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日々新しい美容法が生まれ続ける昨今、「今のスキンケアが自分に合っているか分からない…」と思っている人も多いはず。そのようななか、工学博士でありながら化粧品の研究・開発にも携わる、FILTOM研究所長の尾池哲郎さんは「ふだんのスキンケアを科学の視点でとらえかえせば、目からウロコの美容論にたどりつく」と話します。そこで今回は、尾池さんが科学の視点から「美とは何か」を徹底分析した著書『美容の科学:「美しさ」はどのようにつくられるか』より、一部引用、再編集してお届けします。

【書影】独自の高級化粧品を研究・開発してきた著者が、科学の知見で「美しさ」について徹底分析。尾池哲郎『美容の科学:「美しさ」はどのようにつくられるか』

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どんな入浴が良い入浴?

どんな入浴が理想的なのでしょうか。

全身浴、半身浴、反復浴。

温度は39°C、40°C、41°C。

体はこする? こすらない?

そもそも洗う? 洗わない?

私は入浴に関してはすべて正解だと思います。

デトックスなど、そもそも入浴を逸脱したような行為は別として、上に挙げたようなライフハック程度の入浴ノウハウは、心地よければどれも正解であって、何か不都合が起きることはほとんどないと思います。

「別府八湯(べっぷはっとう)」という言葉をお聞きになったことはあるでしょうか。

大分県の別府は源泉数、湧出量ともに日本一の温泉地ですが、とても多くの種類の泉質があり、総称して「別府八湯」と呼ばれています。これも、上のような様々な入浴法に似ています。

どれに入っても大きな不都合はありません。しかし選べば、とても良い効果を生みます。

アルカリ性単純泉、酸性単純泉、炭酸塩泉、炭酸水素塩泉、塩化物泉、硫酸塩泉、硫黄泉などなど。

それぞれの泉質によって効果効能が異なります。

面白いことに、温泉の効果効能は厚生労働省ではなく、環境省によって指定されています。

これも、昔から親しみのある温泉は過剰に気にすることなく、体調に合わせて気持ちよく選ぶ付き合い方で十分だと専門家は考えているのでしょう。

日常の入浴法も、こうした泉質の違いのようなものだと思います。

逆に言えば、入浴法をどれかに固定する方が問題がある、という考え方にもつながります。

根拠の薄い入浴法を無理して続ける必要はありません。なによりも自身の体調や心地よさに合わせて柔軟に変えるほうが、肌にやさしいのです。

タモリ式入浴法は40代後半以降に適している

特に分かりやすいのが「タモリ式入浴法」だと思います。

タレントのタモリさんが石鹸を使わずに長湯によってすべすべの肌を維持しているという話をされた後、それを実践する方が増えました。

おそらくご本人にとって心地よい入浴法なのでしょう。ただし、万人に合うわけではなさそうです。

特に皮脂の分泌が活発な40代以前や、発汗の激しい仕事の方には合わない入浴法です。

皮脂の分泌は年齢によって大きく変わります。生まれてすぐは肌が無防備なので母親が準備したホルモンの働きによって皮脂の分泌が多いですが、皮膚の常在菌が整うようになると皮脂の分泌は減少し、思春期まで少ない状態が続きます。

思春期を迎えてホルモンの産生が活発になると再び皮脂の分泌が活発になります。

皮脂は湿潤性、摩擦性、伸展性という肌の重要な性質を補強しますが、大人としての本格的な身体活動を始める準備なのでしょう。

こうした皮脂の分泌が活発な青年期にタモリ式入浴法を実践してもとてもうまくはいきません。皮脂の分泌が減少しはじめる40代後半以降でないと、実践するのは難しいかもしれません。

