サンクト・ペテルブルクのマクドナルド。ウクライナ侵攻により撤退が決まった。(2011年9月)     (Photo:@Alt Invest Com) 

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 ウラジミール・プーチンがロシアのメディアで、スカイダイビングをしたり、深海に潜ったり、鍛えられた筋肉を見せつけるなど、ハリウッド映画のヒーローのように演出されていることはよく知られている。

 10年以上前のことなので詳細は覚えていないのだが、たまたま見たBSのドキュメンタリーでロシアのテレビ局を取材していて、日本人ディレクターの「なぜ大統領をこんなふうに演出するのか?」との質問に、編集幹部が「先進国のひとには理解できないでしょうが、ロシア国民は愚かなので、このようにしないと社会が安定しないのです」と答えていて驚いたことがある。

 ピーター・ポマランツェフはロシア(ウクライナ)系イギリス人で、2006年から10年までモスクワのテレビ局でリアリティ・ショー(ドキュメンタリー)の制作に携わった。そのときの体験を書いたのが“Nothing is True and Everything is Possible(どこにも真実はなく、すべては可能)”で、14年に出版されると英米で大きな反響を呼んだ。日本では18年に『プーチンのユートピア 21世紀ロシアとプロパガンダ』(翻訳:池田年穂/慶応義塾大学出版会)として翻訳されている。

 ピーターは1977年にソ連時代のキエフ(現在のウクライナのキーウ)のユダヤ人家庭に生まれ、反体制派作家だった父親の亡命にともない78年に西独に出国、80年にイギリスに渡った。91年にソ連が崩壊すると、ロシア語を活かして大学卒業後の2001年からモスクワに滞在し、メディアの仕事をするようになる。

 ゼロ年代はじめのロシアでは「先進国イギリスの帰国子女」はある種の特権層で、テレビ制作会社の下っ端であるにもかかわらず、ピーターは政治家、企業人、新興財閥(オリガルヒ)からギャング、高級娼婦までさまざまなひとたちと知り合うことができた。本書には、そんな彼ら/彼女たちの生態が軽妙な筆致で描かれている。

 ロシアでは「ピートル」と呼ばれていた彼は、現在のロシアを「ポストモダンの独裁政」だと述べている。これは、歴史家ティモシー・スナイダーの主張と同じだ。

[参考記事]
●ウクライナ侵攻の背景にあるプーチンの「ロシア・ファシズム」思想。ロシアは巨大な「カルト国家」だった

「ロシアの女性が成功する唯一の方法は富裕層の男(オリガルヒ)の愛人になり、あわよくば妻の座に収まることだ」

 ロシアの書店には、「億万長者をしとめる方法を若い女性たちに伝授する自己啓発本」がずらりと並んでいる。なぜならロシアでは、女性が成功する唯一の方法は富裕層の男(オリガルヒ)の愛人になり、あわよくば妻の座に収まることだからだ。そんな女たちは「ゴールドディガー(金鉱掘り)」と呼ばれている――という話からピーターは本書を始める。

 日本でも同じように考えている女性はいるだろうが、ロシアの特徴は、先進諸国では「言ってはいけない」とされている話題が公然と認められていることだ。

 ロシアのテレビ界では、女性から仲介料を受け取り、金持ちの男を紹介する「マッチメーカー(ぽん引きは違法なのでこう自称する)」の男がセレブ扱いされている。10代のゲイの青年たちを使って、モスクワの鉄道駅で、「何でもよいから新しい人生を見つけようとやってきた脚の長いしなやかな身体つきの若い女」に片っ端から声をかけるのだという。

 ピーターがテレビのドキュメンタリー番組のために取材した「ゴールドディガー・アカデミー」は、大金持ちのパトロン(シュガーダディー)を見つけるための専門学校のひとつだ。同様の学校はモスクワやサンクト・ペテルブルクに数十校あり、「ゲイシャ・スクール」とか「How to Be a Real Woman(本物の女になる方法)」などの校名がつけられている。生徒たちは毎週1000ドル(約12万円)の受講料を払い、「高級住宅街に出かけなさい。地図を片手に持って、道に迷っているふりをしなさい。お金持ちの男性が近づいてきて、どうしたのと言ってくれるかもしれませんよ」というような講義を、丁寧な字でノートに取っている。

 この高額の学費からわかるように、アカデミーの生徒はすでになんらかの成功を収めた若い女性たちだ。ピーターが取材した東ウクライナのドンバス地方出身のオリオナは、20歳のときにほとんど無一文でモスクワに出てきて、カジノでストリッパーとして働きはじめた。踊りがうまかったためスポンサー(シュガーダディー)に見初められ、アパートの家賃、月4000ドル(約48万円)の生活費、自動車、トルコかエジプトで過ごす年2回それぞれ1週間のバケーションをあてがわれている。

 22歳になったオリオナは、ゴールドディガー予備軍の18歳の女の子が列をなしているため、スポンサーが自分と別れるつもりではないかと心配している。そこで監視の目を逃れつつ、アカデミーに通ってスキルを磨き、「若い女性を探すスポンサーと、スポンサーを探す若い女性のためだけに設計された」クラブやレストランで“パパ活”しているのだ。ちなみに、スポンサーはつねに愛人たちの浮気を警戒していて、オリオナの場合、ボディガードが買い物のふりをしてふらっと現われるだけだが、カメラで監視されたり、私立探偵に尾行されたりする女の子もいるという。

 オリオナたちが探すスポンサーは、『フォーブス』誌の世界長者番付に名前が載っていそうなことから「フォーブス」と呼ばれている。それに対して女の子たちは、「仔牛(チョーロク)」だ。1人の「フォーブス」に対して何十、何百という「仔牛」がいるから、競争はきわめてきびしい。

 ナイトクラブは、中央にダンスフロアがあり、壁に沿って「開廊(ロッジア)」が設けられている。フォーブスたちは暗くしたロッジアに陣取り、数百人の女たちは下のフロアで踊りながら、上に呼ばれることを期待する。

 ロッジアに招かれると、女の子たちは数百ドルでフォーブスにフェラチオをする。これはお金のためではなく、自分の顔を覚えてもらうためだ。だがオリオナは、こんな売春婦のようなことをしていては逆効果だという。フォーブスはセックスをタダ同然で提供する女の子たちに囲まれているのだから、その要求をまずはきっぱり断らなければ興味をもってもらえないのだ。

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