ほぼ同じスタッフが手がける作品ながら、「いちばんすきな花」と「silent」の間には、どんな違いがあるのでしょうか(画像:「いちばんすきな花」公式HPより)

今秋、最もネット上で注目を集めているドラマと言っていいでしょう。

「いちばんすきな花」(フジテレビ系)は、第1話のTVer再生数が400万回を超えたほか、4話までの無料配信再生数が1400万回を突破。「今秋のドラマで再生数トップ」と言われているほか、TVerのお気に入り登録数が130万人超でこちらも1位。毎週、Xにトレンド入りしていることなども含め、熱心なファンを獲得している様子がうかがえます。

同作は昨秋の大ヒット作「silent」(フジテレビ系)のスタッフが再集結した作品であり、放送前から注目度は高かっただけに、上々のスタートを切ったと言っていいでしょう。

ただ、その「silent」と比べたとき、配信再生数は今秋のトップながら半分程度であり、ネット上の盛り上がりも限定的なものにとどまっています。

ほぼ同じスタッフが手がける作品ながら、「いちばんすきな花」と「silent」の間には、どんな違いがあるのか。単に脚本・演出・演技などのクオリティではない、その本質を掘り下げていきます。

ハードルが高い“クアトロ主演”

「いちばんすきな花」は、多部未華子さん、松下洸平さん、今田美桜さん、神尾楓珠さんの4人が“クアトロ主演”を務める一方、「silent」は川口春奈さんの単独主演。しかし、目黒蓮さん、鈴鹿央士さん、夏帆さんの4人がメインであり、「好感度の高い男女俳優をそろえ、4人の主要人物にクローズアップした作品」というプロデュースは似ています。

さらに、「4人のセリフを中心にした物語と、4人のバストアップ(顔から胸の下)を中心に撮るカメラワークなども似ている」と言っていいでしょう。

ただ、「いちばんすきな花」は、あえて“クアトロ主演”にしたことで、「基本的に4人の出番やセリフなどをほぼ同等レベルで扱わなければいけない」という、良くも悪くも“縛り”のようなものが発生しました。そこに視聴者目線からの難しさが潜んでいます。

4人のキャラクターや背景が違うため、全員に「わかるわかる」「そうなんだ」と受け入れられればいいのですが、4者4様の言動だけになかなかそうはいきません。たとえば1人に対して「この人のパートは共感しづらい」「見ているのがしんどい」などと思われたら、4分の1の時間帯は気持ちが冷めて没入感が下がってしまいます。

その点、「silent」はヒロインを軸にしたシンプルな見方が視聴者に提示されているだけに、「彼女1人が共感させ続けさえすれば、没入感が損なわれることはない」という構成。つまり、ドラマを気軽に見たいライト層にとっては、「いちばんすきな花」のクアトロ主演を見続けるのはハードルが高く、「silent」の単独主演を見続けるほうが気楽で、ほどよい没入感が得られやすいのでしょう。

「こんな友達とこんな部屋で」の妄想

さらに扱うテーマや世界観にも大きな違いがあります。まず「silent」は、音のない世界で再び出会った2人が織りなす、切なくも温かいラブストーリー。一方、「いちばんすきな花」は、年齢も性別も過ごしてきた環境も違う4人の男女が紡ぎ出す、見る者の心を静かに揺さぶる新たな時代の“友情”の物語。

「silent」の青羽紬(川口春奈)、佐倉想(目黒蓮)、戸川湊斗(鈴鹿央士)、桃野奈々(夏帆)は同年代で、想と奈々の聴覚障害という設定以外は、どこにでもいる普通の人。小田急線世田谷代田駅などのロケーションも含めて、視聴者がその世界観に入り込みやすいリアルな日常として物語が描かれていました。

その点、「いちばんすきな花」は、誰かに共感するのが苦手で“2人組”になれない潮ゆくえ(多部未華子)、面倒くさいことを避けるために頼まれごとを何でも引き受けてしまう春木椿(松下洸平)、すぐに男性から恋愛対象にされ、女性からは妬まれることで人と向き合うのが怖い深雪夜々(今田美桜)、友達が多いと思われているが1対1で向き合ってくれる人がいない佐藤紅葉(神尾楓珠)という、普通の人ながら、ややこしい設定の持ち主。

4人は偶然の出会いを重ねて、椿が婚約者と住むはずだった一軒家に集まり、そのコンプレックスや生きづらい性格を共有する友達になっていく……。「4人が偶然出会い、モデルルームのようなキレイな部屋で友情を深める」という物語はリアルというより、「こんな友達と、こんな部屋で会って話して、自分のことを理解してもらえたらいいな」と思わせるファンタジーな世界観の作品なのです。


(画像:「いちばんすきな花」公式HPより)

特徴的なのは、主にアラサーの心理に寄り添うような脚本で、好き嫌いがはっきり分かれる理由の1つになっていること。たとえば2日放送の第4話では、それまで母親の期待に応えるように“女の子”として生きてきた夜々が、「ママは『母親』ってだけ。『生んだ』ってだけ。お気に入りのお人形を生んでそれで遊んどるだけ」などとののしるシーンがありました。

しかし、夜々の母は“毒母”というほどではなく、「大人になったのなら落ち着いて話せば、理解してもらえるのでは?」というレベル。実際に第4話の終盤で「ママの理想を押しつけてしまった」などと理解してもらっていました。

