5月13日、バルセロナ。試合は70分に入り、レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)が敵地で1−0とリードされている展開だった。ラ・レアルの久保建英は交代でピッチに入ると、その2分後だった。かつて自分を育てた"古巣"バルセロナを相手に、颯爽と才能の片鱗を見せている。

 GKアレックス・レミーロの出色のキックが左サイドの選手まで届くと、一気にサイドチェンジで、右サイドに構えていた久保がパスを受ける。対峙したのは、ポルトガル代表ジョアン・カンセロだったが、容易に間合いに入らせない。寸分なくボールを動かして後ずさりさせながら、シュートコースを作ると、左足を鋭く振っている。狙いすました一撃は、名手マルク・アンドレ・テア・シュテーゲンに防がれたが......。

 久保が特別な能力を持っていることは、やはり間違いない。ではなぜ、最近になって出場時間が激減し、2試合連続で後半途中からの出場になっているのか?


バルセロナ戦は後半25分から途中出場した久保建英レアル・ソシエダ) photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 ひとつには、ラ・レアルが抱えるチーム事情があるだろう。

 3月10日、ラ・レアルは久保が出場機会のなかったグラナダ戦に勝利して以来、件のバルサ戦前まで4勝2分け1敗と、戦績は決して悪くなかった。チームは勝っている形を大きく変えない。今年1月に獲得した俊足FWシェラルド・ベッカーの活躍が目立っている。そしてバルサ戦も、まさにベッカーの裏への突破力を生かした5−4−1の布陣だったのだ。

 一方、久保は前節のラス・パルマス戦は終盤の投入で、バルサ戦も限定的な出場だった。年明けまで、チームをけん引する絶対的エースだった状況に比べると、大きな変化と言えるだろう。

 ただ、チーム内で久保の存在価値が低下したわけではない。

「小さな筋肉系の故障があるようだ。ベストの状態とは程遠いだけ」

 関係者からは、そんな声が漏れてくる。実際に4月1日のアラベス戦では、前半終了間際に右ハムストリング(太もも裏の筋肉)を痛めて、途中交代している。予防的な判断だったとはいえ、疲労が蓄積し、体の各部位に負担があるのは明らかだった。

【ほかの選手に比べて周辺が騒がしい】

 やはり、今年1月のアジアカップでの日本代表招集が暗い影を落としている。

 そもそも、森保ジャパン合流前の時点で筋肉系のケガをし、ギリギリの戦いをしていたはずだった。それがシーズン中にもかかわらずカタールで転戦を余儀なくされ、肉体が悲鳴を上げないはずはない。スペインに戻った直後は奮闘したが、そのツケを払っている。体は有限の資源のようなもので、度を越した場合、致命的なダメージが残る。

 そこでラ・レアルとしては、久保の力を最大限に引き出すための起用に切り替えた。端的にいえばスーパーサブというのか。バルサ戦で言えば、後半途中でシステムを通常の4−3−3に戻し、アンデル・バレネチェアやアルセン・ザハリャンも入れ、久保で最後の一発に懸ける。そうした戦略的な交代策だったはずだ。

 そのなかで、久保は冒頭に記したように際どいシュートを放った。サイドを駆け抜け、中盤から前にボールを運び、攻撃に活力を与えていた。マーカーだったカンセロの防御力を考えたら、"もう少しボールが回ってきたら"と思わせる瞬間もあった。

 だが、90分を通して躍動し、最後はとどめの一撃を突き刺したバルサの16歳、ラミン・ヤマルと同じポジションの"先輩"としては......。

 スペイン大手スポーツ紙『アス』『マルカ』も、久保には星ひとつ(0〜3の4段階評価)だった。

「2試合連続の交代出場。1対1を求め、シュートにまで持ち込んだが、それだけだった」

『エル・ムンド・デポルティーボ』紙のそんな記述も、珍しく素っ気ない。

 久保の周辺は、他の選手と比べて騒がしい。日本代表招集だけでなく、パリ五輪招集までリクエストがあるという。さらに言えば、半分以上はゴシップだとはいえ、常に大型移籍の噂が絶えない。

「次はマドリードで活躍を」「遠藤航と組んでリバプールへ」「攻撃的なアーセナルも悪くない」......周りは言いたい放題だ。

 しかし、たとえクラブの主力であっても、試合から離れていれば、いないなりの戦いが定着し、居場所を失うこともある。久保の実力を考えたら、コンディションさえ戻ったら、すぐに形勢は逆転できる。しかし、ラ・リーガの上位クラブで主力を続けるのは簡単なことではない、という事実を忘れるべきではない。

「久保はどんな時も集中できている」

 チーム関係者はそう言うが、ノイズがあるのは確かだ。

 もしアジアカップを回避させ、久保がラ・レアルでフルシーズンを戦っていたら......振り返ると、そう思わずにはいられない。終盤は失速気味の今シーズンも、チャンピオンズリーグベスト16まで主力として戦い続けた日本人選手として、唯一無二だった。

 今シーズンは残り3試合。ヨーロッパリーグ出場権獲得(現在は7位で、5、6位が出場)が命題となる。久保がベストプレーを見せられたら、世界を変えられる。