右から、稲垣えみ子さん、吉永みち子さん、小谷みどりさん(撮影:木村直軌)

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おひとり様として迎える将来、多くの人が不安に感じているのは、健康、お金、孤独と言われています。ひとり暮らし真っただなかの《達人》たちは、どのような備えをしているのでしょう(構成:山田真理 撮影:木村直軌)

【写真】稲垣さん「ひとりでも家族といても、人が生きていくうえでの不安って変わらないのでは」

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それぞれのおひとり様風景

小谷 今日は皆さん、はじめましてですね。それぞれの「おひとり様歴」はどれくらいですか。

吉永 私は完璧な「おひとり様」になってから、22年になります。結婚して夫とその連れ子3人、母と息子の7人家族というのを20年ほど続けていたのだけれど、母が亡くなり、いろいろあって私が家を出たのが40代後半。

一緒に暮らしていた末の息子が成人して家を出て以来、ひとり暮らしです。コロナ前に愛犬も死んでしまい……。いま74歳で、ひとりの自由を満喫しつつ、その限界も見据えながら暮らしています。

稲垣 私は大学卒業と同時に実家を出て以来、59歳の現在まで夫なし子なしの生活ですから、おひとり様歴はこのなかでいちばん長いですね。会社員時代はいわゆる独身貴族で、転勤が多く、2〜3年に一度は引っ越しをしていたんです。当時は給料も年々上がったので、独身のくせにファミリータイプの物件を借りたり。

だから50歳で退社を決めたとき、当然家賃が払えなくなり、否応なく環境激変。いま暮らしている小さなワンルームマンションに、持ち物の9割を捨てて引っ越しました。

吉永 ある種の覚悟をもって始めた、第二のおひとり様人生ね。

小谷 私の場合は13年前、ある日突然、おひとり様になりました。シンガポールへ出張するはずだった夫が、朝ベッドの上で亡くなっていたんです。

吉永 まだお若かったでしょう。

小谷 42歳でした。私は死生学が専門で、「元気なうちに希望する治療や弔い方を家族と話し合っておきましょう」と講演会でお話ししていましたが、まさか夫を突然死で失うとは……。

吉永 私も9歳のとき父親が突然死したからわかるのだけど、昨日まで普通に話していた人が突然亡くなるのは、日常がひっくり返るくらいショックなものです。病気で徐々に弱っていくのを看取るのも、また違った感覚なのだろうけど。

小谷 夫は海外出張が多く、結婚生活の半分は離れて暮らしていたので、いまも遠くの国で生きているように感じています。だから人がイメージするほど悲嘆に暮れることはなく、「かわいそうに」と慰められても、「かわいそうなのは死んだ夫で、私じゃない」と内心思っていました。

稲垣 確かに、ひとりはかわいそう、では全然ないですよね。私も「電気がついていない家にひとりで帰るのは、寂しくないですか」などと聞かれることがありますが、じつは真っ暗な家に帰るのが大好きで、答えに困る(笑)。家に帰ってまで、誰かに気を使うって、考えただけで大変だと思うんです。

吉永 私はずっと母子家庭で育って家族に憧れがあったから、ひとりになったときは寂しさに襲われて、「失敗したなぁ」なんて思いましたよ。だけど7人分の洗濯をしなくていいのは、ラクだったねえ〜。

出張先でお土産を買うとき、「喜んでくれる家族はいないんだ」と思えば寂しいけど、「好きな酒のツマミが選び放題!」と思えば楽しい(笑)。そういうふうに寂しさと楽しさが、《ミルフィーユ》みたいに重なっている感じかな。

長生き時代、高齢シングルが増える

小谷 2020年の生涯未婚率を見ると、50歳時点で結婚していない女性は約18%。ここには離婚してひとりになったバツイチや、私のように配偶者を亡くした《没イチ》は含まれないので、シングルで一生を終える女性の数はもっと多い。90歳を超えて生きる確率は男性が4人に1人、女性は2人に1人以上です。

吉永 長寿時代、しかも男性より長生き傾向の女性は、最終ステージでシングルになるケースが多くなりますよね。

稲垣 そもそも私は雑誌で「おひとり様企画」が人気と聞いても、どうも解せなくて(笑)。ひとりでも家族といても、人が生きていくうえでの不安って変わらないのではないでしょうか。

吉永 理由はいろいろあれど、ひとりになって迎える老いをうまく想像できないからかもね。

小谷 老後の不安には「健康とお金と孤独」の3つがあると言われています。とくに専業主婦は年金も少ないし、夫が亡くなると老後は経済的に困窮するのでは、という心配もありますね。

吉永 不安は、漠たるままで放っておくと際限なく膨らんでいく。《おんぶお化け》みたいに背中に引っついてくるから、その正体が何なのか、客観的に突き詰めたほうがいいと思うのよ。

小谷 先日ある講演会の質問コーナーで、「死ぬのが不安ですが、どうしたら解消できるでしょう」と聞かれました。人間いずれ絶対死ぬんだから、そこは諦めるしかないですよね。

じゃあ、不安の原因は何か。「死後はどうなる」といった哲学的なことを考えたいのか。それとも「散らかった家を家族に片づけさせたくない」といった、実務的なことが心配なのか。そこからまず整理しましょう、とそのときはお答えしました。

稲垣 豊かさのなかで、自分にとって本当に大事なものが見えにくくなっている時代なのかもしれないですね。「あれもこれもないと不安」ばかりで、「これさえあれば大丈夫」がどこかへ行っちゃってる。

小谷 どう生きて死ぬか、という本質的な問いについて考える機会が少ないのかもしれないですね。子どもの頃、「将来何になりたいか」と聞かれることは多かったけれど、「残りの人生、何をしたいか」と質問される経験はほとんどありませんから。

吉永 老いていずれ死ぬということだけは確実で、いつ死ぬかはわからないしね。

稲垣 母が亡くなる3年前に認知症になったこともあって、私は、長生きするということはいずれ認知症になるということだと思うようになりました。

私はガス契約をしていないので銭湯に通っていますが、そこには認知症の方も利用している光景があって、皆がそれぞれ気にかけたり声をかけあったりしている。そんな経験の積み重ねが、自分の老いへのリアルな備えにつながっていくと思っているんです。

吉永 自助はしつつ、共助もしやすい社会が望ましいですね。私も衰えや病は避けられない、と実感中。

稲垣 体が動かなくなってきたら、その範囲で幸せに生きられたらいいな、と思っていて。いままで通りにできないと不安になってしまうのは人間の厄介な心理で、母も認知症になってから完璧だった家事が満足にこなせないことに傷ついて、苦しんでいました。

持ち物ややることが多くありすぎると、自分が衰えたときに敵となって襲いかかってくるし、理想が高すぎると、一つでも失ったときの敗北感が大きい。

「今朝も目が覚めて最高!」「お水が美味しい!」くらい目標を低くすると、毎日が幸せですよ。おのずと不安も消えていくのではないでしょうか。

小谷 理想はほどほどがよさそうですね。

吉永 私は根が臆病なものだから(笑)、最悪の事態を想定して、それを避けるにはどうしたらいいか、徹底的にシミュレーションして、できることは何かを考えています。

死は受け入れられるけれど、「死ぬときに痛いのだけはイヤだ」と死への恐れの正体を突きとめ、日本尊厳死協会という団体に登録しました。「無用な延命は要りません」「その代わり盛大にモルヒネを使って痛みを取ってください」と意思を書き残しています。

稲垣 不安は解消できましたか?

吉永 想定外のことは起きるかもしれないけれど、現時点で「打てる手は打った」という安心感はありますね。

<後編につづく>