そのデザインに『らしさ』はありますか? フェラーリ・ルーチェ論争に思うこと【森口将之の『もびり亭』にようこそ 第21回】
フェラーリ・ルーチェのデザインが話題に
フェラーリ初のEV、ルーチェのエクステリアデザインが話題になっていますね。SNSの書き込みを見ると、ネガな意見のほうが多いような印象を受けます。
【画像】そのエクステリアデザインが話題に フェラーリ初のEV『ルーチェ』 全28枚
僕はまだ実車を見たことありませんが、日本で唯一の総合的なデザイン評価・推奨のしくみである、グッドデザイン賞の審査委員を10回以上務めていて、レイルウェイ・デザイナーズ・イブニング(RDE)という、鉄道デザインの未来を考える場『RDEフォーラム』を提供する活動グループの実行委員でもあります。

フェラーリ・ルーチェ フェラーリ
デザイナーではないけれど、デザインの評価をしたり、議論をしたりという経験はそれなりに積んでいるので、ルーチェのエクステリアデザインが話題になっている様子を見て、自分なりにちょっと考えてみました。
この連載でデザインについて語るのは2回目です。前回は2024年12月に取り上げていますが、そのときに僕は、乗り物のデザインは『機能』と『官能』の両輪で成り立っているということを書きました。
今回はちょっと見方を変えて、『土地』と『目的』という2つのキーワードを出すことにします。
キーワードは『土地』と『目的』
土地というのは、生まれた国や、走る地域のこと。目的とはもちろん、どんな人が乗り、どのように使われるかということになります。その乗り物が個性、つまり『らしさ』を表現するうえで重要な要素だと思っています。
トヨタ・カローラのようなクルマは、世界中で多くの人に向けて販売されるので、これらの『らしさ』は希薄ですが、販売台数や展開地域がそこまでではないと、お国柄や土地柄、目的や性格が形にはっきり出てくるものです。

ランチア・イプシロン 森口将之
クルマやバイクで言えば、やはりイタリアが目立っていると感じています。そもそもイタリアはデザイン大国。この国生まれであることは見てすぐにわかるし、どんな人に向けて送り出されたかも伝わってくるのはさすがです。
ここ1年ぐらいでいちばん記憶に残っているのは、ランチア・イプシロンです。プラットフォームはプジョー208と共通で、ブランド再生という重責もあったのに、まぎれもないランチア。
イタリア車らしい美意識と創造性にあふれているだけでなく、同じクラスのフィアットやアルファ・ロメオとまったく違う世界観が描かれていて、自分たちのブランドがどういう人に向けたものか、しっかり描き切っているところがさすがです。
スカンジナビアンデザインのモーターサイクル
イタリア以外でデザインが評価される土地としては、北欧もあります。
クルマで言えば、最近のボルボはどれもスタイリッシュで、さすがスカンジナビアンデザインだと感心していますが、ここではハスクバーナのモーターサイクルを取り上げます。

ハクスバーナ・スヴァルトピレン801 森口将之
ハスクバーナは芝刈り機やチェーンソーのメーカーとしても知られていますが、モーターサイクルも作っていて、現在はオーストリアのKTMと同じグループにあります。長らくオフロード専門でしたが、近年はロードスポーツの分野に進出しています。
それがこのスヴァルトピレンで、車名は黒い矢という意味のスウェーデン語。兄弟車にヴィットピレン(白い矢)もあります。排気量は250cc(スヴァルトピレンのみ)・400・800ccがあるので、普通自動二輪免許で乗れる車種もあります。
フレームやエンジンはKTMと共通なのに、先鋭的なKTMとは対照的に、モダンながらクールなスタイリング。2代目となる現行型は自然なライディングポジション、鋭すぎない走りも北欧ならでは。でも車名が示しているように、矢のように疾走するダイナミズムもしっかり感じられます。
嵐電に24年ぶりの新型車導入
鉄道車両はクルマに比べると圧倒的に製造台数が少ないので、前面や車内、塗装などで個性を出すよう、運行会社がデザイナーに依頼するパターンが主流です。
ここでは京都市の嵐電(京福電気鉄道)に昨年、24年ぶりの新型車として導入された『KYOTRAM』を紹介しましょう。

嵐電KYOTRAM 森口将之
こちらは先月下旬に大阪で開催されたRDEフォーラムでデザイナーから説明がありましたが、昔の欧州の路面電車をヒントにした丸い先頭部で、100年以上走り続けている歴史を伝え、人と近い場所にいる路面電車なので、ライトも丸にして柔らかさや愛らしさを表現したそうです。
それでいて今の京都には新しい建物もあるので、レトロモダンな雰囲気に仕上げ、他の嵐電車両にも使われている京紫色をまとわせたとのこと。いろいろな部分から京都らしさが伝わるし、街中をゆっくり走る車両にふさわしい優しさが感じられました。
ルーチェにフェラーリ『らしさ』は?
ここまで書いてきて、ルーチェに対する巷の評価が理解できたような気がしました。
僕はアップルの初代iMacを今も持っていて、iPhoneは最初の3Gから使い続けているぐらいなので、ルーチェをデザインしたジョナサン・アイブは尊敬しています。でも彼の個性が前面に出ていて、多くのフェラーリが備えていた、血湧き肉躍るような情熱や色気が影に隠れてしまっている感じがするのです。

フェラーリ・ルーチェ フェラーリ
とはいえ、イプシロンやスヴァルトピレンのように、ブランドにとっての新しい1ページを切り開いたという見方もできます。もう少し長い目でジャッジを下すべきではないかという気もします。
ただ、フェラーリだからなんでも褒めるという時代は、終わりを迎えつつあることも事実。それはデザインにとって良いことだと思っています。
