クラッチがほしければ和歌山に行け、世界唯一の企業あり
1970年代半ばは自動車や2輪車が急速に普及した時期で、クラッチメーカーはこれらの受注の対応に追われていた。あおりを受けたのが農業機械メーカー。自動車や2輪車より市場規模が小さいためか、農業機械で使われる小型エンジン向け遠心クラッチは後回しにされる状況だった。
「あなたが神様に見える」
そんな中、ある大手農業機械メーカーに営業で訪ねたところ「歓待された」(勝本会長)。その会社の社長に「あなたが神様に見える」とまで言われ、すぐに大量の受注に結びついた。タイミングよく訪れた商機をつかみ、やがて農業機械メーカーの間で「遠心クラッチがほしければ和歌山に行け」が合言葉になる。「大手(クラッチメーカー)がやらない間に入り込んでしまった」と勝本会長は振り返る。
会社設立から間もない1969年、静岡県にある外注先のダイカスト工場を買収したのを機に、ダイカスト鋳造技術を徹底的に研究したことも飛躍の大きな礎になった。
その象徴となるのが、業界では不可能とされていたダイカスト鋳造製法による小型エンジン用ピストンの製造技術の確立だ。グラビティ製法と呼ばれる従来の製法に比べ、加工の手間を大幅に省き、削り出しによる材料のムダが少なくて済む。20%前後のコストダウンを可能にした。
自動車メーカーからも注目
長らく農業機械や産業機械などで使われているが、近年は自動車、2輪車メーカーからも注目されている。「ダイカストピストンは自分の信念でつくり上げた。(技術の確立から)45年かかってようやく認められた」と勝本会長は目を細める。今後、自動車、2輪車向けの受注が大幅に伸びると期待は大きい。
勝本会長は起業する前、大阪でサラリーマンを経験した。営業を担当し、どこにでもあるものを「大量に高く売ってこい」と当時の上司から厳しく指導されて辟易したのを鮮明に覚えている。「私の原点はそこにある。よそとは違うもの、よそではできないもの、よそより優れたものを狙わないと商売は成り立たないとたたき込まれた」。その姿勢は会社設立から半世紀を経たいまも変わらない。
新規事業のタッチパネルにも「よそではできない」精神が貫かれている。2012年、勝本会長が中国・無錫市(江蘇省)にある日系ベンチャー企業から相談を受けたのがタッチパネルを始めたきっかけ。この企業に出資し、製造も担当することになり、翌2013年には中国・湖州市(浙江省)に100%出資の湖州勝僖電子科技を設立、本格的に生産を始めた。
タッチパネルは画面に表示されたアイコンやボタンを直感的に操作でき、さまざまな機器で広く普及している。券売機やATMなどで使われ指1本で操作する「抵抗膜式」と、スマートフォンやデジタルカメラなどのように2本の指で画面を拡大、縮小できる「静電容量式」などがある。
手がけるタッチパネルは静電容量式。金メッキ技術を用いることで、外周部の金属配線を従来の3工程から1工程に減らしたほか、マスクの工程も不要となり製造単価を低減した。従来の静電容量式は少量の生産だと単価が高くなるため、用途がスマホなど大量生産する機器に限られる。そこで、より安価な製造技術を売りに多品種少量の需要の掘り起こしを狙う。
