モスバーガーの「じつはスゴい商品」…すべての食べ物は眩しい、と平野紗季子が語るワケ
口に運ぶたび、消えていってしまう食べ物を惜しんだ経験は多くの人にあるものでしょう。フードエッセイストとして活動する平野紗季子さんの言葉は、食べ物がかつてあったときの“味の風景”を鋭敏に捉えます。今年8月には、前作『生まれた時からアルデンテ』から、10年ぶりとなる新作エッセイ集『ショートケーキは背中から』が新潮社から発売されます。
新卒から4年半務めた会社を辞め、ラジオ／podcast番組「味な副音声」のパーソナリティや、お菓子ブランド「(NO)RAISON SANDWICH／ノー・レーズン・サンドイッチ」の代表など、ますます多彩な活動を続ける平野さんがいま見ている“味の風景”とはどのようなものなのでしょうか。
撮影／浜村達也
記事前編は【悲しいとき、落ちこんでいるときに寄り添ってくれた食事たち…平野紗季子が照らす、味の風景】から。
すべての食べ物は眩しい
本書の中では、安心感を与えてくれる食べ物がホーム、好奇心を刺激されるような食べ物がアウェイと表現されていました。平野さんが扱う食べ物はコンビニで売られているお菓子のようなみんながアクセスしやすい味から、フランスのオーベルジュのような手の届きにくい味まで幅が広いですよね。その唯一無二のラインナップにはグルメ本にとどまらない、味の風景の広がりを感じます。
――私は、日々コンビニやチェーン店のご飯にお世話になっていますし、一方でガストロノミーのような食事と文化を考察する世界にも関心があって……。いずれにせよ言えるのは、どんな食べ物であっても、そこにその食べ物が存在した意義とか、誰かを幸せにしているという事実があると思っていて、全ての食べ物に対して「眩しいな……」と思うような部分があります。
どんな食べ物であっても、そこにその食べ物が存在した意義とか、誰かを幸せにしているという事実があると思っていて、全ての食べ物に対して「眩しいな……」と思うような部分があります。贅の限りを尽くして美食を追求するという世界も素晴らしいと思うのですが、それだけじゃないんじゃないかな、というのは食について書く仕事をはじめたときから思っていることです。
有名チェーン店の凄さ
「味な副音声」でも『モスバーガー』の「海鮮かき揚げバーガー」とか、『銀だこ』の「たこ焼き」とか有名チェーン店の商品を多く取り上げられていますよね。いつも身近に存在してくれているからこそ、気づかずに通り過ぎてしまうこともある、こうした「美味しさ」を掴むにはどうしたら良いのでしょうか。
――身近にある食べ物ほど、その美味しさが当たり前のものになってしまいがちですよね。でも、まっさらな気持ちで味わってみると、そのクオリティの高さに驚くことや、企業努力を感じて胸を打たれることもあり……。食べれば食べるほど、知れば知るほど、食の魅力を見落とさずに愛でることができるようになるのかもしれない、と最近は思っています。
例えば、モスバーガーのアイスティーは「シングルオリジン」と呼ばれる単一品種のキャンディ茶葉を使っているんですけど、それを教えてくれたのは私の紅茶の師匠みたいな人なんです。そういうあらゆるものを食べこんできた、飲みこんできた人だからこそ分かる凄さや美味しさみたいなものがあるんだろうな、と思っています。
身近な美味しさの他にも、「大人になっていろいろな味を知ってくるにつれてどうしても忘れてしまうけど、かつて確かに自分を支えてくれた味」みたいなものにも、本書では視野が広がっていますよね。かっこいいとかおしゃれとか、最先端な美味しさだけではない、安心感のある、ありがたい美味しさの数々を改めて思い出しました。それもすごく特徴的な視点で、同時にそういった視点を持ち続けていることの尊さも感じました。
――ある時は、揚げパンを食べたときに感じました。食べた瞬間に、頭のなかで小さな子供たちの声が「おかえり」と言っていました（笑）そういう食べ物に「おかえり」って言い続けてもらえたらいいな、みたいな気持ちがあります。
明日を生きるエネルギー
本書のなかではお店とお客さんが「噛み合わない不幸」についても触れられています。その「不幸」を避けるためには「一方的な消費のマインドを捨てる」ことが大切だと書かれていましたが、それは具体的にはどのようなことなのでしょうか。
――お店とお客さんという関係になると、日常的な人間関係ではありえない言動を働いてしまうことがあるなと思っています。お店側にとても強く出ているお客さんを見ることもままあります。あくまで私の場合、ではありますが、私はわりとそのいびつさが気になってしまう方で、お店に対して常にリスペクトをもって接したいんです。「客と店」というよりも「人と人」として向き合ったほうが最終的な食体験としては豊かなものになると思っています。
そうしたマインドの問題に加えて、SNSが広く普及したことによって、ある種の敷居の高さが取り払われて望まぬミスマッチを生んでいることもあるのかなと個人的には思っています。昨今の飲食店を巡るこうした現状についてはどのようにお考えでしょうか。
――前提として、背伸びをして良いお店に行くのは大切な食体験ですし、自分の分からない文化に飛び込んで勉強したり経験したりしてその世界を知っていくというのもすごく貴重なことです。その一方で、欲望の種類が増えすぎていて、そのなかでどれが自分にフィットするのか、分かりづらくなっている部分もあって、それがミスマッチの原因にもなっているのではないでしょうか。世の中で話題になっているから、良いとされているから、とかそういったことに囚われすぎずに、出会えたお店を大切にするマインドが、お互いにとっての幸せを生むのだろうと感じています。
読者の方には本書をどのようなシーンで読んでほしいですか。
――1冊のなかにいろいろな味が詰まっているので、いつ読んでいただいても、また『ショートケーキは背中から』とタイトルにもありますが、どこから読んでいただいても、楽しんでもらえるのかな、と思います。あとは「ちょっと疲れたな」とか、「何か嫌なことあったな」みたいなときにも開いてもらいたいです。食欲は「また明日も頑張ろう」という決意と繋がっていて、そうして食べたものが明日を生きるエネルギーに変わっていくので、この本を読んで「なにか、おいしいでも食べるか」と思ってもらえたらすごく嬉しいです。