同じように年代や季節や生活習慣によって適した入浴法は変わります。どれかに固定せず、湯上りに気持ちのよい入浴法を選ぶことが重要です。

選ぶためには、入浴によって体に一体どのようなことが起きるのか、メカニズムを知っておくことは有意義だと思います。

入浴によって起きること

入浴で体に起きるイベントは大きく3つであり、「温熱」「洗浄」「浸透」です。

「温熱」はお湯から直接受ける対流熱と、遠赤外線による放射熱(輻射熱)の2つがあります。

「洗浄」は主に温熱発汗、アルカリ性、界面活性剤の3つの効果によるもので、常在菌も大きく関わります。

「浸透」ではお湯に含まれるミネラルが水分とともに体内に浸透したり、排出されたりします。

入浴の基本的な目的は、一つ目の温熱効果によってほとんど達せられます。

洗浄の一部も温熱効果によるものです。

しかし現代社会では高度な清潔さを求められるため、わずかに残った古い角質(垢)や皮脂や雑菌がにおいの原因になったり、不快感の原因になったりします。

そのため石鹸やボディソープといった界面活性剤が登場することになりますが、これらはあくまでも「補助」です。

毎日使用することになんら差し支えありませんが、界面活性剤はあくまでも洗浄の「補助剤」であるという認識が肌を健康に保つうえでとても重要になります。

「温熱」「浸透」について

まず「温熱」ですが、肌に伝わる熱は対流と放射の2つがあり、対流とはお湯が直接肌に接触して表面から伝わるケースです。家庭での入浴はほとんどすべてがこの対流熱です。

放射は遠赤外線に代表されるように岩石などの物質から放射される熱です。電磁波として肌の内部まで浸透して伝わります。


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ただし、遠赤外線が肌に浸透するのはせいぜい0.2mm程度で、すぐに熱に変わり、血液を通して全身に伝わっていきます。

骨まで浸透して芯まで温まっているわけではありません。

家庭の浴槽は金属やうすいプラスチックなので遠赤外線の放射量が少なく、その恩恵を受けることができませんが、温泉地の岩風呂では岩石からの遠赤外線を浴びることができるため、対流熱と放射熱の両方で体が温まります。

特に頭を冷やしながら長時間温まることのできる露天風呂や岩盤浴は、温熱効果を得るにはとても理に適っています。

温熱によって筋肉や肌の代謝の促進はもとより、時間をかけてゆっくりやさしく古い皮脂を溶かし、角質を柔らかくすることができます。

次に、ひとつ飛ばして「浸透」についてですが、温熱効果によって柔らかくなった皮膚と、古い皮脂が溶解して開いた毛穴から、様々な成分が浸透したり排出されたりします。

その成分とは主にミネラルなどのイオンであり、温泉の効能の多くはカリウムイオンや炭酸水素イオンの吸収や働きによるものです。

入浴のメインイベント「洗浄」

入浴の最大の目的は「洗浄」であることが多いですが、洗浄に関わるメカニズムは温熱発汗、アルカリ性、界面活性剤の3つです。

まず温熱によって新鮮な汗と皮脂がそれぞれエクリン腺と皮脂腺から出されます。

もう一つアポクリン腺もありますがこちらは温熱よりも精神性刺激によって活発になりますから入浴の発汗にはあまり関与していません。

エクリン腺から排出される汗は99%以上が水分であり、わずかにミネラル、乳酸塩、尿素、皮脂が含まれます。

皮脂腺から出される皮脂はまさに油成分であり、トリグリセリド(油脂)、ワックスエステル、脂肪酸、スクアレンなどです。

トリグリセリドの多くは常在菌によって脂肪酸とグリセリンに分解されます。

なかでも脂肪酸は優秀な界面活性剤であり、古い皮脂を水に溶かし込みます。

溶かし込まれた古い皮脂はエクリン腺から出された汗によって浮かし出され、お湯によって洗い流されます。

多くの古い皮脂はこうして温熱と発汗によって洗浄されますが、古いたんぱく質を落とすにはアルカリ性が威力を発揮します。

固形石鹸は弱アルカリ性ですが、実はこの弱アルカリ性こそが適度な洗浄力として働きます。

そのため弱アルカリ性の温泉では石鹸がいりません。

こうした基本的な洗浄メカニズムをながめると、洗浄剤に中性や弱酸性は求めすぎないほうがいいのではないかと感じます。

もちろん泡切れの悪い洗浄剤がアルカリ性だと肌に残って刺激になってしまいますが、だからこそ泡切れの良い純石鹸はベストです。

弱アルカリ性で古いたんぱく質を溶かして浮かせて、さっと洗い流すのは肌の洗浄に適しています。

こうした発汗とアルカリ性による洗浄でも不快感が残ってしまう場合に、界面活性剤(洗浄剤)の出番です。

冒頭に、洗浄剤はあくまでも「補助的な洗浄」だと表現しました。

温熱発汗とアルカリ性石鹸によってほどよく洗浄することに肌が慣れれば、いわゆるタモリ式入浴が完成します。

純石鹸も使うか、使わないかの二択ではなく、使用量の調節やオンオフが重要です。

※本稿は、『美容の科学:「美しさ」はどのようにつくられるか』(晶文社)の一部を再編集したものです。