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●分社化によって2社に引き継がれた人気駅弁

100種類を超える駅弁が販売されている東京駅。売り上げナンバーワンは「30品目バランス弁当」(900円)

鉄道旅の楽しみのひとつと言えば、駅弁。中でも、日本の玄関・東京駅には、時刻表に掲載されているものだけでも80種類以上の駅弁が販売されている。東京駅改札内の駅弁売店「祭」などでは、全国の有名駅弁を購入することもできる。

そんな東京駅に、不思議な駅弁がある。それは、「チキン弁当」と「深川めし」。どちらも、長年東京駅の駅弁として親しまれてきた駅弁だが、値段もレシピも異なる商品が2種類ずつあるのだ。

東京駅の駅弁は、JR東海の敷地とJR東日本の敷地で業者が異なる。こちらは、東海道新幹線のホームにあるJR東海パッセンジャーズの売店(写真提供:JR東海)

タネを明かせば、これは東京駅に、JR東日本系列のNRE大増と、JR東海系列のJR東海パッセンジャーズという2つの駅弁業者があるため。在来線および東北・上越・北陸新幹線の構内はNRE大増が、東海道新幹線の改札内はJR東海パッセンジャーズが営業を行っている。どちらも、ルーツは国鉄時代に駅弁や食堂車の営業を行っていた日本食堂で、民営化後間もない1988(昭和63)年にJR旅客会社の営業エリアに合わせて分社化された。「チキン弁当」も「深川めし」も、その時に両社に引き継がれたものだ。

○東海道新幹線とともに誕生した「チキン弁当」

「チキン弁当」が発売されたのは、東海道新幹線が開業した1964(昭和39)年10月のことだ。当時の日本食堂品川営業所で、新幹線食堂車(当時はビュフェ)の洋食コックが乗務前に調製し、駅弁として販売したのが始まりだ。当時は二段重ねの豪華な駅弁で、チキンライスと唐揚げのほか、ポテトチップスやガリ(生姜)、調味用の塩が入っていた。1974(昭和49)年から、現在の一段ボックスに変わり、その後はほとんどレシピを変えることなく現在に至っている。

国鉄分割民営化後の1988年、日本食堂が地域ごとに分社化されると、チキン弁当は日本食堂(現・NRE大増)の「チキン弁当」と、Jダイナー東海(現・JR東海パッセンジャーズ)の「チキンバスケット」に分かれた。その後、「チキンバスケット」は一時期販売が終了していたが、2009(平成21)年に「チキン弁当」として復活。付け合わせなどのリニューアルを経て現在に至っている。

●味わいが大きく異なる「チキン弁当」

2つの「チキン弁当」を食べ比べてみよう。なお、以下ではNRE大増を「NRE」、JR東海パッセンジャーズを「JRCP」と略している。

2つの会社から販売されている「チキン弁当」(上:JRCP、下:NRE)。NRE版は国鉄時代からほとんどパッケージが変わっていない

どちらもボックスタイプで、左にチキンライス、右にチキンがあるのは同じ。NRE版は、ライスにグリーンピースとともに卵そぼろが乗っているが、JRCP版は柔らかいスクランブルエッグ。チキンは、NRE版の4つに対しJRCP版は5つだが、全体の量はあまり変わらない。大きく異なるのは付け合わせで、NRE版がスモークチーズとマカロニサラダにレモン果汁、JRCP版はナポリタンとプチトマト、ピーマン、そしてタルタルソースだ。

○チキンライスのテイストにも違い

チキンを食べてみよう。NRE版は、筆者が小学生の頃から慣れ親しんだ昔ながらの唐揚げだ。衣が厚めでしっとりとしており、少し粉っぽさを感じる。鶏肉には歯ごたえがあり、味付けはスパイシーながら控えめ。ライスにもビールにも合う、万人受けする味わいだ。NRE大増の担当者は、「独特の味付けをした唐揚げ粉を使い、揚げ方はもちろん、粉の付け方やはらい方にもノウハウがあります」と語った。

