ミニブタ2頭を検査せず処分。展示・観賞用のミニブタが安楽死させられた「ぎふ清流里山公園」の豚舎。2018年12月、岐阜県美濃加茂市(写真:共同通信社)

いつもあの動物公園にいたかわいい2匹の豚さんが、突然いなくなった――。そんなことが岐阜県美濃加茂市で起きたのは、2018年11月27日のことでした。地元の子どもたちにかわいがられていたミニブタの「とん吉」と「とん平」が殺処分されたことを報道を通じて知った人も多いでしょう。「豚コレラ(とんこれら)」という聞きなれない動物感染症を、動物コラムニストの視点から解説いたします。

東海地域で発生した「豚コレラ」

まず、「豚コレラ」が発生した経緯から振り返りましょう。

岐阜県で26年ぶりに発生した1例目は、2018年9月9日に国によって陽性と判定されました。このときは確定の陽性判定が出てから24時間以内に殺処分、72時間以内に埋却措置や汚染物品の消毒・処理といった措置を行うことが豚コレラの防疫措置のスケジュールとして決められました。

同時に移動制限区域(半径3km)と搬出制限区域(半径10km)に消毒ポイントを設け、搬出制限区域については防疫措置完了後18日間、移動制限区域については防疫措置完了後28日間、ポイントが設置されました。

これで終息となればよかったのですが、岐阜県ではその後も相次いで豚コレラが発生。9月14日には死亡していた野生イノシシから陽性反応、11月16日には岐阜市畜産センター公園で飼養していた豚2頭から陽性反応が出ました。最初に述べた「とん吉」と「とん平」が殺処分されたのは、この事例が発生した直後となります。

その後、12月5日には岐阜県畜産研究所で、12月10日には関市にあるイノシシ飼育施設で、12月15日には可児市の岐阜県農業大学校、12月25日には関市の農場で2頭の陽性反応が出ました。また、12月22日には愛知県犬山市で捕獲された野生イノシシからも陽性反応が出ています。2019年1月22日現在でも岐阜県で発生した事例では移動制限区域が廃止されていないものもあるため、予断を許さない状況となっています。(参照:「農林水産省HP 豚コレラについて」)

豚コレラは、豚およびイノシシだけがかかる「豚コレラウイルス」を原因とする疾病で、人間には感染しません。

ですが、感染力や畜産業への被害の大きさと蔓延防止の観点から家畜伝染病予防法で「法定伝染病」の1つに指定されています。日本は2007年に清浄化の認定を受けましたが、今回新たに豚コレラの事例が発生してしまいました。世界ではアジアや南米を中心に多くの国で発生しており、島国である日本の水際での防疫措置が非常に重要である病気の1つです。

豚コレラウイルスは、強い感染力が特徴で、感染動物との直接的な接触や鼻汁・排泄物の飛沫・それらの付着物への間接的な接触によって感染します。たとえば、豚コレラに感染した豚の排泄物が微量に含まれた土を別の農場に持ち込んでしまったり、感染豚に触れて鼻汁が袖口などについたまま別の豚に触れてしまったりしたときに感染が成立してしまうのです。

感染した豚やイノシシは、41度以上の高熱と食欲不振、うずくまりといった行動を見せるようになります。急性の豚コレラの場合は運動失調、下半身のマヒ、下腹部や尾に紫斑が見られて数日から2週間で死亡します。慢性の場合は一度回復しますが、再度高熱と食欲不振の症状を呈し、最終的にはやせ衰えて1カ月〜数カ月で死亡します。

このように、かかってしまった豚は死亡してしまうことがほとんどであるうえに、感染力が強いためほかの近隣農場にも伝播してしまいます。発生して蔓延してしまうと畜産業に大きな打撃を与えてしまうため、日本での豚コレラの基本は侵入防止と早期発見・早期摘発が最重要となっているのです。

家畜伝染病が蔓延してしまって日本から豚が消えていく――。仮にそんなことが起きてしまえば、日本産の豚肉の値段は高騰し、気軽に「とんかつ」や「焼肉」を食べられなくなってしまうこともありうる話なのです。

意外と身近な家畜の感染症

家畜の感染症は人間の感染症と異なり、「自分事」になかなか感じにくいかもしれません。

家畜の感染症といえば、記憶に新しいのが2010年3月頃に宮崎県で発生した「口蹄疫(こうていえき)」。2010年7月4日の終息確認まで、29万7808頭の家畜が殺処分されました。その時の損失は1400億円に上り、宮崎の畜産業が大きな打撃を受けたことをご存じでしょう。

畜産大国でもある宮崎での口蹄疫の発生は、経済的にも大きな被害を発生させてしまいました。このように、私たちの安定的な食生活や、畜産業そのものを維持するためにも、家畜の感染症の予防や早期摘発は非常に重要なのです。

今回、東海地域で発生した豚コレラとは異なり、動物の感染症の中には人間にも感染するものが多くあります。たとえば鳥インフルエンザや狂犬病、エキノコックス症などが挙げられます。

これらは人獣共通感染症と呼ばれ、現在医学・獣医学領域において多くの研究が進められている分野でもあります。中にはワクチンや治療法がないものもあるため、いかにして人間社会にこれらの病原体を持ち込ませないかの対策が非常に重要です。

「とん吉」と「とん平」が殺処分された理由は?

最初の話に戻りましょう。今回東海地域で拡大を見せた豚コレラ。「とん吉」と「とん平」が殺処分されてしまったのは、2例目の事例が発生してからです。とん吉・とん平が飼育されていた「ぎふ清流里山公園」は、2例目の農場からは直線距離にして15km以上離れています。

近隣の地域の野生イノシシから陽性反応が出ていた時期でもあるうえ、イノシシの行動範囲は数キロメートル四方に及ぶこともあります。そのため、公園職員は行動範囲を考え、「もし陽性個体のイノシシが侵入してきて、そこから感染してしまったら……」と考えたのでしょう。

しかし、豚コレラを法定伝染病として指定している家畜伝染病予防法や防疫指針では、基本的には患畜(家畜伝染病にかかっている家畜)および疑似患畜(患畜となるおそれがある家畜)のみが殺処分の対象となっています。

【2019年1月23日18時20分追記】記事初出時、家畜伝染病予防法や防疫指針における説明が不足していましたので上記のように修正しました。

さらに、口蹄疫の際でも農林水産大臣による地域の指定や家畜の指定が必要です。今回は職員のみで殺処分を判断したと考えられ、法律上の手続きにはのっとっていないのではないでしょうか。

また、殺処分する前に、現在豚コレラが発生した際に周辺の農場で実施しているような野生イノシシの侵入防護柵の設置や家畜の移動の禁止といった処置を自主的にまずは取るべきであり、とん吉やとん平と来園者との触れ合いを「豚コレラが周辺地域で発生しているため、しばらく触れ合いはお休みです」と掲示して中止し、来場者の手足や乗用車への消毒を実施すればよかったのではないでしょうか。

殺処分はすぐに取る手段ではありません。何もできないときの「最終手段」です。まずは考え、対策を練ることで1つでも多くの命が救えると思います。もう、とん吉・とん平は帰ってきません。

この件から、家畜感染症に対する対応は殺処分がすべてではないことを学び、スピーディーにまずできる対策を行って侵入・拡大防止策を実施することが、わたしたち人間の使命ではないでしょうか。