藤野千夜の自伝的小説『編集ども集まれ!』の前日譚『漫研ども集まれ!』。性自認の揺らぎを描く青春小説【書評】

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夏は四季の中で一番、青春を思い出しやすい季節だと思う。夜空にパッと咲き、限りある眩しさを魅せる花火に、過ぎ去った青春時代を重ね合わせるからだろうか。中高生男子たちの青春を描いた『漫研ども集まれ!』(双葉社)は、この季節におすすめしたい青春小説だ。
本作は、『編集ども集まれ!』(藤野千夜/双葉社)の前日譚である。同作は著者の編集者時代を描いた自伝的小説。主人公の小笹一夫は、神保町の出版社に入社。個性豊かな同僚や作家と交流を深めながら大好きな漫画制作に携わり、編集者としての腕を磨いていくが、その裏では自らの性自認に葛藤していた。
同作は、活気ある1980年代の漫画業界にワクワクできると同時に、自分が納得できる性別を貫く小笹の姿が心に刺さる一冊である。
本作は『編集ども集まれ!』の中で少し触れられていた漫画研究部時代の夏合宿を描いた作品だ。舞台が違うため、本作から読み始めてもすんなりとストーリーに入り込める。
中高一貫の男子校に通う「わたし」は、漫画好きだったことから漫画研究部に入部。高1の頃、部活の夏合宿として山に登り、バンガローで1週間を過ごすことになった。
この夏合宿は、とてもユニーク。部員たちで話し合って慎重に選んだ100冊の漫画をバンガローで読み、意見を交わし合うことが目的だからだ。
だが、「わたし」にはもうひとつ、心弾む目的があった。合宿出発前、バッグに「合宿で、ぜったい一緒に寝ようね」という意味深なメモが入っていたからだ。一体、どのタイミングで入れたのだろう――。そんな疑問を抱きつつ、「わたし」は差し出し人である「おにいさま」が誰なのかと胸を高鳴らせる。
一番怪しくない人を最初に疑え。大好きな「金田一耕助」シリーズから学んだその教えを参考にしながら、「わたし」は「おにいさま」の正体を推理。引率者の顧問が「おにいさま」である可能性も捨てきれない「わたし」のときめきは、甘酸っぱくてかわいい。学生時代の自分にも、こういうピュアさがあったなと在りし日の記憶が呼び起こされる。
水道や電気が通っていないバンガローでの1週間は、まさに青春だ。ランタンの灯の下で漫画を読んだり、肝試しを楽しんだりするなど、「わたし」の夏合宿は、大人の目に眩しく映る。
そうした青春に触れると、読み手の中から“あの頃の自分”がひょっこり顔を出す。友達と教師の口癖を真似して笑った日や好きなことにとことん熱中していた自分の姿などが一気に蘇ってきて、なんとも言えない気持ちになる。もう二度と戻れない、青春時代。その価値が分かることこそ、大人になった証拠なのかもしれない。
なお、本作でも自身の性自認に葛藤する主人公の姿が印象的だ。部員たちとちょっとしたゲームをした際、「わたし」は罰ゲームで先輩から胸をつつかれて、思わず、「いや」と大声を上げてしゃがみこんでしまう。その時「わたし」はマニキュアを塗って友人から引かれてしまった小学生時代の記憶を思い出し、不安に駆られる。
だが、穏やかな口調で場を仕切り直してくれたり、優しい無関心を見せてくれたりする部員がおり、心救われるのだ。ジェンダーへの理解が乏しかった時代でも、絶妙な距離感で「わたし」に接する部員の姿は他者を気遣うことの本質を教えてくれる。
作中には、合宿中にごく自然に同性の恋人を作る部員の恋愛模様や、男子が恋愛の対象であることをカミングアウトする部員の姿も描かれている。そうした描写からも人が自分らしく生き、誰かを愛することの尊さを感じ取ってほしい。
漫研らしく、さまざまな名作漫画が熱量高めに紹介されてもいる本作は、知らない作品を手に取るきっかけも授けてくれる。ぜひ、「わたし」に対する部員たちの態度から「おにいさま」の正体を推理しながら、限りある時のきらめきを閉じ込めた本作を堪能してほしい。
文=古川諭香