対するJRCP版のチキンは、やや現代風で若い人向けのテイスト。鶏肉は柔らかめで、JR東海パッセンジャーズによれば「こだわりの香辛料を複数ブレンドした独自の唐揚げ粉で揚げています」と言う。ファストフード店のフライドチキンに近い、パンチの効いた味付けと感じた。

チキンライスにも違いがある。NRE版は、やはり昔から変わらぬ優しい味わいで、ケチャップの主張が強すぎずほのかな甘みを感じる。JRCP版はケチャップの風味を楽しめる味付けで、さわやかな酸味が印象的だ。

歴史ある駅弁だけに、レシピを変更することはほとんどない。

「辛い料理が流行った時など、何度か味付けをリニューアルしてみたことはあります。しかし、昔からのお客様のご要望もあり、最終的には元の味に戻っています」(NRE)

「昔懐かしいチキンライスと唐揚げの味を求める50〜60歳代の男性のお客様やお子様連れのお客様などに人気で、リピーターも多いため大きな商品変更は基本的にありません」(JRCP)

筆者の感想も加味すると、歴史と伝統を守るNRE版と、現代風のテイストと懐かしさを両立させたJRCP版、と表現することができそうだ。

●JR発足直後に登場したご当地駅弁「深川めし」

パッケージのサイズはほぼ同じながら、デザインは大きく異なる「深川めし」。JRCPの駅弁は、ビニールで梱包されている点も異なる(右のパッケージ)

「深川めし」は、あさりをネギなどとともに煮込んでご飯にかけたり、炊き込んだりした東京の伝統料理。そのルーツは、江戸時代の漁師飯と言われている。駅弁の「深川めし」は「東京駅を代表するご当地駅弁」(JRCP)だが、発売はJR発足後の1987(昭和62)年と意外に新しい。

「東京名物にふさわしい駅弁を模索していたところ、たまたま深川めしを知っている人がいて、研究の末に商品化された」(NRE大増)という。それから1年もたたないうちに日本食堂からJダイナー東海が分社化され、「深川めし」は両社に引き継がれた。当時は新参者だった「深川めし」だが、ご当地駅弁として相当期待されていたのだろう。

○ぶっかけ飯vs炊き込みご飯

NREは、2013(平成25)年に「深川めし」を全面リニューアル。それまで入っていたハゼの甘露煮をやめ、あさりの炊き込みご飯も、あさりと牛蒡の生姜煮を茶飯に乗せるタイプに変更した。

「深川めしのルーツである、漁師のぶっかけ飯を再現したリニューアルです。ハゼは価格が高騰していたことと、見た目が良くないというご意見をいただいていたことから取りやめました」(NRE)

一方のJRCP版は、1987年の発売当時からレシピをほとんど変えていない。

「あさりの出汁がきいた炊き込みご飯と、穴子の蒲焼き、ハゼの甘露煮など魚介の味で統一しています」(JRCP)

2010年当時の「深川めし」。左がリニューアル前のNRE大増版、右がJR東海パッセンジャーズ版。この頃は、2つの「深川めし」に違いはほとんどなく、パッケージもよく似ていた

深川めしは、もともと貝汁をご飯にぶっかけるタイプと、炊き込みご飯にするタイプの2種類があるが、NRE版のリニューアルによって、両方を手軽に食べ比べることができるようになった。

2つの「深川めし」は、味わいも異なる。NRE版はあっさりとした味付けで、茶飯には甘みを感じる。老舗料亭「日本ばし大増」を営むNRE大増らしい味わいだ。穴子もしょっぱすぎず、穴子の風味を味わえる焼き加減。

JRCP版は、やはりハゼの甘露煮が目立つ。江戸前らしい濃いめの味付けでご飯が進む。蒲焼きらしい色の穴子は香ばしく焼き上げられ、お酒にも合う。全体に、駅弁らしいしっかりした味付けという印象だ。

同じ名称、同じルーツを持つ2つの「チキン弁当」&「深川めし」。別々の道を歩み始めてから30年が経過した今、それぞれの駅弁は盛り付けも味付けも大きく変わった。グループで出かける際など、食べ比べて駅弁の歴史を体感するのも面白い。