英文メールはグーグル翻訳のコピペでOK
■82歳のアップルアプリ開発者・若宮正子さん
最近、ある本の書評をするためにそのゲラを読ませていただいたのだけれども、そのあまりの痛快さに何度も飛び上がってしまった。
その本は、若宮正子さんの『60歳を過ぎると、人生はどんどんおもしろくなります。』(新潮社)。
若宮さんは、80歳でプログラミングを始め、iPhoneのアプリを開発した。そして、世界の開発者を集めて米国で開催された会議で、アップルのCEOのティム・クックさんと話した。
その、クックさんと会うきっかけになったのが、米国のCNNがサイトで報じた、若宮さんについてのニュースだった。その記事が掲載される経緯が、凄まじいのである。
CNNからの問い合わせのメールは当然英文。そして、サイトの更新に間に合わせるために、2時間以内に回答することが求められていたのだという。
■CNNからの取材に、グーグル翻訳のコピペを送った
そこまで英語が堪能ではなかった若宮さんは、驚くべき行動に出た。
なんと、まず、グーグル翻訳のページに、その英文をコピペした。すると、対応する日本語訳が示される。
その文章を読んで質問の意味を理解した若宮さんは、日本語で回答を書き、再びグーグル翻訳のページで、その日本文をコピペした。
そして、日本文から翻訳した英文として表示された文章をコピペして、それを、「そのまま」CNNに送ったというのである。
英語が堪能な若宮さんの友人は、その話を聞いて絶句したという。
その友人の気持ちもわかる。そもそも、グーグル翻訳はかなり進化したとはいえ、まだ不正確だったり、文章がこなれていなかったりする。ましてや、相手は天下のCNNである。グーグル翻訳から出てきた英文を、校正したり整えたりしてから回答すべきだというのが普通の考え方だろう。それが、往復コピペ! しかも、その英文をそのまま送る。若宮さんの行動は、「常識」を超えている。
■若宮さんの行動力を、すべてのビジネスパーソンは見習うべし
驚いたことに、若宮さんの回答をもとに、CNNはニュースを更新。それがきっかけとなって、世界の開発者を集める会議に招かれたというのである。
考えてみれば、相手はネーティヴの編集者なのだから、ある程度英文が乱れていても、内容を推察して修正できる。大切なのは、時間内に本人から回答がくることで、それ以外のことは枝葉末節だともいえるだろう。
このエピソードは、インターネットや人工知能といった技術インフラが整いつつある現代に適した「行動原理」を示唆する。
若宮さんは、60歳を迎えてからパソコンを始めたという。その好奇心は素晴らしい。一方、若宮さんの行動原理には、脳のアンチエイジングといった意味合いを超えた衝撃がある。かえって若者のほうが、正しい英文で書かなければならないとか、検定試験の点数がどれくらいとか、そのようなことにこだわってしまいそうである。
英語力の不足を、行動しない言い訳としてはならない。物事の本質を見誤らなければ、英語などできなくても、いくらでも道はある。
「往復コピペでCNN!」
この若宮さんの行動力を、すべてのビジネスパーソンは見習うとよい。
技術がますます進歩する現代。本質を見抜いて迅速に行動する人こそが輝く。
(脳科学者 茂木 健一郎 写真=読売新聞/AFLO)