(イラスト:高橋ポルチーナ)

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年齢を重ねてからのひとり暮らしは、経済面や健康面などの不安がつきものです。今から何に備えておくべきでしょうか。医療にかかるお金とおひとり様の介護事情に詳しい専門家2人が、それぞれレクチャーします(構成=山田真理 イラスト=高橋ポルチーナ)

【表】知っておきたい公的制度・福祉サービス

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高額医療は限度額が決まっている

老後のお金の心配は数々あるけれど、なかでも予測できないのが医療費でしょう。そこでここでは、医療費について解説したいと思います。

年を重ねるほど医療費が必要になると思われる方も多いでしょう。実際、2021年の厚生労働省のデータによると、0歳から64歳までにかかる総医療費が1211万円(43%)なのに対して、65歳以上は1604万円(57%)と、半分以上が高齢になってからかかります。

この数字を見て、「今からそんなに老後資金を貯められない」と焦らなくても大丈夫。第一に、国民健康保険に加入していれば、この金額すべてを負担する必要はありません。病院の窓口で支払う自己負担額は、原則69歳以下は3割、70〜74歳は2割、75歳以上は1割です。

さらに保険適用内の治療であれば、「高額療養費制度(A)」によって、1ヵ月の自己負担額の上限が年齢と年収ごとに設けられています。

たとえば、69歳以下で年収約370万円以下の人であれば、世帯ごとの自己負担上限額は5万7600円。70歳以上で年収約156万〜370万円の人であれば、外来は1万8000円、入院+外来は5万7600円。病院の窓口で自己負担分の医療費を支払いますが、後から超過分の還付が受けられるのです。


【図】高額な医療費がかかった時の自己負担例

また、介護保険サービスを受けている場合、医療保険と介護保険の自己負担が高額になったときに還付される「高額医療・高額介護合算療養費制度(C)」が利用できるかもしれません。

ほかにも、日常生活に不自由がある場合に申請できる「障害者手帳(D)」、パーキンソン病など難病にかかったときに利用できる「難病医療費助成制度(F)」など、さまざまな公的制度・福祉サービスがあります。下の一覧表を参考にして、最大限に活用してください。

 

細かい支出には節税対策を

シニアの医療費というと、いわゆる3大疾病「がん」「心疾患」「脳血管疾患」にかかる費用を心配する人が多いかもしれません。しかし、前述した高額療養費制度により自己負担の限度額が決まっているため、出費が大きくかさむことはないと考えてよいでしょう。

注意したいのは、こうした制度が適用されるのは「(1) 公的医療保険が適用される診療(検査・診療・治療・薬剤・入院費)」のみだということ。差額ベッド代や先進医療の費用、入院時の食事代の一部、診断書作成料、インプラントやレーシックといった自由診療など「(2) 病院に支払うそのほかの費用」は、全額自己負担です。

また、通院のための交通費、宿泊費、入院時に使う日用品費など「(3) 病院以外に支払う費用」も別途かかってきます。年齢を重ねると、(2)(3) の出費が増えていきがちです。

もうひとつ、特に高齢者の医療費で注意したいのは、高血圧などの生活習慣病、骨粗しょう症、関節リウマチ、睡眠障害、白内障・緑内障など、比較的長期にわたって通院しなければならない病気が増えてくること。1回ごとの医療費は高額でなくても、いくつか病気が重なったり治療が数年にわたったりすれば、費用がかさんできます。

年間の医療費が高額になったとき、節税対策として活用できるのが「医療費控除(B)」です。医療費に加え、先進医療や自由診療の治療費、入院時の食事代、交通費、薬代・漢方薬代、治療のために処方箋なしで購入した医薬品代なども控除の対象。

