間もなく日本上陸を果たすBYD SEAL。「3.8S」のエンブレムは0-100km/h加速3.8秒の性能を意味する(写真:BYD AUTO)

BYD「SEAL(シール)」が、日本上陸を控えている。シールは、2023年に日本導入された「ATTO3」と「ドルフィン」に続く、日本で3番目になるBYDのBEV(バッテリー駆動のピュアEV)。

2024年の導入を前に試乗のチャンスがあり、同時にBYDオートの製品戦略を聞くことができた。

バッテリーセルをボディ構造の一部に

先に導入された2モデルはクロスオーバータイプだったが、シールは趣を異にしており、エレガントでやや古典的ともいえるファストバック的なスタイルを特徴とするセダンだ。

本国ではシングルモーター、ツインモーター、それにPHEV(プラグインハイブリッド)がある。そのうち、日本にはツインモーターの全輪駆動とシングルモーターの後輪駆動が導入される予定だ。


ボンネットは意外に厚いが、ヘッドランプの位置やその下のX字型のLEDランプに視線を誘うためそう感じさせない(写真:BYD AUTO)

ツインモーターは合計最高出力390kW、最大トルク670Nmというパワフルさがセリングポイント。そのため、中国での試乗会場には、珠海(Zhuhai)国際サーキットが選ばれた。

F1招致も考えていたという珠海国際サーキットに掲げられていたシールのバナーを見ると、「Innovation Meets Acceleration」とある。ちょっと強引に訳せば、「技術革新を通して先へと加速する」となるだろうか。


「Innovation Meets Acceleration」のバナーの下、珠海国際サーキットにて(写真:BYD AUTO)

なにしろ、シールの特徴は加速性能だけでない。

駆動用バッテリーを床下に搭載するのは他社と同じだが、バッテリーセルをモジュール化し、それをパックにまとめてシャシーに組み込むという従来の“セル・トゥ・パック”方式でなく、さらに先へと進んでいる。

シールは、BYD(傘下のブランド共用の)最新の「eプラットフォーム3.0」を使いつつ、“セル・トゥ・ボディ”といって、モジュールやパックを省略。バッテリーセルをボディ構造の一部としているのが、大きな特徴だ。

そもそもBYD車は、「ブレードバッテリー」という、独自の設計による薄型バッテリーを搭載して他社の製品とは一線を画していた。

今回のセル・トゥ・ボディで、従来以上にスペース効率が上がり、同等の性能をよりコンパクトなサイズで実現できたとメリットが強調されている。


BEVらしい新鮮さではなく、ロングノーズ・ショートデッキの古典的な美を追究したプロポーション(写真:BYD AUTO)

「それだけが特徴ではありません」、そう語るのは、珠海の試乗会場で話を聞いたアジアパシフィック地域を統括する、劉学亮(Liu Xueliang)ゼネラルマネージャーだ。

「BYDは、モバイルフォンのバッテリー開発を含む受託生産事業が原点。そのため、BYDオートが手がけるクルマについても、通信とバッテリーという、重要な機能を自社開発して組み込んだクルマを作る力をもっているのです」

ワイヤレス通信によるアップデートも可能

装備は充実している。“ハイ!ビーワイディー”の呼びかけで起動する会話型ボイスコマンド、ボタンひと押しで90度回転する15.6インチのモニタースクリーン、ワイヤレス通信で数々の機能をアップデートするOTA(オーバー・ジ・エア)、そして本国では1カ月1GBまで無料で10年間使えるクラウドサービスも付随する……と、いう具合。ただし、日本仕様の詳細は現時点では不明だ。


スポーティでありつつインフォテインメントシステムも充実するなど、独自のコクピット(写真:BYD AUTO)

若い世代がクルマに求めているものは、走行性能だけではない――。

私はこのところ、ヨーロッパでいくつかの新型BEVに試乗取材する機会があったが、その際、開発者が口を揃えるようにそう言っていた。

とはいえ、今回のシールの試乗は、サーキットに限定されていたので(そもそも公道を“外国人”が運転することは基本的に許されていない)、上記のシステムを実際に試すことはできず、せいぜいDYNAUDIO製の10スピーカーオーディオがいい音だということがわかった程度。

その一方、話を「走り」に移すと、こちらは印象的だった。


珠海国際サーキットにずらりと並べられたシールAWD(写真:BYD AUTO)

82.5kWhのリン酸鉄リチウムイオンバッテリーを使い、前輪を非同期モーター、後輪を永久磁石の非同期モーターで駆動。先に触れたとおり、最大トルクは670Nmに達するので、2185kgの車重でも重量感はほとんど感じさせない。

