「鮭はアイドルと違って卒業しない」元AKB48劇場支配人が「お弁当屋さん」に転身…都心で勃発した「行商弁当戦争」を制した「再現性のある商売」のカラクリ
高層ビルが立ち並ぶオフィス街に集う行商人たち
元AKB48グループ総支配人が行商スタイルで弁当を売っている--。
そんな噂を聞きつけた現代ビジネス編集部は、彼が主戦場としている東京メトロ日比谷線の神谷町駅に降り立った。同駅周辺は絵に描いたような都会の景色が広がっている。高さ約330mの麻布台ヒルズは駅直結で、目と鼻の先には都内のシンボルである高さ333mの東京タワーがそびえたつ。一帯は高層ビルが立ち並ぶオフィス街としても有名だ。
この洗練された街の雰囲気が変わり始めたのは、午前11時を過ぎた頃だった。どこからともなくリヤカーを引いた人間がぞろぞろと現れると、とある歩道の一角にほぼ等間隔で並び始めたのだ。手際よく整えられた売り場の前には、商品の写真と価格が書かれた大きなメニューが置かれている。間違いない。弁当の行商人たちだ。
この日並んでいた6台のリヤカーは、運営元がそれぞれ異なるらしい。ある店の関係者によれば、オーナーは近所の老舗中華料理店や家族経営の居酒屋、中野区のガールズバーなどバラエティに富んでいるとのこと。いずれの店も鮭やからあげ、チキン南蛮など定番の具材をメインに据えた弁当を取り揃えている。
とここで、時計の針が昼の12時を指すと、エリア一帯がにわかに活気づき始めた。高層ビルからから次々吐き出されるビジネスパーソンたちに向かって、行商の売り子たちが「いらっしゃいませ〜」と店の存在をアピールする。近辺で働くに人間にとってすでに馴染みの光景なのだろう。それぞれの店のメニューを見比べながら迷う客もいれば、目当てのリヤカーにまっすぐ向かい手早く弁当の購入を済ませる客もいる。
飛ぶような売れ行き
そんな中、一際明るい声を響かせていたのは、「お江戸弁当」の売り子だった。
「おいしいお弁当、いかがですか〜?」
花の蜜に誘われる蝶のように客が集まったかと思いきや、ものの10分ほどで900円のヒレカツ弁当が完売。同価格のしょうが焼き弁当もそれに続く。そのほか900円の銀鮭海苔弁当や600円の日替わり弁当を買っていく客も多い。
「驚いたでしょう?ランチタイムのオフィス街ってこんなに行商人がいるんですよ。でも、僕がこの場所でお弁当の行商を始めた7年前は、うちを含めて3店舗しかいなかった。増えてきたのはここ2年くらいかな」
こう語るのは、このお弁当屋さんのオーナーで、元AKB48総支配人の戸賀崎智信さんだ。
彼が突如AKB48グループから去ったのは2018年8月のことだった。そこから現在までの空白期間の歩みは明かされていない。気づけば、AKB48グループのキーマンだった男は弁当屋になっていた。
一体、戸賀崎さんに何があったのか?
本人に話を聞いた。
最終目標は「お弁当を毎日100万食売ること」
--戸賀崎さんもオフィス街の現場でお弁当を売っているんですか?
いまは経営者として事業戦略を考えるのがメインになっているので現場に立つ機会はなかなかないんですけど、この行商スタイルのお弁当ビジネスを始めた2019年当時は、僕もリヤカーを引いて売っていました。頭にはバンダナ、服は鯉口のシャツで、テキ屋のお兄さんみたいな格好してね。小さいスピーカーで祭囃子を流しながら、「はい、いらっしゃい!」とか言ってたんですよ(笑)。
おかげさまで販売数は順調に増えていて、現在は都内30箇所の販売で1日1500食以上売れるようになっています。ただ、道のりはまだまだ長いですね。お弁当を毎日100万食売るのが僕の最終目標なので。
--100万食ですか。この数字には何か意味があるんですか?
これは完全にAKB48に携わっていた影響ですね。僕がまだ運営側のスタッフだった頃、彼女らのCDはミリオンを連発していて、世間に与えるインパクトもすごかった。あのダイナミズムを間近で経験していたので、とりあえず僕もミリオン達成を目標に掲げようと思ったんです。
AKB48グループの全楽曲の作詞を担当する秋元康先生の稼ぎ方を間近で見てきましたが、やっぱり100万という数字が生み出すストック収入ってすごいんですよ。例えば、1000円のCDが1枚売れるたびに30円の印税が入ってくるとするじゃないですか。100万枚売れたら3000万円。ミリオンを年に4回達成したら1億2000万円です。僕もこういう稼ぎ方を目指したいな、と。
なぜお弁当屋さんを始めたのか
--ではお弁当を選んだ理由は?
