2018年3月から運行を開始する小田急の新型ロマンスカー70000形。車体側面にも「ROMANCECAR GSE」のロゴがつけられている(筆者撮影)

2017年12月5日に小田急電鉄は、2018年3月から投入する新型ロマンスカー70000形の愛称を「GSE」と発表し、完成した車両をお披露目した。GSEは「Graceful Super Express」の略。Gracefulとは「優雅な」という意味である。


「GSE」発表の瞬間。「SUPER EXPRESS 70000」という表示の通り、小田急ロマンスカー=SEなのである(筆者撮影)

70000形の投入は早くより予告されていたため、SNS上では、愛称がどうなるかという予想が飛び交っていた。だが、面白いことに「SE」という部分に関してはほぼ異論は唱えられず、注目は「●SE」の「●」の部分に、どのアルファベットを充てるのかという一点だけに集まっていた感があった。

つまり「SE」であることは、もはや当然のこととして受け止められていた節があるのだ。これは大変、興味深い現象だった。

初代3000形に始まる「SE」

今につながる小田急のロマンスカーの歴史は、1957年にデビューした初代3000形「SE(Super Express)」に始まる。

小田急電鉄は、戦後すぐの1948年には特急列車の運転を始め、1951年には本格的な特急用電車1700形を投入していた。しかし1700形は従来の電車の域を出ず、さらなる高速化を目論んで、小田急と鉄道技術研究所が共同で開発したのが3000形であった。

3000形はそれまでの特急用電車の概念を一変させる車両であったため、直訳すると「超特急」。つまり、特急を超えた存在という愛称が与えられた。このSEが呼び水となって、大手私鉄各社も新型車の開発に乗り出し、その多くには車両そのものに愛称がつけられている。


70000形の展望席外側に取り付けられているエンブレム。ここにもGSEの文字が入っている(筆者撮影)

これは「はこね」など列車としての愛称とは別のもの。例えば、2階建て電車がいちばんの売りだった近鉄10100系は「ビスタカー」、豪華さが際だった東武1720系は「DRC(Deluxe Romance Car)」という具合だ。

「〜カー」という呼び名が1960年代を中心に流行したのであった。


小田急海老名検車区で保存されている3000形SE。オレンジ色はロマンスカーのシンボルカラーとして使われ続けている(著作権者:Koh-etsu、ライセンス:CC BY-SA 3.0)

ただ、小田急ロマンスカーが特筆すべき存在である理由は、3000形のデビューから60年間、「SE」を守り抜いていることだ。

愛称付きの車両が次第に流行らなくなり、あるいは愛称が残っている会社でも、例えば東武が最新の特急用電車を「リバティ」と名付けたように、時代に合わせた変化を見せているのとは対照的である。

鉄道界には珍しい「伝統のブランド」

自動車の世界では、たとえばトヨタ自動車の「クラウン」は1955年に販売が開始されて以来、モデルチェンジを繰り返し、現在も販売され続けているといったことは、普通にある。当然ながら、その時代の最新技術と流行を取り入れつつ設計されているため、60年前のクラウンと今のクラウンとでは、完全に違う自動車になっている。だが、トヨタの高級自動車のブランドとして、クラウンは認知されている。

同様の例は、「ボーイング737」(1967年初飛行)のように飛行機の世界にもある。小型双発のナローボディ旅客機という共通点を除けば、ハイテク化が進んだ現代の737は、かつて初めて空を飛んだ頃の737とは、まるで「別物」のはずである。

鉄道の世界では、SEのような例は極めて珍しい。そのわけは、鉄道車両は鉄道会社のオーダーメードが基本だから。メーカーがカタログを用意し、ユーザーはオプションを指定しつつ発注する、つまりはメーカーの意志が優先される自動車や飛行機とは根本的に異なる。

一方、鉄道車両のブランドは、ユーザーである鉄道会社の意志に左右される。出来上がった車両をどう名付けるかは鉄道会社の自由。伝統を守るか、目新しさを求めるかによって愛称は変わっていってしまう。

小田急の「SE」という名称は、"ブランド化"が進んだ、際だった存在と言えようか。これまで同社が投入してきた特急ロマンスカーは、同一の設計方針に貫かれた一連のシリーズというわけではない。むしろ、この60年間の社会的要請の変化に沿って設計を大きく変えつつ、現在に至っている。

それでも、小田急はSEと名付け続けてきた。それは、最終的な車両のユーザーである鉄道利用者に対し、さまざまな意味で超越した特急であるという品質を、小田急が約束しているのだ。

「SE」はロマンスカーの代名詞


小田急開成駅前で保存されているNSE。展望席は、この形式から採用された(筆者撮影)

SEを冠した車両は、3000形に続き、3100形「NSE(New Super Express)」、さらには7000形「LSE」、10000形「HiSE」、20000形「RSE」、50000形「VSE」、60000形「MSE」と送り出されてきた。頭の1文字は、「Graceful」のようにその車両を表すのにふさわしい単語が選ばれ、頭文字がつけられている。

3000形SEは、隣りの車両同士を台車でつなぐ連接構造を採用していた。これはNSE、LSE、HiSE、VSEも同じである。だが、それ以外のロマンスカーは、各車体に2台ずつ台車がある、一般的なボギー車でGSEも同様だ。RSEの2階建て車両、VSEの車体傾斜装置など、特定のロマンスカーにのみ採用された構造、技術もある。


70000形GSEの外観。展望席やオレンジ色の車体色など、ロマンスカーの伝統は受け継がれている(筆者撮影)

また、1996年に登場した30000形「EXE(Excellent Express)」は、SEを冠していない特急用電車だ。箱根への観光客輸送ではなく、町田など中間駅への通勤客輸送を重視した設計になったがゆえ、一連のSEとは一線を画したのであった。

けれども、こうした実情があったとしても、あくまで小田急ロマンスカー=SEなのである。どのように姿を変えていこうと、代名詞としてSEを守り、育てていこうという小田急の姿勢は、今回のGSE投入においても変わることはなかった。