東大はアイビーリーグに「6勝4敗」で勝っている(写真:YNS/PIXTA)

東京大学vs.アイビーリーグは6勝4敗で東大の勝ち」の真意とは。『教えてみた「米国トップ校」』を書いた東京大学東洋文化研究所の佐藤仁教授に聞いた。

──6勝4敗で東京大学の勝ちなのですね。

東大の学費が米国の一流大学、ここでいうアイビーリーグの10分の1であることに、まず3勝分の価値がある。学費が安いことによって門戸は広く開かれる。米国には各種の奨学金があるといっても、4割ぐらいの学生は親が学費を黙って出す所得層。日本の学生は10分の1でやってきていることを何より評価すべきなのだ。

東大をはじめ日本の大学が勝っていること、むしろ強さだといえることに、教員と学生の距離の近さ、留学生の多様さ、さらには米国に追いつけないというコンプレックスの裏返しで、もっと頑張らなければいけないというハングリーさがある。ほかにもキャンパスの安全さなども加えて、総合して6勝4敗といっても「うそ」ではないと感じている。

教員の待遇では負けている

──東大が負けている4敗とは。

何といっても教員の待遇だ。給与は圧倒的に向こうが高く、3年ごとに研究休暇も取れる。

さらに、学生を絞り上げて勉強させるシステムとして優れている。それが徹底しているがためメンタル面でやられてしまう学生もいる。そういう副作用があるにしても、体系的に教育する制度としてよくできていて、もちろん施設自体も充実している。

また卒業生をひっくるめ大学を支える体制もよくできている。入学試験において卒業生を動員して面接をする。卒業生をうまく大学のサポートに巻き込むあたりは、東大はもっとまねすべきだと思えるぐらいだ。

ただ、それもこれも大前提に高コストがある。すごい額の寄付金、学費の収入が大きい。もし東大の学費を10倍にすることができたら、それはもういろんなことができる。コストをかければ解決する問題にたくさん直面しているからだ。おカネの勝負になったら、総資産4兆円のハーバード大学や総資産3兆円のプリンストン大学に東大は勝てない。もっとも勝とうとすることが正しいこととは思えないが。

むしろ東大は高コスト体質の道を歩まずに、いかに大学改革を進めるか。そのポイントが教育の充実だと思っている。

米国の大学は卒業するのが難しい?

──研究面の評価は。


佐藤仁(さとう じん))/1968年生まれ。東京大学教養学部卒業。米ハーバード大学大学院修士課程修了。東大で学術博士。専門は東南アジアにおける環境保全・保護。2015年から米プリンストン大学ウッドロー・ウィルソンスクール客員教授を毎春学期兼任。2020年まで延長へ(撮影:風間仁一郎)

研究については分野によって差があるので評価は難しい。東大が優れているところもあれば、プリンストン大が優れているところもある。たとえば東大には医学部があるが、プリンストン大にはない。法学部もない。前提の違いも大きい。研究について日本でも論文引用数や何やかやとよく議論されているし、そこはケース・バイ・ケースということで、その評価はあえてこの本では取り上げていない。

──どこもランキング好きです。

確かに大学も世界ランキングに翻弄されているところがある。そのこと自体は否定されるものではない。ただし、ランキングが意味する実態、特に教室の中で起こっていること、大学教育としてどうかなど、肝心な点について教育改革の中で日本の議論は希薄だ。

──米国の大学に対する迷信や幻想もたくさんあります。

たとえば米国の大学は入りにくく卒業もしにくいとよくいわれる。確かにトップ校の合格率は5〜6%で、逆にいえば95%近くが落ちる。各高校の「上澄み」の優等生、日本でいう統一テストの点数がほとんど満点で、それにプラスしてバイオリン演奏で秀でるとかフットボールで全米優勝などといった特技が上乗せ評価される。

だから、入りやすいということは考えられない。しかしいったん入れば卒業はしやすい。確かに授業がとても厳しく、それで落とされていく連中はいるが、その一方でいろんなサポートシステムがある。国内の大学ランキングの指標に何年で卒業できたかという「定着率」があって、その指標クリアのためあの手この手で卒業させようと傾注する。

──入学に「人物入試」というルートもあるとか。

知って、へーと思ったのだが、学力だけでなく全人格的に評価するというものだ。歴史をさかのぼれば、学力だけの評価ではある人種だけが増えてしまうので、それを抑え込むためだった。品格、社会性やリーダーシップといったあいまいな基準を取り入れて、いわば操作できるようにした。また、大学自体は認めていないが、一定数の大学関係者の子弟が「レガシー入学者」として入れるのも事実だ。

日本の大学教員は忙しすぎる

──米国の授業では「白熱教室」が話題です。


日本でも同じで、授業の様式はまったく担当者の人物次第だ。米国でもみながみな白熱した授業をしているわけではなく、学生に評判の悪いものもある。

ただ、日本では教える授業のコマ数が多く、一つの授業にかけられるエネルギーが当然少なくなる。おまけに入試を手伝い、もちろん研究もする。白熱しようにも、そのためのエネルギーがほかにたくさん割かれてしまう。入試は徹底的にアウトソースし、授業については半分ぐらいの数にすれば、熱の入った授業をする前提が整うのだが。

──試験は監督者不在とか。

プリンストン大ではそう。その歴史を調べてはいないが、大学は学生を信用している、その証しとして、監督者が見張ることはせずに、一人ひとりの良心に従って試験を受けてくれという制度のようで、ここ100年以上そうなっているという。

──OBの寄付競争も熾烈ですね。

大学間の競争意識をうまくあおりながら、寄付金を集める。寄付金額で米国の国内大学ランクが上がるようになっている。大学ランクには卒業生による寄付という基準さえある。その戦略室は大学講内にあり、入試面接などで彼らを巻き込むことによって、卒業した後も大学の一員であるという意識を植え付けている。したたかというか巧みだ。

──1年の半分はプリンストンでの生活を繰り返しています。

ずっと鍛えられている感じがある。米国には世界からハングリーな連中がまさに集まってくる。ハーバード大でさえ、合格者の2割がほかの大学に行く。学生の奪い合いは教員の奪い合いでもある。この切磋琢磨する雰囲気をぜひ東大にも還元したいと思っている。