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墓じまいを経験した人はなぜ決断し、どのような段階を踏んだのだろうか。「お墓」に翻弄された3人の話を聞いてみると、今の時代の課題が見えてきた

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何十年も《嫁》として
守ってきたが

阿部真澄さん(71歳・仮名=以下同)が山形県の内陸部にある阿部家の墓じまいを終えたのは、2022年10月。思い立ってから5年の歳月がたっていた。

阿部さんは舅、姑を見送った後、66歳の時に夫と離婚。地域のしがらみを断ち切ろうと決め、宮城県・仙台市へと引っ越した。

「夫が勝手に家を出ていく形で離婚したので、家は私の名義になりましたが、その家も車も売り、都会に引っ越したのです。家を引き払う際、仏壇は処分。2基あるお墓も、いずれ墓じまいしようとは思っていました。死んでからも血のつながらない人たちと同じ墓で過ごすと考えただけでゾッとしますし、3人の子どもたちに《負の遺産》は残したくありませんでしたから。そもそも離婚したので、本来、私にはお墓を守る義務はないんですよね(笑)」

お墓がある場所はお寺の裏山。雨が降ればぬかるむし、周囲は雑草が生い茂っている。盆暮れやお彼岸、命日の前日、墓の掃除をするのは若夫婦の役目だった。

阿部さんは嫁いでから何十年と、重い木桶や掃除道具を持って斜面を登り、当日は供物を抱えながら姑の手を引き、お墓へと向かっていたという。

2基のお墓のうち1つは、元夫の両親とその親族が眠っているお墓。もう1基には、舅の兄家族が入っている。そちらのお墓は継承者がいなかったので、阿部さん夫婦が守っていた。

「2基あると、檀家としてとにかくお金がかかるんですよ。毎月住職さんがお経をあげに来るので、そのたびにお花やお菓子を用意し、お布施も払わなくてはいけません。年に数回ある講や大きな行事の際はお寺にお手伝いに行き、お布施も払う。お手伝いはもちろん《嫁》の仕事です」

お寺が駐車場と納骨堂を新設する際には檀家に寄付が振り分けられ、阿部家も50万円払った。

「仙台に引っ越して1年後、思い切ってお寺に行き、合葬にしたいと住職さんに言ったんです。すると『お墓があるじゃありませんか』と一言。『お墓があるのに合葬にするなんて、なんと非常識なことを』と言われたような気がしました。私は遠くに住んでいるし、2人の娘は東京、私と息子は仙台で暮らしていると事情をお話しし、永代供養をお願いしても、『うちではやっていません』と、なんとなく怒ったような口調で……。住職が去った後お寺の関係者に、『これ以上、檀家が離れると困るんだ』と言われました」

以来、怖くて住職と話せなくなったという阿部さん。それでも年に1度はお寺から経費の振込用紙が送られてくるので、きちんと払い込んでいたという。

「私は、決して信仰心がないわけではないんです。引っ越してからはインターネットで墓掃除の業者を探して、お盆やお彼岸前には掃除をお願いしました。小さな集落なので、お墓が荒れると、どんな噂を立てられるかわからないし。とにかくお墓の存在が重たくのしかかっていました」


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墓じまいを手掛けている業者に問い合わせたところ、お墓が斜面にあり、寒冷地で基礎の石が分厚い場合、撤去費用が余分にかかることがあると言われた。墓じまいを経験した叔母に聞くと、300万円かかったという。

そんな余裕はないと気が重くなる一方だったが、70歳を目前に、子どものためにも元気なうちにすませなければと決意を新たに。住職とは話しづらいので、行政書士に一任することにした。

「インターネットでお墓に近い町の行政書士さんを探して。コロナ禍でしたので、直接会わず、すべてメールでやりとりしました。コロナは、住職と会わない言い訳になり、正直助かりましたよ」

2基分のお骨は、町営霊園の合祀墓に移動。その霊園も、阿部さんがネットで見つけたという。司法書士には撤去中の写真や更地になった後の写真なども、メールで送ってもらった。

費用は、墓じまいを手掛けている葬儀社への支払い、お寺へ払う魂抜き料、役所での手続き、合祀墓に納めるための料金、行政書士への謝礼など、一切合切含めて2基分で100万円弱。

「大きな出費でしたが、やるべきことはやったし、これで嫁ぎ先との縁が完全に切れると思うと、心が解放された気分になりました」

すべて終わったのは、最初に行政書士に問い合わせのメールを送ってから2年後。思い立ってから5年の間にお寺の事情も変わったようだ。納骨堂が完成したことで、墓じまいをして納骨堂に入れる檀家が急増したらしい。

3人の子どもたちには、画像を添付して完了したことを連絡。長女からは「一時代が終わったって感じだね」、次女からは「行動を起こしてくれてとてもありがたい。おつかれさまでした」と返信があった。

「末っ子の長男は『へぇ、驚いた。了解〜』(笑)。田舎の因習だと、たとえ私が離婚しても、本来、息子がお墓を守らなくてはいけないわけです。でも今の若い人は、長男とか、跡継ぎといった意識はないんでしょうね」