領収書はすべて大事に保管し、忘れずに確定申告してください。控除の対象になるかわからない場合は、税務署の無料相談などに問い合わせましょう。

近年、紹介状を持たずに大病院や特定機能病院を受診すると、特別料金がかかるようになりました。医科の初診で7000円以上ですから、窓口で初めて金額を見て驚く方も多いようです。この出費を防ぐには、まずかかりつけ医で診察を受け、必要に応じて大病院への紹介状を書いてもらうようにしましょう。

長期にわたって患者の病歴や生活習慣などを把握してくれているかかりつけ医は、不調を抱えがちな高齢者にとって心強い味方にもなります。同じ病院でデータを積み重ねていると、ちょっとした数値の変化に気づいてもらえることが多いのです。

病気の早期発見は、多くの場合、治療期間が短くなるため、医療費の節約につながります。自治体の特定健診やがん検診を定期的に受けるほか、特に心配な項目がある場合は人間ドックも検討するなど、健康チェックを怠らないこと。これは、医療費を抑えるという意味でも大切な姿勢だと覚えておきましょう。


(写真:stock.adobe.com)

医療保険が必要な人、必要ない人

ここまで医療費を抑える話をしてきましたが、実際、この先いくらかかるのか気になる方も多いと思います。冒頭で紹介した総医療費のデータに各年代の自己負担率をかけて計算すると、65歳以降にかかる医療費の自己負担額は約233万円です。

ここに高額療養費制度や医療費控除の還付分は反映されていませんが、前述した(2)(3)の費用も別途かかるため、200万〜300万円が、65歳から亡くなるまでに負担する医療費の目安。これを純粋に「医療に使えるお金」として貯金しておくことをおすすめします。

特にシニアの方は、医療費と生活費の口座を分けておかないと、生活費や介護費の補填分と医療費の出入りが交ざってわかりにくくなります。医療費専用の口座を作っておけば、半年や1年ごとに残高を確認することで、いくらかかったか把握もしやすいでしょう。

最後に、あらためて見直していただきたいのが医療保険です。内容をよく確認せずに、毎年更新している人も多いのではないでしょうか。この先も払い続ける保険料に対し、病気になったときいくら給付が受けられるのか――。

基本的に医療保険は掛け捨てで、入院等をしなければお金は受け取れません。しかも、医療の進歩によって、入院期間は年々短期化しています。一度、ノートなどに保障内容を書き出し、重複がないか、本当に必要か確認しましょう。

そのうえで、先ほどお伝えした「医療に使えるお金」が十分にある人は、保険を卒業するのも選択のひとつ。高齢になるほど(2)(3)の出費がかさむため、自由に使えるお金を手元に持っていたほうが使い勝手がいい場合もあります。

あるいは医療保険よりも、治療が長引く可能性のあるがんに備え、「がん保険」を優先させるのも一手です。

逆に保険に入っていたほうがいいのは、貯蓄が十分ではなく年金額が少ない人、貯金はあっても生活費や介護費など使い道が別にある人です。これからお金を貯める時間や体力がなければ、いざというときのために保険で備えることも必要でしょう。

その場合、ポイントは終身保障であること。ほかにも何か特約で保障をつけたほうが安心だと思うかもしれませんが、その分月々の負担は大きくなります。保険料は目安として収入の5%以内に収めるようにしましょう。

配偶者として医療保険に入っている人は、夫が亡くなった時点で妻の保障も消滅してしまう可能性があります。おひとり様になった後の収入や貯蓄額に心配がある場合、妻も自分の医療保険に入ると安心です。

また、「85歳まで入れる」などと謳った医療保険のCMを最近よく見かけますが、そもそも75歳を過ぎたら多くの人は自己負担1割で、医療費は多くかかりません。むしろその時期に必要なのは介護費用のほう。ただし、病気の治療を目的としなければ、入院しても医療保険は対象外となります。

医療費のやりくりは、公的制度を最大限に活用することが大前提です。そのうえで、預貯金や自分に合った民間保険などで不足部分を補いながら、経済的なリスクに備えましょう。