自民・木原誠二氏妻の元夫(28)が“不審死”…「俺が死んだら迷宮入りですから」怪死現場を知るキーマンが重大証言《木原事件に新展開》
蝉時雨が降り注ぐ7月29日午後、その男性は、緑豊かな区立公園に隣接する住宅街を訪れた。
【画像】 木原誠二氏の妻の元夫…28歳で亡くなった、安田種雄さん
「あの時と変わってないな」と呟き、今は家主が替わった2階建ての古びた一軒家を見上げる。この地を最後に訪れてから20年の歳月が流れていた。
「真相を知る当事者は俺しかいない」
「冥福を祈りたい」
そう言うと、住宅に向かって20秒間手を合わせ、深く一礼するのだった。
「種雄の事件は墓場まで持っていこうと決めていました。そのため、今まで文春やテレビ局の記者が訪ねてきても、お断りしてきたのです。
今回、取材を受けることを決断した理由の1つは、事件から20年の節目を迎えたことです。俺も歳を取りました。いつか人間は死ぬ。事件をこのまま闇に葬っていいのか。そんな思いが募ってきたのです。ご遺族はいまだに苦しみ、納骨すらできていないと聞きました。真相を知る当事者は俺しかいない。俺が死んだら迷宮入りですから」
深く息を吸い込むと、一気に話し始める。
「法治国家において、事件の捜査が1人の政治家の権力に影響を受けることがあってはいけないでしょう。俺ができるのは、自分が見聞きしたすべてを語ること。あの夜に体験した出来事を正直にお話ししたい」
そう語ると、自らの右肩に入ったタトゥーに目を落とす。そこには、かつての盟友に対する哀惜の念が刻まれていた。
〈Rest in peace For Taneo(種雄よ、安らかに眠れ)〉
「週刊文春」がいわゆる「木原事件」を初めて報じたのは、今から約3年前の2023年7月6日発売号だ。
〈岸田最側近 木原副長官衝撃音声「俺がいないと妻がすぐ連行される」〉と題した記事は、自民党の木原誠二官房副長官(当時)の妻・X子さんが、元夫の不審死を巡り、重要参考人として事情聴取を受けたことを明らかにしたものだ。

木原誠二氏 ©時事通信社
木原氏の政治権力が、妻であるX子さんの捜査に影響を与えたのではないか――。
計16回にのぼった「木原事件」を巡る連載記事における、「週刊文春」の一貫した問題意識である。
不審死した元夫
不審死した元夫とは、安田種雄さん(享年28)。雑誌のモデルとしても活躍していた2人は、02年5月に結婚し、2人の子宝にも恵まれた。ところがその後、夫婦関係が悪化。4年後の06年春先には、X子さんは離婚を求めるようになったが、種雄さんは首を縦に振らなかったという。
事件が発覚したのは、同年4月10日未明だった。深夜3時過ぎ、種雄さんの父が息子夫婦の住む一軒家を訪れたところ、2階で仰向けに倒れている種雄さんを発見。傍らには細長いナイフが置かれていた。
自宅の中にはX子さんがいたものの、「自殺の可能性が高い」とされ、捜査は一旦終結に向かった。ところが12年後の18年4月、事態は急展開を迎える。捜査資料を分析した警視庁大塚警察署の女性刑事らが、ナイフへの血の付き方などに着目。自殺にしては不自然だと指摘したのだ。
同年10月9日、捜査一課はX子さんの実家を家宅捜索。だが、取り調べを受けたX子さんは事件への関与を否認し、「わからない」「記憶にない」といった供述を繰り返した。
捜査員はX子さんとその後結婚していた木原氏とも“面会”したものの、10月下旬になると、X子さんへの聴取は突然幕を閉じた。
捜査関係者たちの無念
「週刊文春」は3年前、実際に捜査を手掛けた20人を超える捜査関係者を取材。彼らの多くはこう無念の思いを吐露していた。
「自民党議員の家族ということで捜査のハードルは上がり、より慎重になった」
ある捜査員は、「旦那が国会議員じゃなかったら、絶対逮捕くらいできるよな」と話し、臍(ほぞ)を噛んだ。
前述した第1弾記事で紹介したのは、木原氏の愛人A子さんの核心証言だ。木原氏はX子さんと家庭を営む一方、A子さんとの間にも子供をもうけていた。
木原氏から種雄さんの不審死を巡るX子さんの関与を聞かされたA子さんは、知人にこう明かしていた。
「家宅捜索が入ったって言っていました。全部、家と実家に」「『俺がいなくなったらすぐ連行される』って言ってました」「『離婚したら、奥さんがまた連行される可能性がある』っていう話になり」「『連行させればいいじゃん』って言ったら『子供もいるし、どうすんだ』みたいな話になって」
X子さんの取調官が実名告発
第4弾では、X子さんの取調官を務めた警視庁捜査一課の佐藤誠元警部補が実名で告白。同年7月13日、当時の露木康浩警察庁長官が会見で「証拠上、事件性が認められないと警視庁が明らかにしている」と発言したことに反論した。
「はっきり言うが、これは殺人事件だよ。当時から我々はホシ(犯人)を挙げるために全力で捜査に当たってきた。ところが、志半ばで中断させられたんだよ」
事件はまだ決着していない
18年10月の取り調べでは、X子さんは聴取を終えると、警視庁本部庁舎からタクシーに乗って帰宅し、そこに木原氏が同乗することもあった。捜査員がドライブレコーダーを回収して分析すると、驚くべき発言が収められていたという。
「俺が手を回しておいたから心配すんな。刑事の話には乗るなよ」
佐藤氏が振り返る。
「『国会が始まれば捜査なんて終わる。刑事の問いかけには黙っておけ』と指示を出していたんだ」
一連の報道を受け、23年10月、種雄さんの遺族らは被疑者不詳で殺人罪の告訴状を警視庁大塚署に提出。1週間後に受理されたが、大塚署はわずか50日あまりで、「事件性は認められない」とする捜査結果を東京地検に送付。現在、事件の行方は検察の手に委ねられている。
つまり、事件はいまだ“決着”していないのだ。
そして――。
今年3月、「木原事件」に新たな展開があった。
遺族がX子さんに約1億円の損害賠償を求める民事訴訟を提起。X子さんも代理人弁護士を立てて、係争が始まったのだ。
種雄さんの父・南永(なんえい)さんが心境を明かす。
「刑事告訴した後も、警察庁からは何の説明もなく、『事件性は認められない』と繰り返すばかりでした。文春の記事が出た後、私たちは解剖医が書いた死体検案書など新たな証拠も出しました。それでも、一向に捜査は進みませんでした。私たち遺族が抱く唯一の願いは、種雄がなぜ死んだのか。その真実を明らかにすることです」
事件の真相を知る最大のキーマンこそが、冒頭で登場した男性、Y氏だ。事件当時、Y氏はX子さんと親密な間柄にあり、種雄さんが亡くなった直後、“怪死現場”に駆け付けていたのだ。
再捜査が行われていた18年当時、警視庁捜査一課の刑事らは宮崎刑務所に収監中のY氏と何度も面会を重ねた。そして、ある重要な自白を引き出していた。
だが、その後は固く口を閉ざし、メディアの取材には応じなかった。そんなY氏が7月下旬、20時間以上にわたって「週刊文春」のインタビューに答えたのだ。
《この続きでは、Y氏の重大証言を詳しく報じている。13000字超えの記事全文は「週刊文春 電子版」および8月6日発売の「週刊文春」で読むことができる》
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2026年8月13日・20日号)
