家庭環境により人に頼る術を身につけられなかった人が陥りやすい苦悩とは(写真:Mills/PIXTA)

「ストレス対抗力」とも言われる「首尾一貫感覚」。簡単に言えば「ストレスのある状況でもしなやかに生き抜く力」のことです。

首尾一貫感覚を構成しているのは「だいたいわかった」(把握可能感)、「なんとかなる」(処理可能感)、「どんなことにも意味がある」(有意味感)という3つの感覚。

このうち「処理可能感」を高めるのに役立つ人間関係の構築について、ストレスマネジメント専門家・舟木彩乃さんの著書『「なんとかなる」と思えるレッスン 首尾一貫感覚で心に余裕をつくる』から一部を抜粋・編集してお届けします。

■人間関係に家庭環境が影響しているケース

前回お伝えした「処理可能感」を高める方法について、高橋さん(仮名/20代男性)のケースで考えていきましょう。

〈高橋さんの場合〉

私は、小学校低学年の頃に両親が離婚し、母子家庭で育ちました。母は看護師で、母の実家の近くで二人で暮らしていました。母が夜勤で家にいないときは祖父母のところに行っていたので、一人ぼっちになることはなかったのですが、父親がいないことを寂しく思うことはありました。

仕事を転々として、ギャンブル好きだった父は、母にとってはよくない夫だったと思いますが、私はよく遊んでもらいましたし、父だけは私のことを褒めてくれました。

祖父母や母は、父親がいないことで私に不憫(ふびん)な思いをさせたくないと、いつも気をつかっていたと思います。偏差値が高い中学校に入れようと、母は塾代を稼ぐために仕事に精を出し、祖父母は食事や塾の送迎をしてくれました。

祖父母と母は口癖のように「お父さんみたいにならないように、勉強してよい学校を出て、大企業に入るか公務員にならないとね。みんなを見返してやればいい」などと言っていました。

もともと理想もプライドも高かったからでしょうか、私にも過剰な期待をし、成績は一番をとれ、有名中学に入れといつも言っていました。「お父さんみたいにならないように……」という言葉に私は反発を覚え、それを聞くたびに悲しくなっていました。

耐えられなくなって一度だけ、母と祖父母の前で父をかばったことがありましたが、母に泣かれ、祖父母からは軽蔑するような態度をとられました。

それ以来、私は3人が望む「優等生」を演じていました。優等生キャラでいれば母の機嫌もよかったですし、いろいろな人から頼られたり、褒められたりしたので悪い気はしませんでした。

中学受験は、彼らのプライドを満たすのに十分な有名付属中学に合格し、エスカレーターで大学まで行って卒業しました。しかし、就職活動はうまくいかず、そこそこの規模の企業へは就職したものの、私はいつからか自分のキャラで損をしていることが多いと思うようになりました。

大学生活を楽しもうとサークルに入ったときも、幹事や会計係などを引き受けたことで懇親会では気が抜けませんでした。勉強も就職活動も人一倍がんばりましたが、苦労したわりには納得のいく成果が得られませんでした。ほかのみんなは適度に息抜きをし、いろいろな人の助けを借りながら要領よくやっていたように思います。


ストレス対抗力が強い人と、そうでない人の違いとは?(イラスト:kikiiクリモト)

私の場合は、友人はもちろん親や教師にも助けを求めるのが苦手で、大丈夫なふりだけは人一倍上手でした。私の存在価値は、みんなが嫌なことを引き受けることにあり、それを断ったら自分の存在価値がなくなると内心ビクビクしていました。

就職してからずっと今の職場ですが、世の中は理不尽だと思うことが多々あります。私は、同期の吉田さん(仮名、男性)とずっと同じ営業部ですが、彼は来月の人事異動で栄転して管理職になるようです。私は、吉田さんの栄転を心から喜べずにいて、そんな自分を嫌だなと思っています。

私が彼の栄転を喜べないのは、自分は彼よりもよい大学を出ているし、仕事を覚えるのも自分のほうが早く、彼をいろいろと手伝ってきたのに……という思いがあるからです。

それに私は自分の足と頭を頼りに販路を拡大してきましたが、人に頼るのが上手な吉田さんは、私のような苦労をせずに、上司や先輩から取引先を紹介してもらって実績を上げています。

いずれ努力が報われるのは自分だろうと思ってがんばってきましたが、私はどこかで自分を信じられずにいたのも確かです。

「なんとかなる」と思える力に重要な人間関係

高橋さんの場合、子ども時代に物理的または精神的に、親と健全につながることができなかったため、他者とのつながり方がわからなかったのでしょう。愛情不足の家庭で育ったり、あるいは逆に過干渉の家庭で育ったりしたケースで、このような人が多いとされています。

