自分たちで考えて、木々の間に「デン」をつくる

世界の教育法、幼児教育、習い事、低学年の学習教室など、幅広い教育ジャンルのさまざまな選択肢をまとめた『子育ての「選択」大全』。著者で教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏が、知る人ぞ知る選りすぐりの選択肢を4回にわたって短期集中連載する。第1回は、NASAの宇宙飛行士の3人に2人が経験していたという習い事について。

課題解決型学習のグローバルスタンダード

マイクロソフト創業者であるビル・ゲイツや映画監督のスティーブン・スピルバーグ、イギリスのベストセラー作家のジェフリー・アーチャーら、錚々たる面々が、日本でもおなじみのある習い事をしていた点で共通しています。何の習い事でしょう?

答えはボーイスカウトです。

NASA(アメリカ航空宇宙局)の宇宙飛行士のおよそ3人に2人はボーイスカウト経験者であることが知られています。元宇宙飛行士の野口聡一さんは現在でも活動を続けています。

究極的な「生きる力」が求められる宇宙飛行士養成プログラムを参考にして、日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)は民間企業と共同して子どもたちの「非認知能力」を高めるプログラムの開発に乗り出していますが、結局のところボーイスカウト活動に似たものになるのではないかと私は予測しています。

ボーイスカウトは単に野山に出かけてキャンプする活動ではありません。異年齢のグループで常に共通の課題に取り組み、組織の中で自分の役割を見つけ、協働しながら探究するプログラムです。リーダーシップとフォロワーシップ、そして民主主義やダイバーシティーまでをも学ぶことができます。

いま教育の現場で注目されている「プロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL、課題解決型学習)」や「ソーシャルスキル(対人関係、協働性)」のトレーニングを、屋外での活動を通じて体験できるのがボーイスカウトです。

ボーイスカウトは100年以上の歴史をもつ世界最大級のグローバルスタンダードな教育体系でもあります。「スカウト」とは「先駆者」のこと。1907年にイギリスの退役軍人ロバート・ベーデン゠パウエル卿が、20人の少年を無人島に連れていき、遊びを通して少年たちに自立心や協調性、リーダーシップを身につけさせようとしたのがはじまりです。

プログラムの開発には、ネイティブ・アメリカンの生活法に詳しかったアーネスト・トンプソン・シートンも加わっています。あの『シートン動物記』のシートンです。

世界中に組織があり、世界共通のビジョンは「より良い世界をつくる」です。現在約170の国や地域で約4000万人が活動に参加しています。これまででのべ2億5000万人以上の人類がボーイスカウト活動を経験しているといわれています。4年に1度、世界中のボーイスカウトが集う「世界スカウトジャンボリー」というキャンプ大会が開催されます。

小1から25歳までの一貫教育

日本にも1908年にはその活動が伝わり、1922年には日本連盟が設立されました。現在「ボーイスカウト日本連盟」傘下に約1800の「団」があり、約8万人が活動に参加しています。

団の中には学年ごとに「隊」が構成されます。小1〜2は「ビーバースカウト」、小3〜5が「カブスカウト」、小6から中3が「ボーイスカウト」、中3から18歳までが「ベンチャースカウト」、18歳以上25歳までが「ローバースカウト」と呼ばれます。

ボーイスカウトに対してガールスカウトといって女子だけで活動を行う団体もあります。ただし現在では多くのボーイスカウトが男女共学です。

隊ごとに年間計画を決め、さらにどこでどんな活動をするのかの詳細はみんなの話し合いで決めます。ボーイスカウト隊の中にはさらに異年齢6〜7人の「班」が組織され、班単位での自治が基本です。カブスカウト隊では、「組」が組織され、各組に「デンリーダー」と呼ばれる大人のリーダーがつきますが、ボーイスカウト以上になると原則子どもたちだけで決めます。

屋外活動だけではなく、清掃ボランティアや募金活動など奉仕活動も行います。さまざまな活動を通じて、自然観察、通信、救命救急、ロープワーク、キャンプ、ハイキングなどの技術を身につけます。

できることが増えるとバッジがもらえる

書き込み可能なテキストが学年ごとに用意されており、毎回の活動が終わると、その活動を通して自分がどんな技術を身につけたかを振り返り、記述します。新しい技術を習得したとみなされるとバッジがもらえます。制服の上に増えていくたくさんのバッジが成長の証しです。

ロープワークや応急救命手当などの技術はもちろん、たとえばボーイスカウト以上になると、自分でハイキングの計画を立て、先輩にお願いしてついてきてもらって、自分でハイキングに出かけるようになります。それでバッジを1つもらいます。さらに自分でキャンプの計画を立て、自分でテントを背負って、山に出かけて野宿します。それでまたバッジをもらいます。

