「ものをできるだけ増やさず、必要最低限で暮らしています。それは仕事も人間関係も同じ。だって、たくさん持っていると悩みが増えますから」(撮影:宅間國博)

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今2023年に配信したヒット記事のなかから、あらためて読み直したい「編集部セレクション」をお届け。6月28日、大手町読売ホールで〈安奈 淳 Final Solo Concert 77th「Profitons la vie !」〉を開催した安奈淳さんの記事を配信します。(初公開日:2023年4月18日)***********宝塚歌劇団のトップスターとして一世を風靡し、75歳の今も歌手として活躍する安奈淳さん。しかし53歳のときに難病を発症し、歌を歌えない時期が長かったと言います。闘病の末にたどり着いた、シンプルで心地よい生き方とは(構成=平林理恵 撮影=宅間國博)

【写真】優しい微笑みが素敵な安奈淳さん

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手放せなかった1台のピアノ

若い頃は収集癖があって、レコード、犬の置物、帽子……いろいろ集めていました。古着屋さんでアメリカの騎兵隊がかぶっていたような帽子を見つけたりすると、嬉しくてつい買ってしまうの。結局、使わないんですけどね。

そんな時代を経て、今は一転、ものをできるだけ増やさず、必要最低限で暮らしています。それは仕事も人間関係も同じ。だって、たくさん持っていると悩みが増えますから。

こんなふうに考えるようになったのは、50代で大病を患ったことがきっかけです。50歳頃から体調が悪かったのですが、「疲れているだけ」と思い込み、無理に無理を重ねてしまって。激しいむくみと呼吸困難で緊急入院したのが、53歳のとき。

検査の結果、膠原病の一つである全身性エリテマトーデスを発症していることがわかりました。免疫機能に異常が起こる難病で、当時は治療法が確立しておらず医師も手探り。いろんな薬を試したのですが、その副作用でうつ状態になってしまったんです。

そのときに何もかも煩わしくなり、必要最低限のものを残して、洋服もアクセサリーも絵も家具も車も、みんな手放してしまいました。仕事を休んでいたので経済面の不安があり、「生活をダウンサイズして節約しなくては」という気持ちも強かったのだと思います。

ただ、身のまわりのものをほとんど捨ててしまった私が、どうしても手放せなかったものが一つありました。それは、30代の頃から大切に使っていたピアノ。がらんどうの部屋で私の帰りを待っていてくれたこのピアノが、歌への思いを呼び起こしてくれたのです。

以前と変わらぬ音に、勇気づけられたといいますか……。再び歌いたいという気持ちが湧き上がってきました。当時は病気のせいで声帯の筋肉がすっかり衰えていましたが、ボイストレーナーのもとで発声方法を一から学び直し、60代で声を取り戻すことができたのです。

75歳の今、病気は寛解状態。とはいえまだ完治したわけではないですし、ほかにもいくつか病気を抱えています。そんな私でも、定期的にコンサートを開くことができ、お金を払って足を運んでくださるお客さまがいる。本当にね、これ以上の幸せはないと思います。だから私はプロとして、体調を万全に整えておく必要があるのです。

そのために、規則正しい生活を心がけています。毎朝7時頃に起き、時間が許せばラジオ体操を。その後、野菜中心の朝食を摂って、必ず掃除と洗濯をします。午後は歌とピアノのレッスンを少し、お天気がよければ散歩や買い物。そして22時頃に就寝します。これが快眠・快食・快便を保つために編み出したルーティン。とてもシンプルでしょう。

とはいえ、すべてきちっとできているわけではありません。実際は毎日この通りにはいかず、ときには映画を観て夜更かしすることも。掃除だって、完璧でなくても《やった感》さえあればいいと思っています(笑)。ある意味、その気楽さが規則正しい生活を続ける秘訣とも言えるかもしれませんね。

似合わなくなった服は潔く人に譲る

思いがけず始めた《持たない暮らし》ですが、とても快適です。家の中は見通しも風通しもよく、空間のゆとりは気持ちのゆとりにもつながるみたい。クローゼットには手持ちのアイテムが並んでいて、一目で何があるかわかります。数が少ないので衣替えの必要もありません。

洋服は、白、黒、紺、ベージュなどのベーシックカラーがほとんど。流行にはこだわらず、できるだけ質のいいものを買って何年も着続けます。ブランドは、自分の好みで3つか4つに固定。色、ブランド、テイストがしっかり統一できていれば、どの服を合わせてもおかしなコーディネートにはなりませんし、鏡の前であれこれ悩む必要がなくなります。

お気に入りの服が傷んだら、同じものを買い直すことが多いです。たとえば、コムデギャルソンの白のTシャツ。質がよく、10年着ているものもあります。ヘビロテしている黒のパンツはエンフォルドのストレート。3年ほど穿いていますが、この形が今は廃盤になっているそうで、困っているところです。

