ChatGPTなど、生成系AIの利用が日本で進まないのは何故なのか(写真:PUGUN_SJ/PIXTA)

ChatGPTなど生成系AIの利用が進んでいる。教育体制や入試制度が大きく変わろうとしている。ビジネスでの利用は、アメリカでは進むが、日本では進んでいない。日本がこの大変化についていけるのかどうか、心配だ。 昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第100回。

日本企業での利用は進まない

ChatGPTの使用についてのアンケート調査がいくつか発表されている。

MM総研が5月下旬に実施したオンライン世論調査によると、アメリカのデスクワーカーの約半数はChatGPTに依存しているが、 日本ではわずか7%だ(Nikkei Asia、2023年6月22日)。日本では、従業員3000人以上の企業の9% がチャットボットを使用しているのに対して、従業員100人以下の企業では4%にすぎない。

また、ChatGPTについて「知らない」と回答したのは、アメリカでは9%でしかなかったのに対して、日本では46%もあった。アメリカの上級管理職の60%以上がこの技術に「強い関心」を持っていると回答したが、日本の管理職の多くは、安全に使用できるかどうかに確信が持てていない。

ChatGPTの用途は、定型的なメールの作成、会議議事録の要約、大量の情報の整理など。日本では、内部使用だけでなく、顧客向けのサービスのための生成系AIチャットボットに取り組んでいる開発者もいる。

7月23日の本欄で述べたように、日本企業での利用については、帝国データバンク、野村総合研究所、PwCなどによる調査もある。それらによると、すでに利用しているとの比率は1割未満。大企業だけを見ても13%程度でしかない。これは、MM総研の結果と同じような結果だ。

ところが、朝日新聞(7月26日)によると、主要100社へのアンケート調査で、生成AIを業務で「利用している」が41社、「利用を検討している」が50社にのぼった。利用内容は「社内業務の効率化」が37社、「テキストの要約・分析・添削」が31社、自動応答する「チャットボット」が27社。

ただし、ここで対象とされているのは日本を代表するような超大企業だ。上で見た一般の企業とは大きな差がある。ChatGPTを積極的に活用する大企業の生産性が今後高まり、他企業との格差が拡大する可能性がある。

教育・学習での利用は進む

教育や学習面での利用はどうか?

アメリカでは、ウォルトン・ファミリー財団の委託を受けて、世論調査会社インパクト・リサーチ社が、2月と4月に全国規模の調査を行った。Government Technologyのサイトにある記事によると、結果の概要はつぎのとおりだ。

幼稚園から高等学校までの教師の51%が、ChatGPTを使用していた。12歳から17歳の学生の約3分の1が、学校でChatGPTを使用したことがある。12歳から14歳では、47%。教師の88%と生徒の79%が、ChatGPTは「プラスの影響があった」と述べた。

インパクト・リサーチは、6月23日から7月6日までの期間においても、同様の調査を行った。The 74のサイトにある記事(July 18,2023)によると、結果の概要はつぎのとおりだ。

ほぼ誰もが、ChatGPTが何であるかを知っている。教師より親のほうが、ChatGPTを好意的に見ている。親の61%が好意的であるのに対し、教師では58%だ。生徒では、54%にとどまっている。

学校でChatGPTを使用したことがあるとの回答の比率は、第1回の33%から42%に上昇した。教師が仕事でチャットボットを使用したことがあるとの回答の比率は、63%に上昇した。現在、約40%の教師が、少なくとも週に1回はそれを使用している。

「これはすべてを変える。AIは教育と学習を根底から覆そうとしている」と、多くの人が考えている。保護者のほぼ 64% が、教師や学校は学業でのChatGPTの使用を許可すべきだと考えている。容認するだけでなく奨励すべきだとの回答が28%あった。

日本では、東北大学の大森不二雄教授が、6月2日までの10日間、オンラインで調査を実施した。朝日新聞の記事(2023年6月8日)によると、学生の32.4%がChatGPTを使用したことがあると回答し、14%が課題に使用したことがあると回答した。ChatGPTを課題に使用した人のうち、77.5%がライティングの向上に役立ったと回答し、70.7%が思考力の向上に役立ったと回答した。

アメリカでの別の調査によれば、学生のほぼ90%が家庭教師よりChatGPTのほうが優れていると考えており、 すでに30%程度の学生が家庭教師からChatGPTに切り替えた(7月9日の本欄記事を参照)。

ビジネスより教育での利用が先行している

上記のさまざまな調査から、 おおよその傾向として、 次のことが言えるだろう。

第1にビジネスにおいても教育においても、ChatGPTの利用比率はアメリカのほうが日本より高い。

第2に、教育・学習における利用は、ビジネスによる利用よりも進んでいる。企業での利用は(とくに日本の場合には)これからという段階だが、 教育 ・学習面における利用はすでにかなりの程度進んでおり、 現実の問題になっている。学習における利用は、個人個人がChatGPTを使えば、すぐにでもできることだ。そして効果が高い。だから利用が進んでいるのは当然だとも言える。 

それに対して、企業での利用の場合、いかなる業務に使えばよいかという問題がある。そして、利用のために体制を整えなければならない。その上、企業機密の漏洩といった問題もある。このため、すぐには使えないという場合が多いのだろう。

教育・学習面におけるChatGPTの影響は、日本でも、すでに現実のものとなっている。

朝日新聞の記事(7月6日)は、大学の入試体制(とくに、総合型・学校推薦型選抜)が大きな影響を受けるだろうとしている。また就職試験におけるエントリーシートも、ChatGPTによる文案作成に対応することを迫られている(朝日新聞、6月26日)。

そして、日本でも様々な学習用アプリがすでに公開されている。こうした動きは、学習塾、予備校、各種セミナー業などに対して、きわめて大きな影響を与えることになるだろう。

文部科学省は、中学高校の英語教育で対話型人工知能(AI)を導入する。生徒のレベルに応じて自動で受け答えするAIを使い、自宅学習で用いる(日本経済新聞、7月25日)。これによって、英語で話す力の底上げをはかる。

ChatGPTは外国語の勉強に大きな力を発揮する。また生徒のレベルに応じた学習ができるというのも重要な点だ。ただし、会話力増強を目的とする点は賛成できない。私は、英語を書く力の勉強が重要だと考えている。これについては、別の機会に論じることとしたい。

日本はこの大変化に追いつけるか?

アメリカにおいては、ビジネスにおける大規模言語モデルの利用は、すでに現実の問題になっている。これを反映して、サービス提供者側の動きも活発になっている。

6月27日には、米データブリックスがモザイクMLというスタートアップ企業を約13億ドル(約1860億円)で買収すると発表して話題になった。モザイクMLは比較的小さな企業が利用できる大規模 言語モデルの開発を行っている。

また、フェイスブックなどを運営するメタは、7月18日、オープンソース大規模言語モデル「Llama 2」の提供を開始した。研究と商用向けに無償で提供する。これにより、開発者は独自の生成系AIをMicrosoft AzureやWindows上で開発し、アプリケーションに組み込めるようになる。

これに対して、上述のように、日本企業の関心のなさが憂慮される。大規模言語モデルの開発面において日本が後れを取っていることはいかんともしがたいが、それをさまざまな実務に活用することは十分に可能なはずだ。それにもかかわらず、関心もないし 利用への体制作りも進んでいない。

デジタル化の遅れが日本経済停滞の原因であると、しばしば指摘される。いま、大規模言語モデルの活用において遅れを取れば、日本の後れは決定的なものになってしまうだろう。


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(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)