《在宅勤務は“サボり”なのか》GMOが週1リモートを廃止、さくらインターネットは継続…タイピング数で生産性は測れる?

写真拡大

IT大手のGMOインターネットグループは7月13日付で、これまでグループとして推奨してきた週1日の在宅勤務を廃止した。熊谷正寿代表は、在宅勤務中のPCタイピング数などの社内データを踏まえ、「トータルで在宅勤務はマイナス」と判断したと説明している。

【画像】在宅勤務の最大のメリットのひとつとGMOに先がけて週5日出社を義務づけたメガ企業

 

一方、同じくサーバーやクラウドなどのインターネットインフラ事業を手がける、さくらインターネットの田中邦裕社長は、自身のXで「あくまでもフルリモートは廃止しません」と表明した。一部の事業領域で競合するIT企業が正反対の方針を示したことで、在宅勤務の是非をめぐる議論が再び注目を集めている。

タイピング数の低下で本当に生産性は下がっているのか?

在宅勤務の是非については、3つの要素に切り分けて考える必要がある。

1つ目は生産効率の向上。2つ目が従業員のエンゲージメントの維持・向上。3つ目がイノベーションの創出だ。この論争は3つの視点が混在すると噛み合わなくなるため、整理する必要があるのだ。

生産効率については、GMOの熊谷正寿代表のXにて「在宅で生産性が上がる方もいる。否定しない」とするいっぽう、「データ上時間当りのPCタイピング数は確実に減少。トータルで在宅勤務はマイナス」とコメントした。

経営者や管理職からこうした意見が出てくる背景には、在宅勤務が“サボり”の温床になっているとの疑念が払しょくできないことがあるのではないだろうか。実際、業務管理システムを提供するSMBの「リモートワークの実態」調査では、在宅勤務経験がある従業員の約8割はサボった経験があるとの回答が出ている。

大手ECサイトを見ると、自動でマウスを動かして仕事をするふりを続けるツールまでもが販売されている有様だ。

しかし、生成AIの浸透によって手を動かす時間や数が少なくなっているという時代の変化もある。熊谷氏はタイピングの数が減ったと主張するが、熊谷氏自身が生成AIを使って2か月で10万行のコードを書いてアプリを作ったことが話題になった。

皮肉にも、キーボードはほぼ使わず、ほとんどを音声入力で仕上げたのだという。タイピング数の減少は、必ずしも生産性の低下を意味しないことを自ら体現した形とも言える。

経営者や管理職が手を動かす指標に気を取られてしまうと、AIによって徹底的に業務効率を上げている優秀な従業員を正当に評価できなくなる恐れもある。

生産性に関しては、ニッセイ基礎研究所が第三者の視点で調査を行なっており、在宅勤務による優位性には否定的なデータが出ている(「通勤時間で異なる在宅勤務頻度と在宅勤務の生産性評価の関連」)。在宅勤務の頻度と生産性の高さを調査したもので、毎日在宅勤務している人が生産性向上を実感している割合は36%。月1~週1日在宅勤務の人が33%だ。明確な差は表れていない。つまり、在宅勤務を廃止しても生産性は大きく変化しない可能性が高い。

在宅勤務の廃止でエンゲージが下がる懸念も

ただし、在宅勤務廃止で悲鳴を上げる現場社員は少なくない。

都内でローカルビジネスのWeb集客支援などを手がける会社の営業担当者は、出社によって「無駄な会議が増えて顧客に提案する内容を練り込む時間が減った」と嘆く。「Slackなどビジネスプラットフォームでやりとりすれば10分で済むような内容を、わざわざ出社して1時間の会議で話し合う必要があるのか」というのだ。

こうした声は現場で働く多くの人から頻繁に聞かれるものだ。

現場社員が望む働き方と、完全出社とのギャップは働くモチベーションに大きく影響する。これが2つ目の従業員のエンゲージメントの維持・向上につながるものだ。

厚生労働省は、人材サービスのパーソルホールディングスがテレワークを積極的に取り入れたことで離職率を5.8%低下させた事例を紹介している。エンゲージメントサーベイの結果では、社員の仕事、働き方の自己選択実感はテレワーク導入前の2020年に比べて18%向上したという。

日本は共働きが一般化しており、子育てをしながら仕事をする人も多い。また、コロナ禍で在宅勤務が進んだことにより、遠方への移住を決意した人もいる。価値観や働き方が変化する中で、一方的に在宅勤務を廃止すると反発を受ける可能性がある。従業員のエンゲージメントが下がりやすくなるのだ。

この在宅勤務廃止によるエンゲージメントの振れ幅については、企業のブランド力に帰結することになりそうだ。

ブランド力や待遇、仕事内容への魅力が高い企業であれば、在宅勤務を廃止しても大きな影響は出ないだろう。しかし、ブランド力の弱い会社で待遇が悪く、データ入力のような単調な作業が多い会社が在宅勤務廃止に動けば、離職率を高めることになりかねない。

在宅か出社かで悩む経営者は、足元のエンゲージメントを確認する必要がありそうだ。

画面越しに良質なアイデアは出てこないという事実

3つ目がイノベーションの創出だ。

都内の大手広告代理店で働く40代の管理職は「個人としては在宅勤務OKはありがたい」としつつも、「部内の人材育成においては在宅勤務はデメリットしかない」と言い切る。組織と人材の成長にとって対面によるコミュニケーションは必須のものなのだ。結果としてコミュニケーションは、新たなアイデアや競争力の強い商品・サービスを生み出す原動力となる。

2022年に「Nature」に掲載された論文では、リモートワークが独創的なアイデアの創出を阻害することが示されている。各国の様々な企業の従業員に対して2人1組で新しい商品用途などを考えさせたところ、ビデオ会議のペアは、対面のペアより創造的なアイデアの生成数が少ないという結果が出たのだ。

ビデオ会議は対話者を画面に集中させることで認知を狭めてしまい、アイデアの創出が妨げられることが示唆されたという。

Amazonが原則週5日出社へ移行するに際し、アンディ・ジャシーCEOは「発明し、協力し、互いに十分なつながりを持つことができるようにする」とコメントした。

GMOの熊谷氏もXにて「人類最大の産業革命の真っ只中」「負ける要素は排除する」と記した。イノベーションを起こして競争力を高めようとしているようにも受け取れる。在宅勤務を廃止してイノベーション創出の加速に期待している経営者は少なくない。

経営者や管理職は在宅勤務の廃止により、会議などの時間を多く設けがちである。その際に気をつけるべきポイントは、生産性を下げない配慮をすること、そしてイノベーションを創出するにあたっての従業員の役割を明確にすることにありそうだ。

出社か在宅かという二項対立ではなく、「生産性」「エンゲージメント」「イノベーション」の3つをどう両立させるか。その視点を欠いたまま、流行に合わせて制度だけを変更することが、企業にとって最も大きなリスクと言えるのではないだろうか。

取材・文/不破聡