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●郭台銘会長の真意は?
4月2日、大阪・堺市にある堺ディスプレイプロダクト (SDP) にて、シャープと鴻海精密工業の共同会見が開かれ、その場で覚書が締結された。シャープの経営をめぐってはこの数カ月、大きな騒ぎが続いたが、ようやく再建に向けて本格的に動き出すことになる。

・シャープ、鴻海の傘下へ - 交渉まとまる(3月30日掲載)

○「IGZO推し」だった鴻海・郭会長

鴻海がシャープの買収 (会見では、郭台銘会長がさかんに「これは買収ではなく出資だ」と強調したが、実質的には買収であることに変わりはない) に乗り出した理由については、シャープが持つディスプレイ技術と生産ラインの確保にある、と言われてきた。

実際、今回調達する資金の使い道についても、約2,000億円が有機EL (OLED) に関する技術開発・量産設備投資で、約600億円が中小型液晶を中心とした改善および次世代技術開発投資、とされている。発表会をSDPで開いたのも、ここの操業率低下がシャープ苦境の原因のひとつであり、鴻海との関係をめぐる中心にある、といっても過言ではないからだ。

会見の中で、郭会長は意外な言葉を口にした。「シャープはIGZOのリーディングカンパニーで、コスト競争力もある。私が技術者ならばIGZOを選ぶ」。 「私はIGZOを選んだ。IGZOが一番だ」と。

すなわち、OLEDへの投資は行うものの、シャープの強みはIGZOを使った液晶にある、と強調したのである。一方でもこうも語る。「シャープは財務的な問題から、積極的な改善投資を行えなかった」。シャープが今持っている技術力を生かし、積極策に出ることがシャープの価値を最大化する方法だ、と語ったのである。

●PCやタブレットで生きるIGZOの価値
○PCやタブレットで生きるIGZOの価値

ここで、IGZOとはなにかをおさらいしておこう。IGZOとは「インジウム (Indium)」「ガリウム (Gallium)」「亜鉛 (Zinc)」「酸素 (Oxide)」から構成される酸化物半導体のことで、それぞれの頭文字をとって「IGZO」となる。

そもそもはシャープが開発したのではなく、東京工業大学が国立研究開発法人・科学技術振興機構の支援を受けて開発したものだ。シャープは科学技術振興機構からライセンスを受け、特許権を取得して研究と製造を行っている。

液晶ディスプレイの技術として使われているが、実際には液晶そのものの技術ではなく、液晶の画素をスイッチングするための半導体技術である。特性はいくつもあるが、高精細化と消費電力の低さが重要だ。

技術的な詳細を省いてざっくり説明しよう。IGZOは、電源を一定時間オフにしても、電位を維持できる特性を持つ。そのため、同じ映像を表示し続けるなら、電源をオフにできる。こまめに電源をオン/オフすることで、消費電力は一般的なアモルファスシリコンのものに比べ、5分の1から10分の1に抑えられる。

また、回路サイズが小さくて済むので、液晶の「開口率」も上がる。バックライトを遮るものが少ないので、その分エネルギーを有効に使えるわけだ。また、電源をオフにする時間を作れるということは、それに伴うノイズも抑えられる、ということにつながる。だから、タッチパネルの感度も上げやすい。

一方で、製造ラインのメンテナンスとコントロールは繊細なもので、アモルファスシリコンの液晶より厳しい独自のノウハウ構築が必要になる。シャープがIGZOの立ち上げを行った2013年頃には、出荷量が安定せず苦労した、と聞いている。

IGZOは、300ppi近傍の高解像度ディスプレイに向いている。特に、PCやタブレットなどの比較的単価が高い製品において差別化に使われる例が多く、ビジネス上有利だ。現在はIGZO以外の酸化物半導体の研究も進んでいるし、IGZOのライセンスを受けたのもシャープだけではないが、量産技術も含め、シャープが大きなアドバンテージを持っていることに違いはない。

●OLEDとIGZOを並行する鴻海の戦略
○OLEDとIGZOを並行する鴻海の戦略

問題は「IGZOとOLEDのどちらが有利か」ということだ。

実際にはこの比較は正しくない。IGZOは半導体の技術で、OLEDは発光体の技術。そもそものフェーズが違う。ただ、「IGZOを使った液晶」と「OLED」の比較はもちろん可能だ。

OLEDは自発光デバイスで、明滅の切り替えが素早くキレがある。発色も鮮やかだ。残像の少なさや発色の良さが求められるテレビには最適だし、バーチャルリアリティ (VR) 用のディスプレイにも向いている。消費電力が低く、ディスプレイユニット全体がシンプルで薄く作れるため、製品を薄型化するためにも有効だ。その一方で、強い光のもとでは画面が見づらくなりやすいし、有機発光材料の特質から、現状は液晶に比べ寿命が短く、焼きつきなどの問題も起きやすい。

IGZOを使った液晶は、液晶の欠点である「発色」「応答速度」の問題を抱えているものの、高解像度で消費電力が低い製品を「今」低コストに作る、という意味では、OLEDより上である。OLEDの生産量増加に伴い、コスト競争力は近々逆転する、との見通しを語る関係者もいるが、それは主にスマートフォン向けで起きており、PCやタブレットのサイズについては、しばらくは液晶有利で進みそうだ。

シャープもOLEDは研究を進めており、特に、これまで液晶に広く使われてきた「低温ポリシリコン (LTPS)」では一日の長がある。LTPSはOLEDにも転用が 可能な重要技術で、来るべき「シャープ・鴻海のOLED」でもその技術が中核として使われるだろう。だが、それはまだちょっと先の話だ。

鴻海・郭会長がIGZOを強調したのは、OLEDにも力を注ぐものの、停滞気味だったIGZOの研究に力を入れることで、サイズと新しさの両面で価値を持つデバイスを手に入れたい、という狙いの表れだったのではないだろうか。筆者としては、数が必要な「スマホ向け」と同時に、もう少し単価の高い中型、すなわちPCおよびタブレット向けに注目したい。

(西田宗千佳)