百条委員会で証人尋問に応じる斎藤知事(6日、兵庫県庁で)

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 兵庫県の斎藤元彦知事が内部告発された問題で注目が集まる公益通報制度について、消費者庁の有識者検討会で見直しに向けた議論が進んでいる。

 制度は、通報者への不利益な扱いや「犯人捜し」を禁じているが、趣旨に反しかねない事例が後を絶たない。現行では違反しても罰則がなく、どのようにして通報者を保護するかが議論の焦点となっている。(藤本将揮)

「自分と同じ」

 「まるで自分の時と同じだ」。全国の神社を束ねる宗教法人「神社本庁」職員の男性(64)(川崎市)は、兵庫県知事を巡る問題をそう感じている。

 裁判記録などによると、男性は神社本庁の総合研究部長だった2016年12月、幹部が不正な不動産取引に関与したとする疑惑を文書で告発した。すぐに男性を含む職員らへの事情聴取が始まり、17年8月、懲戒解雇された。「根拠がないまま、幹部を誹謗(ひぼう)中傷した」ことが理由だった。

 男性は同年10月、解雇無効を求めて東京地裁に提訴。本庁側は裁判でも「誹謗中傷」「クーデター目的」などと主張した。しかし、地裁は21年3月の判決で「不正があったと信じるに相当の理由があった」と認定。告発の目的も正当だとして、解雇は無効と結論づけた。

 判決は22年4月に確定し、男性は同年6月に職場復帰した。近く定年を迎える男性は「告発したことに後悔はない」と語る一方、「通報者を守るには今の制度では不十分だ」と訴えた。

「うそ八百」

 公益通報者保護法は、通報を理由とした解雇を無効とし、事業者に降格や減給などの不利益な扱いも禁じている。22年の法改正に伴い新設された指針で通報者の特定行為も禁止された。

 しかし、違反しても罰則がなく、通報者の扱いに関して疑義が持たれるケースが各地で起きている。

 兵庫県では、斎藤知事のパワハラ疑惑などを文書で告発した前県西播磨県民局長の男性職員(死亡)が県の内部調査で特定され、懲戒処分を受けた。県は文書を公益通報として扱わず、知事は記者会見で「うそ八百」と批判。県議会百条委員会では、前副知事が、知事から「徹底的に調べてくれ」と指示され、文書の作成者の特定を始めたと証言していた。

 犯人捜しが横行すれば、従業員が萎縮(いしゅく)し、不正が隠ぺいされる恐れがある。

 ダイハツ工業では23年4月、認証試験の不正が外部への通報で発覚したが、社内の窓口への通報はなかった。同年12月公表の調査報告書は「内部通報しても隠ぺいされるか、犯人捜しが始まるだけ」と従業員が不信感を抱いていたと指摘。消費者庁は今年1月、内部通報を受ける体制が不十分として、公益通報者保護法に基づき改善を指導した。

年内に結論

 消費者庁は今年5月、制度の見直しに向けた有識者検討会を設置。課題となっているのが、通報者捜しなどに対する罰則の新設だ。

 今月2日の会議でも、兵庫県の問題を念頭に、委員から「公然と通報者の探索が行われている」として、罰則を求める声が上がった。

 一方、経営側には不正な意図を持った通報への懸念も根強い。そのため、通報の乱用や虚偽通報に対する罰則を求める意見も出ている。

 検討会は年内に意見をまとめる予定で、同庁の新井ゆたか長官は5日の記者会見で「兵庫県以外でも通報への対応や体制不備が指摘されている。公益通報の趣旨がいかせる社会になっていくことが必要だ」と述べた。

通報「後悔」17%

 消費者庁が23年に実施した調査では、勤務先の窓口に通報・相談した476人の17.2%が「後悔している」と回答。「良かったことも後悔したこともある」が13.2%に上った。

 後悔した理由(複数回答)としては「調査や是正が行われなかった」が57.2%で最多。「不利益な扱いを受けた」が42.1%、「相談・通報が知られ、職場に居づらくなった」も24.1%あった。

 ◆公益通報=労働者らが勤務先などの不正行為を通報先に伝えること。2006年施行の公益通報者保護法は、勤務先窓口への「内部通報」のほか、監督官庁や報道機関、消費者団体などへの「外部通報」も対象としている。22年施行の改正法で、従業員300人超の事業者には、内部通報に適切に対応する体制整備が義務づけられた。