今年3月10日行われた第46回日本アカデミー賞で、俳優の安藤サクラ(37)が最優秀助演女優賞を獲得した。ライターの吉田潮さんは「彼女の演技には不自然さがまるでない。それは、細やかな役作りと作品への深い理解があるからだろう。ドラマ業界から引っ張りだこなのも理解できる」という――。

■今期一番だった安藤サクラ主演ドラマ

1月期ドラマの中で、最も話題にあがった印象のある「ブラッシュアップライフ」(日テレ)。女の友情を好ましく頼もしく愛おしく描いた秀作だった。

画像=日本テレビ 日曜ドラマ「ブラッシュアップライフ」公式ページより

安藤サクラが演じた主人公・近藤麻美は、なんと初回で死ぬ。連ドラの主人公が初回に死ぬ稀有な作品なのだが、そこから彼女の生きざまが見事に映し出される。

死後の世界の受付で「来世はオオアリクイ」と言われて納得がいかず、もう一度最初から近藤麻美の人生をやり直す道を選ぶ。当初は人間に生まれ変わることが目的だったが、友人の親の不倫を未然に防いだり、祖父の薬の飲み合わせの悪さを指摘して命を救ったり、嫌いな教師の痴漢冤罪(えんざい)を防いだり、友人の不倫を阻止したりと、次第に微妙なミッションが増えていく。

それでも30代でうっかり死んでしまい、ニジョウサバやウニに生まれ変わることを拒んで、二度三度と人生をやり直す。公務員、薬剤師、研究医、テレビ局のドラマプロデューサーと職を変えつつ、人生4周目で同じく生まれ変わりを繰り返す友人(水川あさみ)に出会う。

そこで親友ふたり(木南晴夏・夏帆)が飛行機事故で亡くなる運命を知ってしまう麻美。次は人間に生まれ変われるとわかったのだが、親友を救うために5周目のやり直しを選ぶ。数々のミッションをこなし、パイロットになった麻美ははたして親友を救うことができるのかというタイムリープコメディだ。

「死」を扱いつつも軽妙で、使命感はあるけれど偽善臭がないヒロインに、さすがは安藤サクラと感心した。

■「日の当たらない人」がハマリ役だった

いや、しかしだな、サクラがこれほどしっくりハマったのはなぜか。もともとは、「やさぐれた女」「うらぶれた女」「不遇の女」の役が抜群だった。

運も金も才能ももたず、人の欲や罪に敏(さと)くて真理を突いたり、不遇をのみこむしかない不幸な女。映画『その夜の侍』(2012)では暇を飼い殺すホテトル嬢役、ドラマ「ママゴト」(NHK・2016)では自身の不遇と不幸に諦観しているスナックママの役、そして映画『追憶』(2017)ではヤクザの元情婦で、晩年は交通事故で高次機能障害になる役。

日当たりのよくない世界の住民をまんまと体現して、着実にモノにしてきた、そんな印象だ。

そういえば、第46回日本アカデミー賞で最優秀助演女優賞を獲った『ある男』(2022)でも、深い悲しみと喪失感を乗り越えた矢先、再び不運かつ不可解な状況(夫が別人だった)に直面するシングルマザーという難役だった。

「ブラッシュアップライフ」のサクラは、スポットライトを浴びるわけではないが、日の当たる世界の住民だ。「早死に」という自身最大の不幸を苦にせず、粛々と友人や家族を救うミッションをこなしていく。その姿に妙な説得力があったのは、サクラが演じてきた女にある共通項があったから。

■弱き者を「守る女」という共通項

安藤サクラは人を救う。その方法は必ずしも正しいとはいえないが、人を守ってきた。自分の子どもだけでなく不遇な子どもを、あるいは孤独な老人を。その守りっぷりを振り返ってみよう。

ドラマ「贖罪」(WOWOW・2012年)では、小学校で遊んでいた友達が何者かに殺され、その母親(小泉今日子)から償いを要求された女子のひとり。第3話がサクラ演じる晶子の物語だ。

晶子は警察に留置されているが精神的に興奮状態。自分の姪を性被害から「守る」ことで過去の罪を償ったと訴える。家族を殺害した容疑で逮捕されたが、警察では精神鑑定扱いをにおわせる強烈な役だった。

「カラマーゾフの兄弟」(フジ・2013)では、横暴な夫(吉田鋼太郎)から3人の息子たち(市原隼人・斎藤工・林遣都)を「守ろうとする」が無力だった母の役。

■映画でみせた気迫の演技

映画『今日子と修一の場合』(2013)では、家族のために保険外交員となったが枕営業を強いられ、それが明るみに出て、夫の実家から追放される女の役。

孤立無援の今日子は東京に流れ着き、ヒモのような風俗スカウトマン(和田聰宏)と懇ろになるも、東日本大震災で再び孤独になるという役。今日子は常に大切な人を「守ろう」としてきたのだが、皮肉な運命と残酷な仕打ちが待ち受けている。

また、実姉・安藤桃子が原作・監督・脚本の映画『0.5ミリ』(2014)では、流浪の介護ヘルパー・山岸サワ役。

一見「爺転がしのパラサイト後妻業」に見えるサワだが、老人たちの生活に絶妙な距離感でまんまと入り込み、完璧な家事と丁寧な介護スキルでとりこにしていく。孤独な老人の生活を立て直してあげたり、詐欺師から救ったり、かたくなな老人の心をほぐしていくのだ。自身も不遇だが、生きづらさを抱えた青年も結果的に救う。

縁はないが寂しさを抱えた人を、孤立死や老々介護崩壊から「守る」役割を果たしている。この役がとにかくすごい。サワの図太さに笑い、優しさとかいがいしさに感心し、たくましさの裏にある脆さにハッとさせられた。

前述の『追憶』では、自分を執拗(しつよう)に追いかけてきたヤクザ(渋川清彦)を殺そうとした少年たちをかばい、自ら罪を引き受ける。血縁関係のない子どもたちを「守った」わけだ。

あの有名な『万引き家族』(2018)でも、罪をすべて引き受け(罪を犯してはいるが)、疑似家族を「守る」役だった。守りっぷり、すごくないか?

