入社式と運動会を同日に札幌ドームを借り切って行うのが恒例。騎馬戦や大繩跳び、リレー、ドッジボールに加え、社員が役員を追い回す鬼ごっこもある。社員がほぼ体育会系のため、レベルは異常に高い(写真:スポーツフィールド)

こんな時代だからこそ、体育会系人材の力が必要だ――。

社員の9割超が大学でスポーツに取り組んだ体育会系。しかも、全国大会や国体の経験者から元日本代表選手まで、超ハイレベル。五輪を目指す現役アスリートも社員として現場で働く。そんなユニークな会社が2019年12月に東証マザーズに上場したスポーツフィールドだ。

同社は体育会学生など、スポーツ人材に特化した人材会社である。体育会学生限定の就職サイト「スポナビ」を運営し、さまざまな就職サービスを提供している。

設立は2010年。最近の人材会社では珍しく、ネットを活用するだけでなく、学生とのリアルな機会を持つことに徹底的にこだわっているのが特徴だ。現在、大学で部活動を続ける学生は少数派で、体育会学生は全体でも1学年で約6万~7万人しかおらず、ニッチな事業展開といえるだろう。なぜリアルのコミュニケーションにこだわり、体育会学生を支援しているのか。

就活で初歩の初歩からスタッフが面談

スポナビでは新卒者向けの就職イベントと新卒・既卒(第二新卒)向けの人材紹介サービスを展開している。登録者数は約2万人だ。イベントは、就職活動のスタートとなる業界研究やインターンシップ情報が得られるセミナー、多くの企業が出展する合同セミナー、親睦会形式のセミナーなど、大小さまざまなイベントを手がけ、企業から出展料を得ている。

人材紹介は、新卒・第二新卒の人材に対してカウンセリングを実施し、顧客企業への紹介で内定が決まれば、成果報酬として紹介料を得るビジネスモデル。学生にとっては、スポーツ人材を求める企業が明確になり、非公開の求人にも応募できるメリットがある。

中でも最も大きなメリットは、スタッフによる個別の就職相談だろう。前述のように、社員の9割超が大学で部活を経験した体育会系。より実用的なアドバイスを得ることができるわけだ。懐も非常に深い。社員の在学中の競技は、野球やサッカーをはじめ、テコンドー、チアリーディング、ヨット、応援団など34にものぼる。

最近では多くの一般学生がインターンシップを経験して就活を進めるが、体育会学生はそうした時間が取れずにスタートが遅れ、情報量も少ない。そこで自己分析やエントリーシートの書き方、イベントへの参加を促すなど、直接面談し、就活の初期から二人三脚でサポートしていくわけだ。

とはいえ、そうしたサポートがネットでは不可能、というわけではない。非効率にも思えるリアルの機会を重視するのはなぜなのか。そこには採用側の悩みがある。

「ネットで多数のエントリーがあっても、その後のケアができなければ多くの学生が離脱してしまう。体育会学生は情報量が少なく、エントリー数も少ない。ネットでは有名企業でなければエントリーすらしてもらえない」(事業企画室長の久保谷友哉氏)。こうした欠点を小まめなコミュニケーションでカバーしていくわけだ。学生にとっても「こんな会社があったのか」といった気づきになる。

学生の志望が最優先となるため、すべての学生がスポナビの顧客企業に就職するわけではない。上位校の学生の場合、9割以上が顧客ではない企業に就職するという。それでもリアルの取り組みを続けてきたのは、体育会学生は先輩やコーチ、顧問などのアドバイスを頼りに就活を行うケースが多いからだ。実際、スポナビは会員の約7割がこうした口コミをきっかけに登録しており、毎年会員数を伸ばしている。

元なでしこジャパンのトップ選手が現場に

日々、学生と企業をつなぐスポナビには、驚異の経歴を持つアスリート社員がいる。営業を担当する高木ひかり氏はなんと、女子サッカー、なでしこジャパンの一員だ。


女子サッカー日本代表、元なでしこジャパンの高木ひかり氏。「アスリートの気持ちはいちばんわかる。スポーツと仕事を両立させるデュアルの仕事もやっていきたい」と語る(写真:スポーツフィールド)

2002年の日韓W杯を機に、小学生から男子に交ざってサッカーに打ち込み、15歳でU-16(16歳以下)の日本代表に選ばれた。U-17女子W杯では準優勝も果たしている。常葉大学附属橘中学校・高等学校、早稲田大学へと進学し、卒業後はノジマステラ神奈川相模原に所属。そこで日本代表に選出されたトップアスリートである。

輝かしい経歴を持つ高木氏だが、2018年12月に25歳で引退。「選手なら誰でもW杯や五輪で結果を残したい。でも、それが厳しいことは本人が一番わかっている。サッカーだけでなく、いろいろなことを経験し、幅を広げたいという思いもあった」(高木氏)。競技と向き合う中で、一流選手ならではの葛藤があったようだ。

