フリーアナウンサー・神田愛花『16年越しの襟裳岬』
襟裳岬の天候
’10年12月31日、21時15分頃。東京・渋谷のNHKホールは、第61回NHK紅白歌合戦の真っ最中だった。天童よしみさんの熱唱が終わり、客席は割れんばかりの拍手。次は前半のトリ、森進一さんの登場だ。
私は2階の最前列に設けられたラジオ実況席から腰を屈めて立ち上がり、ゆっくりと階段を登って外に出ると、″札幌管区気象台″に電話をかけた。
すぐに担当者が出た。「先ほどお電話致しました、NHKアナウンス室の神田愛花と申します。現在の襟裳(えりも)岬の天候を教えてください」。紅白が始まる前に、必ずこの時間に電話をすると伝えておいたのだ。一言一句正確にふせんに書き留め、電話を切った。扉の向こうからは森さんの歌声が。(始まってる!)と焦り、足早に実況席に戻った。
白組担当の先輩アナウンサーが、歌唱中の森さんの表情や仕草を真剣な眼差しで観察していた。手元には小さなライトで照らし出された紅白歌合戦のぶ厚い台本。私は開かれたページの″(間奏)″と書かれた箇所に横から手を伸ばし、先ほどのふせんをペタッ! と貼り付けた。先輩アナに(例の情報です)とアイコンタクトで伝えると、先輩は頷きふせんに視線を落とした。
自席に戻りヘッドホンを装着すると、ほどなくして間奏に。先輩アナの、「今夜の襟裳岬は氷点下。強い風に、雪が舞っているといいます」という実況が聞こえた。
森進一さんの昭和を代表する名曲『襟裳岬』。大晦日も仕事をしているトラックの運転手さんやお蕎麦屋さん、家族の元に帰ろうと移動中のお父さんや学生さんなど、紅白歌合戦をラジオで聴いている方は想像以上に多い。
聴覚だけで臨場感を伝えるべく、『襟裳岬』では、その時のリアルな現地の様子をコメントにして伝えようとなった。時間にしたらたった数秒の些細なコメント。だがこのコメントがあるのとないのとでは、聴取者への森さんの歌声の届き方が違うはず。任務へのプレッシャーとやり遂げた安堵感で、『襟裳岬』は私にとって特別な曲になった。
あの夜から16年。先日、襟裳岬に行って来た。帯広空港から車で2時間弱。途中から左は一面海、右は岩山の断崖絶壁の道路になった。この日は曇り空で、風はほぼ吹いていなかった。なのに海には大きな白波が立っていた。所々に海難事故などを追悼する碑があることで、とても過酷な地であることがうかがえた。
印象的だったのは濃い海霧(かいむ)だ。海から伸びてきて道路を覆い、崖に纏わりつきながら絶壁を這い上がって発生していた。襟裳岬はその先なので、霧の中へ車が入っていく。あの世に吸い込まれていくような感覚になり、思わず「私、帰ってこられるのかな……」と言葉が出た。
データには表れない過酷さ
そして襟裳岬展望台に到着。海霧の中にうっすらと、太平洋に向かって鋭く突き出す荒削りな岬が見えた。その尾根には遊歩道が伸び、突先まで歩けるようになっていた。骨伝導イヤホンで『襟裳岬』を聴きながら、歩き始めた。道中にはワカメを干すための小さな小屋があるだけ。襟裳の春には何もない。『襟裳岬』の歌詞が、身体に沁みていった。
一歩間違えたら断崖絶壁から落ちて、激しく打ちつける波に飲み込まれる。去年、観測史上1位となる最大瞬間風速49.1mを記録したこの地の冬は、どれだけ過酷なのか。
実際に来てわかった。大晦日に電話をしたあの夜はきっと、取材して得た数字から想像して作り出した先輩のコメント、「氷点下で強い風に雪が舞っている」どころではなかったはずだ。現実はきっと、「肌を切り裂くような寒さと風の中、荒波と雪が容赦なく打ちつけています」だったに違いない。
だがそもそもあの間奏で、そこまでリアルに大晦日の″襟裳岬の今″を伝える必要があるのか。歌詞を読み解くに、もうすぐ春を迎える襟裳岬を歌っている。あくまでもNHKホールの臨場感を言葉で伝えるのが、私たち実況アナウンサーの役目だ。
あの数秒のコメントの正誤と意味について、16年後に襟裳岬の突先で考えることになるとは思ってもいなかった。海霧の中、岩で砕かれる波音を聞きながら、アナウンサーとして発すべき言葉の意味やその重みについて、考えたのであった。
かんだ・あいか/1980年、神奈川県出身。学習院大学理学部数学科を卒業後、2003年、NHKにアナウンサーとして入局。2012年にNHKを退職し、フリーアナウンサーに。以降、バラエティ番組を中心に活躍し、現在、昼の帯番組『ぽかぽか』(フジテレビ系)にメインMCとしてレギュラー出演中
『FRIDAY』2026年7月17・24日合併号より
イラスト・文:神田愛花
