日本精工がベアリングを提供したベイブレードの初期モデル。当時の子供に大人気だった(記者撮影)記者撮影)

軸をなめらかに回転させるために用いる円形の「ベアリング」は、自動車や工場、家電といった身近な場所や製品で大量に使われている。「機械産業のコメ」とまで言われる重要な部品だが、人の目に触れる機会は少ない。

地味なイメージを払拭し、親しみを持ってもらいたい――。軸受け国内シェア1位を誇る日本精工(NSK)の子会社が、そんな思いで玩具事業に取り組んでいる。

一般的なものと比べてケタ違いによく回るコマなど、自慢の精密技術を存分に投入。毎年のように新作を発表しているほか、ヨーヨーなどの競技用おもちゃ向けに専用の高性能ベアリングの開発も進める。

普段はBtoB(企業間取引)が主体で一般消費者とは縁遠い同社。子供から大人まで多くの人が楽しめるホビーを起点に、認知度アップとファン作りを目指す。

「フェンスカー」のレースに協賛

目にも止まらぬ猛烈なスピードで、ミニ四駆から外装をはぎ取ったようなシャーシむき出しの小型マシン「フェンスカー」がコースを駆け抜ける。機体は市販のプラモデルではなく、3Dプリンターなどによる自作だ。

フェンスカーの最速を競う非公式の大会「超ルール無用JCJCタイムアタック」が今年4月、千葉市の幕張メッセで開かれた。3周計20メートルほどの専用コースを1秒台で走破する記録も出て、会場は大盛り上がり。その様子はインターネット上でも生中継され、3万件を超えるコメントが放送中に寄せられた。

大会は動画サイト「ニコニコ動画」を運営するドワンゴ主催の大型イベントの一環で、日本精工も協賛した。出場した人気ユーチューバーら10人に約30種類のベアリングを提供し、コーナリングで用いる「ガイドローラー」などに搭載された。

おもちゃ事業を手がける日本精工の子会社「NSKマイクロプレシジョン」の石井俊和社長は、現地を訪れて実況席からレースを見守った。

ユニークな発想の機体をNSK賞として表彰。副賞として製作用のベアリング1年分と「一緒にフェンスカー専用のベアリングを開発する権利」を贈呈した。受賞者を自社工場(神奈川県藤沢市)に招くなどして共同研究を進めており、年内の商品化を目指している。

NSKマイクロの本業は、ハードディスクドライブや歯科用の治療器具などに使用される小型ベアリングの製造だ。なぜホビー向けのイベントに参加したのか。その狙いを石井社長はこう語る。

「ものづくりは日本を支える大事な産業だ。人口が減っていく中で担い手を確保するために、裾野を広げていく必要がある。とくにベアリングは一見すると地味な世界。人を引きつけるおもちゃをフックにすれば、業界や製品をまったく知らない人にもアプローチできる」

レースの生放送中に実施した視聴者アンケートでは、「日本精工を知っていますか」との問いに「初めて知った」と答えた人が約3割。約9400億円の連結売上高(2023年3月期)を誇る企業規模を考えると寂しい数字だが、換言すれば、イベントへの協賛でそれだけの人に会社を認知してもらえたことになる。


写真右の2つは協賛したレースに出場したフェンスカー。左の2つは会場に展示されたNSKロゴ入りの改造マシン(記者撮影)

ベイブレードを通じて届いた子供の声

日本精工には元々、玩具に関する大きな成功体験がある。旧タカラ(現タカラトミー)がベーゴマを現代風にアレンジしたおもちゃ「ベイブレード」で、初期モデルにベアリングを提供し、大ヒットした過去があるのだ。

その機種は「ウルボーグ」と名付けられ、2001年に発売。コマの軸部分に、ファンモーター冷却用の小型ベアリングを搭載し回転の摩擦を軽減することで、ほかのベイを凌駕する圧倒的な持久力を実現させた。

あまりの強さから子供を中心に爆発的な人気商品となり、全国で売り切れが続出。パッケージにはNSKの3文字が大きく印刷されており、知名度の上昇に大きく貢献した。


ウルボーグの箱に印字された「NSK」のロゴ(記者撮影)

事業所に「ベアリングをなくしたから売ってほしい」と小学生から電話がかかってくることもあった。「そんな声を子供にかけてもらうのは、普段ではありえないこと」(石井社長)。従業員のモチベーションアップにもつながったという。

その後は計4機種のベイブレードにベアリングを提供し、再びおもちゃに目を向けたのは2008年。NSKマイクロが出展した展示会で、「ヨーヨー向けの高性能なベアリングが欲しい」と、競技者から相談されたことがきっかけだった。

トップレベルの大会で使用されるヨーヨーは、1分間に1万回ほど回転。あらゆる角度から負荷がかかるため、生半可なベアリングではすぐに壊れてしまう。試行錯誤しながら開発を進め、10種類以上を作った。

そのうちの一つを搭載したヨーヨーが2010年8月、「スリーパー」という空転時間の長さを競う競技で、当時の世界新記録となる21分21秒25を叩きだした。2013年には、1個約2000円の価格でヨーヨー専用の高性能ベアリングを商品化。愛好家の間で評判となり、これまでに計約7万5000個を販売している。

「おもちゃ熱」が盛り上がったNSKマイクロは、2017年から精密技術を駆使してオリジナル玩具の開発にも着手。コマやジャイロスコープ、振り子などをこれまでに発売し、現在も新作を構想中だ。

いずれもハイエンドのベアリングを惜しみなく使用しているため、よく回るものの価格は数千円から2万円台と高額。販売数は決して多いわけではないが、いずれも黒字化を達成しているという。

1万7000円のハンドスピナーが即完売

その中でも最大のヒット作が、2017年に発売した「サターンスピナー」だ。

当時、大流行していたハンドスピナーの最上位モデルと言えるもので、価格は約1万7000円。NSKマイクロの技術者が一つ一つ手作りし、回転する時間は12分ほどと一般的な製品の数倍長い。約700個の限定生産は即完売。フリマサイトでは一時、7万〜9万円のプレミア価格で取引された。


「サターンスピナー」が回転する様子。一般的なものは数百円から買えるハンドスピナーの中で、異例の高級品だった(記者撮影)

日本精工のE&Eマーケティング部でおもちゃ事業に関わる郡嶋聡太郎係長は、「ホビーに熱中する大人の中には、コスト度外視でよいものを求める人もいる」と分析。自身もラジコンで子供と遊んでいるといい、「おもちゃの性能を突きつめていくと、必ずベアリングに行き当たる。NSKの技術力を活かし、濃いファンに刺さるものを作りたい」と意気込む。

実際、一定の需要はあるようだ。ネットオークションなどでは、日本精工をはじめとする大手メーカー製をうたうベアリングが、ミニ四駆などのおもちゃ向けとして数十個単位で取引されている。マニアは精度が高いものを厳選したり改造したりするので、一度に大量の部品を買い込むという。

こうした流通品の多くは出所がハッキリしない。BtoBが本業の日本精工にとって、消費者への直接的な販路の確保が課題だ。一方で、たとえ本格的に販売を始めたとしても、同社の主力である自動車向けなどと比べれば、そんなに儲かる分野ではないだろう。

それでもホビー向けベアリングに懸ける思いを、石井社長はこう強調する。

「ベアリングを手に取り、親しんでもらうことには、お金では計り知れない価値を感じる。広報戦略と考えても効果は抜群だ。喜ばれるものを作るのはメーカーとしても楽しい。ユーザーの声を聞きながら、これからの展開を考えていきたい」

(石川 陽一 : 東洋経済 記者)