アクセルペダルを踏み込んでいくと、足の動きに合わせるように加速が高まっていく。その感覚は、いってみればナチュラル。全長4800mmの比較的、余裕あるサイズによるちょっと落ち着いたイメージと、齟齬(そご)がないように思えた。

ドライブモードは「ノーマル」で十分な速度感があったが、助手席に座ったBYDのインストラクターが勧めるとおり「スポーツ」を選ぶと、前輪が車体を引っ張ると同時に、後輪がぐいぐいと前に押しだす感覚で、強い加速が味わえる。


P(パーキング)スイッチ左のダイヤルでドライブモードを選択する(写真:BYD AUTO)

最終コーナーを立ち上がって、900mあるという珠海国際サーキットのホームストレートの入り口で加速すると、速度はあっというまに時速180kmを超える。

BYDが用意している性能諸元表をみると、BEVであるシールには(他社と同様)速度制限が設けられていて、時速180kmとあった。試乗車は、リミッターが解除されていたのかもしれない。

シールは時速180キロの高速域でも安定していて、BYD車が力を入れてはじめているドイツなど、巡航速度の高いヨーロッパでも通用しそうだ。

足まわりの設定は、しっかりしている。コーナリングでは、車体のロール角が抑えられていて、期待以上の速いペースで駆け抜けることができた。


長い前後長をもったルーフとファストバックスタイルの組み合わせが上品で魅力的に見える角度(写真:BYD AUTO)

その反面、パドック近辺でゆっくり走らせてみたときには、スポーツカーのような硬さを感じることもあり、スポーツセダンという印象だった。

ツインモーター仕様には「iTAC (インテリジェント・トルク・アダプションコントロール)」が備わり、車輪の駆動トルクを制御。滑りやすい路面などでの挙動安定性の向上をうたう。

サーキット走行中、コーナーで一瞬、挙動が乱れたことがあったが、トルクが変動して車両の姿勢が立ち直ったのを瞬間的に感じた。これはiTACの介入のようだ。

スタイリングは古典的なセダンでも

BYDオートのヘッド・オブ・デザインは、アウディ出身のウォルフガング・エッガー氏。氏は、シールのエクステリアデザインについて、「エンジン車で確立されたプロポーションは美しいので、BEVにもそれを継承したい」と、インタビューで語っていたのを読んだことがある。

たしかに、シールは長めのフロントに、短いファストバック的なリア(トランクは独立)という、ドイツやイギリスのクルマでよく見る古典的なセダンのプロポーションを持つ。

ただし、そこにとどまっているつもりは、BYDにはおそらくない。

冒頭で紹介したアジアパシフィック地域担当の劉氏は、「BYDの強みは、市場の動向をいち早くとらえて製品をアップデートしていくことだ」と、流暢な日本語で言う。


BYDアジアパシフィックの劉ゼネラルマネージャー(写真:BYD AUTO)

「今、中国で若い層にウケているのは“性能”と“車内エンターテインメント”、それに変わらない要素として“科学”があります。でも、少品種大量生産の時代ではない現在、市場の嗜好性は多様ですから、おのずと多品種少量生産となり、すぐに市場の変化が起こりえます。それに対応していかなくてはならないと、BYDでは考えています」

金型開発は18〜20カ月→12カ月に

例に出たのが、同社が2010年に買収した金型メーカー、オギハラの館林工場(TMC)だ。

「それまでの日本での常識では、1つの金型を作るのに18〜20カ月がかかっていました。それを、どんなボディサイズでも12カ月で作る(と買収のときBYDが要求した)。市場で必要なのは、設計の良さと品質はもちろん、スピードです。世の中は、私たち自動車メーカーが考えるより、早い速度で変わっています。どんなにいいものを作っても、完成した時点で『もう市場がない……』ということになりかねません。それをTMCの方々にも、理解してもらいました」


珠海オペラハウスを背景に(写真:BYD AUTO)

シールの開発期間がどれだけだったか、残念ながら明確な答えは得られなかったが、10年前から、eプラットフォームをベースにしたBEVのさまざまなプロジェクトが社内で“走って”いて、そのうちの1台だという。


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そして「今が商機!」とみて、すぐ量産化に移った。しかし、即席とは言えない完成度の高さで、そこにBYDのオソロシイほどのパワーを感じる。ここが自動車の1つの未来で、早くもそこに到達しているのかもしれない。

(小川 フミオ : モータージャーナリスト)