その他でも夜々は保健室の先生にも理解してもらえなかったエピソードなどを話していただけに、「わかるわかる」「つらかったよね」だけではなく、「自分に甘すぎる」「母親がかわいそう」などの批判的な声も少なくなかったのです。

アラサー以下とアラフォー以上の差

また、9日放送の第5話では、紅葉が「1人でかわいそうなやつ、あまってるやついるとありがたかった。そういうやつ裏切らないから。俺なんかでも絶対一緒にいてくれて、一緒にいるだけでうれしそうにしてくれて」「本当の友達なんかいなくて、目立つやつと一緒にいていいように使われていただけ。それが続くのしんどかったから、たまにああやって1人のやつ見つけて近づいて、優しいふり、ほっとけないみたいな、そういうふりして」と“かわいそう”“あまっていた”高校時代のクラスメート本人に打ち明けるシーンがありました。

自分の罪悪感からか、現在の格差による悔しさからなのか。わざわざ言わなくてもいいこと、今さら相手を傷つけることをぶちまけてしまった紅葉の言動も賛否両論。「自分と重なった」という共感と、「自分勝手すぎる」という批判が交錯していました。

もしかしたら「いちばんすきな花」は、自分らしさを尊重され、だからこそ集団の中で生きづらさを感じながら学生時代を過ごしたアラサー以下の世代にとっては、「自分事のように共感しやすい」という作品なのかもしれません。一方で、競争と協調性という真逆のことを求められる学生時代を過ごしたアラフォー以上にとっては「自分勝手すぎて共感できない」と見えるところもあるのでしょうか。

「いちばんすきな花」は、単にその人の性格だけでなく、世代や学生時代の環境などによって見方がガラッと変わる作品に見えるのです。その点、「silent」は“純愛”という世代や環境などを問わず多くの人々が共感しやすい作品だけに、一度火が付けば「いいね」が広がりやすかったのでしょう。

これを読んでいるあなたは、「セリフにいちいち共感できるし、4人を応援したくなる」「学生時代のあるあるが詰まっていて、自分と重ね合わせて見ている」のか。それとも、「いい大人なんだから自分目線の生きづらさばかり考えないほうがいい」「いいこともたくさんあったのだから、他人のせいにばかりしないで折り合いをつけるべき」と思うか。自分の価値観を知るドラマと言っていいのかもしれません。

より哲学的になったセリフの好き嫌い

「いちばんすきな花」で最も多いシーンが椿の家であり、そこで交わされる4人の会話がメインの作品であることは間違いありません。

そのセリフは「silent」と比べても、より哲学的。たとえば第4話の冒頭に、「“男女平等”っていい言葉になってるのって怖くない? 逆にどっちも生きにくいでしょ」「『必要な差別をしてもらえない』って何よりの差別ですよね」というセリフがありました。

また、第5話の最後には、「いいんだよ。(絵を)描いた人が実際どうかはさ。それ見た人がどう思うかでしょ。『優しい』って思った人にとっては『優しい』でいいんだよ。『きれいなお花だな』ってうっとりしてる人に『それトゲありますよ、毒ありますよ』ってわざわざ言わなくてもいいの。その人がどう見てるかでいいんだよ」というセリフがありました。

まるで村瀬健プロデューサーの「男女の友情は成立するのか」というお題に脚本家の生方美久さんがセリフで返し続ける禅問答のように見えてきます。「なるほど」と思わされるものから、「難しくてわからない」ものまで多様なセリフで構成した脚本は、生方さんが尊敬する坂元裕二さんを彷彿させますし、実際に4人の会話劇を見て「『カルテット』(TBS系)を思い出す」という視聴者も少なくありません。

その坂元さんに重ね合わせて考えると、「いちばんすきな花」(生方さん)は「カルテット」(坂元さん)、「silent」(生方さん)は「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」(フジテレビ系、坂元さん)に近い作品と言えるのではないでしょうか。

平たく言えば、前者がテーマを深掘りして「考えさせられたい」ドラマ通向け、後者がストレートなテーマで「没入したい」一般層が好む作品に見えるのです。

「耳と目への訴求」にも両作の違い

「いちばんすきな花」と「silent」の違いとして、最後にもう1つ挙げておきたいのは、耳と目への訴求。

「silent」は、そのタイトル通り、音にこだわって演出された作品。実際に“間”などの無音や、手話によって生じるかすかな音などが積極的に採用されていました。また、その一方で主題歌にOfficial髭男dismのストレートなラブソング「Subtitle」を採用してメリハリをつけていました。

「いちばんすきな花」は、4人の会話が常に交わされている「耳が忙しい」タイプの作品。また、その一方で主題歌に藤井風さんの叙情的なメロディの「花」を採用して、こちらは逆の形でメリハリをつけている様子がうかがえます。

さらに「いちばんすきな花」は、“花”をモチーフに採用した作品だけあって、劇中には美男美女が勢ぞろい。多部未華子さん、松下洸平さん、今田美桜さん、神尾楓珠さんに加えて齋藤飛鳥さん、田辺桃子さん、一ノ瀬颯さん、世古口凌さん、川本光貴さん、山谷花純さん、杏花さんなど、大半のシーンに美男美女が登場します。

生方さんが手がける繊細なセリフから、藤井風さんの楽曲、キャストのビジュアルまで、見る人の美意識をくすぐるファインアートのようなムードもまた「silent」との違いと言っていいのではないでしょうか。

(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)