ベーシックなアイテムが多いので、メガネやショールなどの小物をアクセントに使って楽しんでいます。色合わせはワントーンでまとめることが多いですね。これは失敗がないので、おすすめのテクニックです。

色には若い頃からこだわりがあって、たとえばグレーと言っても、好きなグレーと苦手なグレーがある。お気に入りの色味のトップスを1枚持っておくと、おしゃれがグンと楽しくなります。ネイルの赤も、オレンジ寄りの赤ではなくボルドーが好み。自分の手がきれいに見える色を知っておくと楽ですよ。

年を重ねると、少し前に着ていたものが似合わない、ということもたびたび。あれこれ工夫してもピンとこなければ、潔く甥のお嫁さんや姪に譲ってしまいます。いつも喜んでくれるので、人の役に立てた気分。(笑)

ちなみに白髪は、闘病以降いっさい染めていません。体にできるだけ負担をかけないように、という理由からでしたが、全身黒のコーディネートでも暗くなりすぎないのでけっこう気に入っているんです。

服だけでなく食器も最低限で、一人分だけ揃えています。食器棚からすべて出して並べ、自分が好きで日々使うものだけを厳選しました。客用食器はゼロ。不便はないですよ。だって、お客さんは家に呼ばないと決めましたから(笑)。どうしてもというときは、一緒に外へ食べに行けばいいのです。

面白いなと思うのは、洋服でも何でも、自分のなかでの譲れない軸を決めたら、生活や持ち物が自然とシンプルになっていったこと。大事なものだけが手元にあるという潔さ、わかりやすさが、心地よさにつながっているのかもしれません。

苦手な人が見えたら後ずさり

人間関係も非常にわかりやすくなりました。私はもともと人づき合いが苦手で、宝塚時代はお客さまに手も振らないし、パーティーにも出席しない。珍しく出席しても、「仏頂面をしている」と上級生に怒られてばかりで(笑)。

そんな私でも、以前はやむにやまれぬ「おつき合い」の場に顔を出さなくてはいけないことが多々ありました。ところが闘病を機に、きっぱりとお断りできるようになったんです。

今は、「一緒にいて楽しくない」と思えば誘われてもお断りしています。そのときはムッとされるかもしれないけれど、しばらくたてば相手も忘れるからあまり気にしません。だって、残りの人生そんなに長くないのだから、合わない人と無理して一緒に過ごすのは時間がもったいないでしょう。

だから、苦手な人の姿が見えたら後ずさりして、距離を取るようにしています(笑)。自分をネガティブにするものからは、とにかく逃げる。こんなに単純でわかりやすい生き方ってないんじゃないかしら。

逆に、大切な人たちへの感謝の気持ちは強くなりました。私が病気だらけの50代を生き抜くことができたのは支えてくれた友だちがいたからですし、いいお医者さまとの出会いがなかったら、今この世にはいなかった。よく妹から「人に恵まれているよね」と言われるのですが、私も本当にそう思うんです。

歌を続けるために事務所を立ち上げて

私はこれまで「本当に必要かどうか」を見極めながら身のまわりのものを仕分けてきましたが、必要性とは違う観点で手元に残したものも、ごく少数ですがあります。

骨董屋さんで出合ったジャン・コクトーの絵、母が子どもの頃に愛した日本人形、両親と私の写真……。これら思い出の品は、40年ほど前に買ったアンティークのキャビネットの上に置いています。

ものは、あるべきところにあると、ちゃんとお役目を果たしてくれると思うんです。だから、「ここにいたほうがいいよ」と感じる場所にそのまま残しました。おかげで私にとってとても特別な、癒やしのスペースになっています。

正直私は、この年まで生きられるなんて想像もしていませんでした。周りの人たちに支えられて今があるのだから、この命を大切に守っていかなくてはと思います。それに50代のような苦しさを再び味わうのは死んでも嫌なので、日々体調を整え、無理はせず、とにかくストレスフリーで過ごしたい。

じつは2020年、歌を続けるために個人事務所を立ち上げました。17歳も年下の友人がマネジャーを買って出てくれて、コンサートを定期的に開くことができるようになり、今は毎日がすごく幸せ。彼女のおかげでガラケーも卒業しましたし(笑)、遅ればせながらインスタグラムでささやかな発信も始めました。

「安奈さんの歌で希望が持てるようになりました」「私も安奈さんみたいに70代までがんばります」。そんなメッセージをいただくことも。歌をやめなくてよかったと、心の底から思います。

私は病をきっかけに多くのものを手放しましたが、だからこそ本当に必要なものを知ることができました。限りある時間を無駄にしないよう、これからもシンプルに毎日を楽しく過ごしたいですね。