ボーイスカウト以上になると、初級、2級、1級、そして菊スカウト章、隼スカウト章、富士スカウト章と階級が上がっていくしくみもあります。級が上がるほど、音楽や絵画といった芸術活動や、乗馬などへの造詣も求められます。

古代中国でリーダーに求められた「六芸」の礼(道徳教育)、楽(音楽)、射(弓術)、御(馬車を操る技術)、書(文学)、数(算数)にも似ています。かつては富士章までいくと、それだけでソニーやホンダに就職できるとまでいわれていました。

親子ともに小学校の枠を超えた仲間ができる

桜が散りハナミズキが咲き誇るころ、埼玉県の川口第19団のカブスカウト隊の活動を見学しました。舞台は、住宅街にある雑木林をちょっと手入れしただけの小さな公園です。

制服を着た大人の「リーダー」が7人いました。専門の研修を受けていますが、あくまでも地域のボランティアです。子どもの参加者は約30人。付き添いの保護者もほぼ同数。周辺のいろいろな小学校から参加しています。親子ともに、小学校の枠を超えた仲間ができるのも魅力です。

体験者も2人。「主体性とか協調性とかを学べるよとママ友から聞いて、とてもいいことだと思ったので、『行ってみない?』と娘を誘ってみました」と体験に来た母親は言います。

月2〜3回の活動は主に日曜日。カブスカウトの制服は一式で1万円強。月活動費は団ごとに異なりますが、川口第19団の場合4000円。入団金と新規加盟員登録料として入団時に8000円が必要です。

その日のタイムテーブルを見せてもらうと、9時の集合から12時30分の解散まで、いつ誰が何をするのかが5分単位で予定されていました。思った以上に緻密な計画に基づいて活動が行われていることがわかります。

ちかいとおきてと制服で共同体意識を育む

年度はじまりということで、ビーバー隊から上がってきた子どもたちの入隊式がありました。一人一人「ぼくは、わたしは、まじめにしっかりやります。カブスカウト隊のさだめを守ります」と宣誓します。

式に際しては大人のリーダーのサインに従ってきれいに整列して、制服の乱れも直します。制服には、友情、自信、信頼の3つの意味があると、隊長はみんなに説明します。気温は14度でちょっと肌寒いくらいでしたが、式の間はみんな半袖の制服姿です。「いまだけでいいからしっかりしましょう」とリーダーが促します。

キメるときはキメるということなのですが、このあたりはいかにも軍隊的にも見えます。現在の世相においては、ここに違和感を覚える保護者はいるかもしれません。この規律正しさが苦手という子どももいるかもしれません。

ボーイスカウトには「ちかい」と「おきて」という概念もあります。「ちかい」は自分自身に対して誓うもの、「おきて」は毎日の生活のモノサシとして自分を律するものです。制服の存在に加え、ちかいとおきてがあることが、帰属意識や共同体意識を育みます。スカウトとしてのふるまいを他者から期待され、自らも誇るようになります。

これはいわゆる「名門校」といわれる学校に通うのと似ている効果があると私は思います。人生のさまざまな局面で「スカウトとしてどうあるべきか」を考えるようになるのです。それが行動規範になって人生を支えてくれます。その誇りが強すぎると鼻につくこともあるのですが。

社会の一員としての成熟を追求する

この日のメインの活動は、ロープとレジャーシート2枚を使って、班ごとに自分たちのデン(巣穴)をつくること。公園の木立にロープを結びつけ、レジャーシートをかぶせて簡易なテントをつくります。どんな形でもOK。木と木の間隔や木の太さ、そしてロープの長さ、レジャーシートの大きさなどを勘案して、みんなで方針を決め、手分けして作業します。1時間くらいでそれぞれの班のデンができました。


そのあとは森の中での歌合戦。デンの中で組ごとに話し合って選んだボーイスカウトソングを合唱します。みんなで歌を歌う行為は、おそらく言葉や理屈を超えた共同身体性を涵養する意味があるのでしょう。

最後は再びビシッと整列して閉会式。解散後、サッカーのユニフォームに着替え、練習に向かう親子もいました。

ちなみに、モンテッソーリ教育の創始者マリア・モンテッソーリは、ボーイスカウトを高く評価していました。ボーイスカウトをひとつの教育法ととらえる場合、「スカウト教育」と呼ぶこともあります。

(おおたとしまさ : 育児・教育ジャーナリスト)