない」で迷うことなく真っ先に捨てられるゴミのひとつだ。


すっかりきれいになった物置(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)


片付けの最終仕上げに入った段階(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

思い出までは捨てない

1日目で2階の運び出しがほぼ完了。2日目は4時間ほどで1階と納屋の荷物を出し、16部屋のお屋敷は無事に空となった。「いやあ、ほんまこんなにすっからかんの綺麗になるもんなんやな」と、男性は肩の荷が下りた様子だ。男性は比較的淡々とした反応だったが、中にはパッカー車の前で涙を流す依頼者もいる。

「その家に住んでいた時間が長ければ長いほど、涙を流す気持ちはわかりますよね。家族だんらんの場だったテーブルがパッカー車に巻き込まれていくわけじゃないですか。やっぱり当時の思い出が浮かんでくるんでしょう」(二見社長)

しかし、ゴミ屋敷を片付けても思い出まで捨てるわけではない。きっと今回の依頼者は、それをわかっていたのだ。


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(國友 公司 : ルポライター)