写真=ABACA PRESS/時事通信フォト
2018年5月14日、第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品された『万引き家族』フォトコールでポージングする安藤サクラ。 - 写真=ABACA PRESS/時事通信フォト

■テレビドラマ界の「守護神」へ

映画を中心に「守り」を固めてきたサクラだが、「守護神」級に昇格したのが、「ゆとりですがなにか」(日テレ・2016・2017)だ。

画像=日本テレビ「ゆとりですがなにか」 (2016年4月期 日曜ドラマ)公式サイトより

ゆとり世代のマイナス面を凝縮したような主人公のひとり・坂間正和(岡田将生)を叱咤(しった)激励して「守った」のが、サクラ演じる宮下茜だった。同期入社の坂間より度胸も能力も高く、出世街道を走る女だ。坂間の尻を叩き、尻拭いもし、公私ともに「守ってきた」わけだが、まさかの結婚退職。坂間家に入ってからは孤独を味わうも、夫を支えて守ることに徹する(この展開に忸怩たる思いはあるが)。

朝ドラ「まんぷく」(2018)でも、天才肌だが問題の多い夫(長谷川博己)を献身的に支え続けた妻の役。もう、どんだけ頼りない男がいても、サクラがついていれば安心なわけよ。

ということで、恋人や夫、家族や子ども、弱き者を長年にわたって守ってきたサクラが「ブラッシュアップライフ」では、女友達を「守りきった」。

腕力や権力や経済力、歪んだ正義感に頼らず、見返りも求めずに守ってくれる存在として、安藤サクラは「守護神」の地位を確立したといってもいい。

■作品を選ぶ慧眼も頼もしい

ここ数年、「頼もしいヒロイン」をテレビドラマ界は欲していた。「傍若無人な天才」とか「社会不適合だが特殊能力の持ち主」に偏りすぎて、飽きられていたところでサクラの暗躍。

きれい事でもなく、ちょうどいいあんばいの倫理観、社会常識と努力の経験をもつヒロインは、新しくて頼もしかった。親近感と頼りがいはあるが、目線の高さが同じヒロインって、実はあまりいなかったからな。

些末なことだが、安藤サクラの「女の演じ分けの魅力」のひとつに、脚の開き具合があると思っている。品のあるなしだけでなく、その女の本質が脚の開き具合に表れるものだ。

まだ30代なのに驚くほど幅広い年齢層を演じられるのは、いわゆる“仏像顔”だけが理由ではない。足の裏をべたっと地面につけて、何をするにも開脚気味に動くときもあれば、弱さと足りなさを表現するために重心を変えて演じているときもある。全身で体現してるんだなあと、感心することが多いのだ。

■役によってブラジャーを変える

実際、映画『ある男』のパンフレットのインタビューで、サクラが役作りの意気込みを語っていた。

里枝を演じるにあたって「ちゃんと姿勢よく立って生活している女性でいるため、ワイヤー入りのブラジャーをつけるところから始めました」という。過去に演じてきた役はノンワイヤーブラで体の線を気にしないキャラクターが多かった、と。

この文言に、多くの女性は「なるほど!」と思ったに違いない。下着ひとつで女という生き物の本懐を表現し、しかもそれを正直に言葉にするサクラ。説得力があるし、女優として信用できるではないか。

ドラマのヒロインは、どんな状況であっても常に隙も乱れもない「嘘臭さ」や「生活感のなさ」が定番だ。事件や悲劇の渦中にいながらマスカラも口紅も眉毛も落ちず、髪型も完璧にセットされている。

観ている女性たちは声には出さないが、常に心の中で「んなバカな!」とツッコんでいる。こういう、些末だが実は肝の部分で、サクラは裏切らないと思わせてくれるので、女性票を獲得するのも当然だ。

■瀬戸内寂聴役はサクラしかいない

既に引っ張りだこの争奪戦が始まっているに違いないが、さらに頼もしいと思うのは、彼女がちゃんと作品を選ぶところ。

刑事・医者・弁護士のいわゆるド定番ドラマや、陳腐な女ボスドラマには出ないだろうし、出てほしくもない。特に主演作に対しては、出演する意義をしっかり確認しているような気もする。

個人的には、ちょっと裏ぶれて斜に構える役や、頭が悪そうに見えてもうがった物言いが胸をすく役も好きなので、制作陣には「安藤サクラをきれい事にはめこむな」と言っておきたい。

もし万が一、瀬戸内寂聴や田中真紀子の半生をドラマ化する場合は、安藤サクラ一択でお願いします。

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吉田 潮(よしだ・うしお)
ライター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より東京新聞の放送芸能欄のコラム「風向計」の連載開始。テレビ「週刊フジテレビ批評」「Live News イット!」(ともにフジテレビ)のコメンテーターもたまに務める。
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(ライター 吉田 潮)