彼らは、このような家庭環境に身を置いているうちに他者との深いつながりをもつ機会を逃しているのです。そのため、人と親密になることに恐れや不安を抱き、親密な関係性になることを回避するようになり、人間関係において親密さや愛情を求めないことでバランスをとるようになります。

そうした結果、なにごとも他者に頼らず一人でできるようになり、孤独を感じにくいという強みがあります。反面、このような生き方は、処理可能感(なんとかなる)の根拠となる「資源」のうち、人間関係(人脈)やその人間関係から得る大切な情報を取り逃がしてしまうことになります。

恋愛や結婚はもちろんですが、学校や職業生活においても、他者と親密な関係を築いていくことは、良質な人生を送っていくうえで重要です。もちろん、「なんとかなる」と思える力、処理可能感とも大いに関連します。

高橋さんのケースは、まさにそれに該当します。勉強を人一倍がんばったことで成果(志望校に合格する、よい成績をとる、親や教師から信頼されるなど)を得て、処理可能感の「知力」は高まっても、それがダイレクトに「自信」につながるのは、学業成績で評価される時期までかもしれません。

社会に出て以降は、学業成績以外のさまざまな物差しで測られることが多くなり、一人だけでがんばっても限界がきてしまいます。そうなれば、当然のことながら、「なんとかなる」と思える力が弱まったり、「なんとかできるだろう」という範囲が狭まったりします。

“心の安全基地”を持てるかどうか

その一方で、吉田さんのような周囲からかわいがられるタイプが早く出世したりします。吉田さんは、「なんとかなる」の根拠となる人脈(仲間)をもっているからです。

例えば、上司が大きなプロジェクトを高橋さんと吉田さんのどちらかに割り振るときは、まわりの人たちとうまく関係づくりができる吉田さんを選ぶのではないでしょうか。大きなプロジェクトの成功には、たくさんの人の協力が必要だからです。

吉田さんのような「人脈」という資源を活用する力のある人は、人に助けてもらったり、あるいは仕事を教えてもらったりすることで知力がつき、いろんな場面に引き出してもらうことで経験が増えることからも、処理可能感が高くなります。

吉田さんは、人脈や経験という資源を基にした「なんとかなる」と思える力が強いと言えます。高橋さんのように「人と距離を置いてしまうタイプ」は、吉田さんとは反対に上司から仕事をまかされない傾向にあるかもしれません。

このような状況が続くと、高橋さんはプロジェクトだけでなく良質な人生経験を得るチャンスを逃し続け、処理可能感を高めるきっかけをつかめないことになります。


人を頼るのが苦手な人でも、小さなことから始めれば成功体験を積んでいける(イラスト:kikiiクリモト)

高橋さんのように、子ども時代に親と親密な人間関係をつくれなかった人は、成長過程において心理的に安全な場所(家庭)がなかったと言います。つまり「安全基地」と言われるものをもたなかったのです。

成長過程で親との間に安全基地をもてなかった人は、大人になったときに“心の安全基地”のつくり方がわからなかったりします。

大人になってからの安全基地は、自分にとってだけ安全で居心地がいいのではなく、お互いが共感し合う良質なコミュニケーションをとっていく場所です。

「安全基地」と言えるほどの人間関係を築くのはとても難しいことですが、一人でも二人でも自分が話しやすそうな人、自分とお互いに良質なコミュニケーションがとれそうな人を探してみることは大切です。職場で安全基地のような存在の人がつくれると、高橋さんの状況も変わっていくのではないでしょうか。

「誰かに頼る」「助けてもらう」

また、高橋さんのような、どこかで自分を信じる力が弱いタイプは、未来に対してネガティブなイメージをもつことがあり、なかなか行動に移せないことがあります。

「自分の足と頭を頼りに販路を拡大してきた」のに、高橋さんは満足のいく結果を得られていません。一方で、苦労をせずに上司や先輩から取引先を紹介してもらって実績を上げている吉田さんのような行動をとることは避けています。


「誰かに頼る」「助けてもらう」という行動を避けていてうまくいかないときは、深く考えずに吉田さんのような行動をとってみることも必要です。

高橋さんの場合、「上司に『いろいろ勉強させてください』と言って教えてもらう」「先輩に『こういうときどうしたらいいですか?』と聞いてみる」などの、今までとらなかった行動をとってみるといいかもしれません。

行動してみた結果、うまくいかないことももちろんあると思います。ですが、何度か行動を積み重ねるうちに、必ず「教えてもらってうまくいった」「助けてもらってうまくいった」という成功体験も積むことができます。

こうした経験を重ねることで、「人脈」からくる処理可能感が育まれていくのではないでしょうか。

(舟木 彩乃 : ストレスマネジメント専門家)