スポーツフィールド入社後は営業として企業に赴き、自身の経験を基に、学生のサポートにも取り組んでいる。そんな高木氏が体育会学生の強みとして指摘するのが、自己解決できる能力の高さだ。「競技では、今の自分に足りない点に対してどう努力し、どうすれば解決できるかを常に考えている。PDCAを回すような考え方が身についているので、仕事も方向性を伝えるだけで前向きに動くことができる」。

採用する企業も、上下関係をわきまえた礼儀正しさや同僚とのコミュニケーション能力、粘り強く仕事に取り組む姿勢などを評価し、体育会学生を求める傾向が強まっているという。「スポーツしかやってこなかったから……と話す学生もいるが、何にも染まっていないからこそ、備え持った能力でなじんでいくことができる」(高木氏)。「私自身も社会人としての経験は少ない」と語る高木氏だが、アスリートならではの視点で企業と学生をサポートし、自らの仕事の幅も広げていくつもりだ。

もう一人異色の経歴を持つのが清水健三氏。海外が長く、5歳からテニスに取り組み、高校をスポーツ推薦で入学した腕前だ。清水氏はスペイン在住のジュニア時代に、同学年のラファエル・ナダル選手と対戦している。「当時から世界一になる選手と言われていた。何があっても勝てないとコーチに言われ、思いっきりやった。負けました」と笑う。

プロを目指した清水氏だったが、高校生のときに出場したアメリカのフロリダ大会で見た、ジョン・イスナー選手のプレーに圧倒された。2ⅿを超える長身で、サーブは男子でもトップ級。恐ろしいのは、そんな選手ですら、かつて対戦したナダルやロジャー・フェデラーなど、世界のトップ選手に及ばないという現実だった。そこでプロの夢を諦めたという。


ナダル選手と対戦経験を持つ清水健三氏。コンサル時代にパラアスリートの講演支援を行う機会があり、それを機に「スポーツの仕事に就きたい」と思うようになった(写真:スポーツフィールド)

清水氏はこう語る。「スポーツ人材の強みは、誰もが挫折を経験していること。人生が終わると思うほどの挫折を何度も味わう。それでも、どうすればできないことをできるようになるかと考えて、ポジティブに進む。この姿勢はすべての職業で強みになる。研究開発やプログラミングなど、最初はまったくできないことでも、いかにキャッチアップしていくかが重要だ」。

大学ではスポーツ政治・経済などを学び、卒業後は外食チェーンやコンサルを経験、「スポーツ関連の仕事がしたい」とスポーツフィールドに転職した清水氏。現在は、子会社のスポーツフィールドイノベーションズで代表を務め、新事業に取り組んでいる。

主に展開するのは高付加価値型のサッカースクールである。指導するスタッフ全員が元Jリーガーや大学トップレベルの選手・指導者という布陣だ。技術面だけでなく、選手として規範的な行動をとるための教育を重視し、カメラの前でどうインタビューに答えるかなど、メディア対応も学ぶ。

事業の目的は、スポーツで人間の考え方や行動が磨かれることをデータ化し、スポーツの価値を可視化すること。かなりの難題だが、何かしらのデータでスポーツ人材の価値を証明できれば、スポナビの事業展開にもプラスになる。「スポーツが人間に与える影響はまだはっきりしていない。解明できるかわからないが、まずは地域に貢献できるような、スポーツの価値を体現した人間を輩出することが目標になる」(清水氏)。

目標はスポーツの価値を体現すること

今後の課題は、現在手薄な上位校の学生にもスポナビのサービスを利用してもらい、シェアを高めることだ。大学の部活のスポンサー企業を開拓する活動など、就活ではない場面でも、学生との接点を積極的に増やしていく。企業に対してはさらにマッチングの精度を高めるため、「学生の同意のもと、面談時のカルテを利用し、学生の4年間の活動を詳細に伝えるサービスなどもやっていきたい」(久保谷氏)。

足元では新型コロナウイルス感染症対策も課題である。イベントや直接の面談は難しい状況だが、電話やメッセージアプリなどで、スタッフは小まめに学生の相談に乗るようにしている。不安な状況の中でも、就活を初歩からサポートしてきた信頼関係があるからこそ、学生もスタッフを頼りにするようだ。4月には企業のWeb説明会の運営を支援し、体育会学生を動員するサポートサービスの提供も始めた。

今や社会人の転職は当たり前になり、「イメージと違った」という理由で早期に転職を決める新卒社員も珍しくない。そうした中、自ら課題を見つけ、克服する能力を身に付けた体育会学生の魅力は増している。企業と学生の期待に応えながら、スポーツ人材の価値を広く社会に知らしめることができるか。「体育会系集団」のスポーツフィールドが成長を遂げることこそ、その証明になるはずだ。