鮭は卒業しないから(笑)。これ、よく冗談で言うんですが、本質でもあるかなと思っていて。何者でもなかった女の子をスターに成長させる装置を作ったという意味で、AKB48はものすごいビジネスモデルだと思います。
でも、人間のタレント性が主体のビジネスは、たとえスターが育ったとしても本人が辞めたらファンも一気にいなくなってしまいます。かといって、新たな原石を見つけるのも難しい。アイドルグループの黄金期っていつか絶対終わるじゃないですか。ビジネスの成功に欠かせない「安定性」や「再現性」を見出すのがかなり難しいんです。
その点、鮭はお弁当のおかずとして大人気ですが、サプライチェーンの大きな混乱がない限り、安定的に手に入ります。ほかの人気の具材もそうです。調理方法もマニュアル化してしまえば、簡単に横展開ができます。
もうひとつ、お弁当は仕組み化がしやすいだろうと考えたんです。おそらく秋元先生は印税でたっぷり稼いでいらっしゃると思うんですが、それって天才だからこそできる芸当じゃないですか。僕のような人間が真似しても同じ結果にはならない。
でも、行商スタイルの弁当ビジネスで一番大事なのは、美味しい料理を作るセンスではなく、ニーズのある場所を見極めるロジックなんです。つまり、データや経験に基づいて仮説を立てて、検証を続けていけば売れるようになる。その蓄積を体系化していけば、より大きく稼げる仕組みが完成します。
お弁当にも生きる秋元康の教え
--100万食は達成できそうですか?
大手チェーンとは違って、個人で100万の大台を突破するのはとうてい無理ですから、僕も今後はフランチャイズ展開をより積極的に進めていくことになると思います。
順番としては、まず確実に1日1500食売れる質の高いお弁当と販売の仕組みを整えて、ビジネスの“原液”を作ります。現在はこのフェーズです。次にこれを全国700チェーン展開していく。かなりざっくりとした計算ですが、これで1日100万食は達成できます。
--肝心のお弁当作りでこだわっているポイントはどこなんですか?
米ですね。僕はお弁当の中で米こそが主役だと思っています。極端な話、米さえおいしければ、市販のミートボール一つでもお弁当はバクバク食えるわけです。
コストを一番削れる部分なので大半の弁当屋は質の悪い米を使っていますが、お江戸弁当では五ツ星お米マイスターの方が独自配合したブレンド米を使っています。基本的にお弁当は冷めてからが勝負。うちの米は冷めても美味しく食べられるようにブレンドしてもらっています。
--海苔弁当に乗っていた鮭は分厚くてインパクトがありました。
鮭はあえて厚く切っています。想像より大きかったら、食べる人は嬉しいじゃないですか。しかも印象にも残る。「予定調和を壊す」といつも言っていた秋元先生仕込みのサプライズ演出です。
もちろん味も妥協していません。特にこだわっているのは焼き方。スチームコンベクションオーブンを使って、焼きより身がふわっと仕上がる「蒸し焼き」にしているんです。一般の家庭では手間のかかる方法で調理することであえて選ぶ動機を作っています。
有名店とのコラボ
--他の店はオリジナル商品だけの販売ですが、お江戸弁当は「とんかつ檍(あおき)」のお弁当も売っていました。しかも飛ぶように売れていました。(※現在このお弁当は購入不可)
このお弁当、実は先方にとっても、ウチにとっても良いコラボだったんです。とんかつ檍さんにはおかずだけ作ってもらっていて、米はお江戸弁当のブレンド米を使っています。あちらとしては、昼前におかずだけ一気に調理しておけばある程度の利益が出る仕組みになっている。Uber Eatsと契約したら、注文のたびにおかずを作らないといけません。店にとってはかなりの手間なんです。手数料も40%で、ウチよりかなり高いですし。
一方で、とんかつ檍さんのお弁当を売っているこちらとしては、お客さんからの信頼度がまったく違います。怪しい行商の安いお弁当を買うなら、コンビニ弁当を買ったほうがいいと思う人もいるじゃないですか。
その点、有名店のお弁当を売っていると行商スタイルでも安心してもらえるんですよ。名前が知られている他社さんのお弁当も扱うことで、その信頼がお江戸弁当の商品にも波及する。こういう細かい部分でお客さんの購買意欲は全く変わってきます。
--それにしても、どのお弁当も量や内容に対して明らかに安いです。原材料費の高騰を理由に様々なメーカーが商品の値上げを実施する中、お客さんとしてはかなり嬉しいですよね。
本当にどこも値上げばっかりですよね。コンビニ弁当も昔に比べて高くなりました。だから、逆張りでうちは値下げを決めたんです。ビジネスとして成功させたいという気持ちも当然ありますが、そもそもお客さんが満足しなきゃ意味ないですから。
一般的な飲食店の原価率は30〜40%が目安とされています。ネットで調べても必ずこの数字が出てきますし、AIに聞いても返ってくる答えは同じです。どのお店もこのラインを守ろうと値上げをしているんだと思うんです。でも、これって別に正解じゃないんですよ。
ウチはお弁当の中身を変更せず値下げをしたので、利益率は当然下がりました。一方で、売り上げは大きく伸びましたし、毎回同じ時間働いてもらっている販売スタッフの人件費割合はお弁当1個に対してむしろ下がっています。ほかにも、様々な工夫でコストを抑えています。利益はきちんと出ているので安心してください。
現在は、お客さんが増加したおかげで口コミが一気に広がり、お客さんがお客さんを呼ぶ好循環が生まれているんです。価格に対する価値が上回っているからこその現象で、だいぶ追い風が吹いてきているのを感じています。
【後編を読む】AKB48を去った元劇場支配人が「弁当ビジネス」に人生を懸けた理由…「子どもの学資保険を解約」して挑んだ先に待っていた「裏切り」と新たな野望

