イーロン・マスク氏(写真:© 2023 Bloomberg Finance LP)

小型ライフサイエンス実験装置の研究開発を行う会社や、企業のDXや宇宙ビジネスコンサルティングを行う会社の代表も務め、宇宙利用の拡大を目指している堀口真吾さんは、次のように話します。

「今、世界中で勢いを増す宇宙ビジネスの状況は、世界を変えたIT革命前夜と同じであるように感じます。まさに宇宙が社会を変える、『スペース・トランスフォーメーション』が起きつつあり、宇宙という場を利用していかに価値を生み出していくかが問われています」

今後ISSが退役し「ポストISS」といわれる時代になるに際し、どのような設備・機能・サービスがあればいいのか。また、宇宙にはどのような特徴があり、環境としてどのように使うことができるのかをつづった『スペース・トランスフォーメーション』より、一部抜粋・再構成してお届けします。

日本の宇宙産業に求められる「民間開放」

宇宙産業は、産業育成という側面があまり重視されない期間が長く続きました。そのため、実績ある企業のみが継続して宇宙事業に取り組むこととなり、その結果、経験やノウハウの蓄積に偏りが生じて新規参入のハードルも高くなったことで、産業としての広がりが見られなかったのです。

実績のないスタートアップに投資し、一から育てた米国政府と違い、日本政府は民間を活用する事業を実施しようという場合に、まず「過去の実績」や「会社の規模」を問います。おそらく、「国民の税金を使うため、可能な限り失敗を避ける」ことを優先するためでしょう。

確かに、公共事業において、可能な限り失敗を避け、無駄な税金を使わないという考え方は重要です。しかし、新分野の産業を振興する際、政府がある程度の失敗を許容し、前進していく意識を持たなければ、民間の活力を生かして産業を発展させることは不可能です。

政府は2023年11月、宇宙ビジネスの競争力を高めるため、10年で1兆円の「宇宙戦略基金」を創設することを決めました。宇宙領域のスタートアップ企業の育成や他分野からの参入の促進を狙いにしています。企業はこれを好機と捉え、「どうすれば官の資金を有効に使えるか」を考えていく必要があります。

政府には「目利きの力」が必要

では、今後はどうすれば良いのか。政府はまず、新産業をもたらすチャレンジである宇宙産業については、一般の公共事業と一線を画し、日本にとって将来有益となる投資だという認識を持って、政策を立案、実行していく必要があります。

米国のように実績のない企業であっても入札などで選定できるようになるには、真の技術力や実行力を見抜く「目利きの力」が必要です。また、民間企業が投資できない、経済的効果に直接つながるわけではない宇宙基礎科学の分野に特化して資金を投入すべきです。持続的に科学振興を推進した結果、イノベーションが興り、経済活動の発展に結び付いた事例は多くあります。

米国はハッブル宇宙望遠鏡や火星探査機シリーズ、火星の表面を走破した無人探査機「スピリット」「オポチュニティ」など、宇宙科学分野で次々と成果を上げてきました。そうした積み重ねがあったからこそ、民間企業側から「宇宙旅行」「火星移住計画」といった目標が登場し、SpaceXをはじめとした企業が躍進して、経済活動と力強く結び付くに至ったのです。

民間企業はどうすれば良いのでしょうか。日本の宇宙産業はプレーヤーが限定された状態が長く続いてきました。まず、多くの企業が宇宙産業に自社が加わる可能性を検討し、宇宙産業の裾野を拡大して多様な挑戦を行う意欲を高めることが必要です。宇宙に関連した大規模な産業が創出されることを見据え、自社のサービス・製品を宇宙産業にどう生かすべきか、今こそ各企業が真剣に探索してほしいと願っています。

現在、産業界の新潮流はIoT(Internet of Things)やAI(人工知能)、ビッグデータなどのデジタルビジネスです。日本はこの新潮流に乗り遅れています。デジタルビジネスは米国を中心に動いています。

なぜ、日本はデジタルビジネスに乗り遅れたのでしょうか。「もの売りビジネスからデジタルビジネス(サービス化)にシフトできなかった」「グローバル化の遅れ」など、さまざまな理由が挙げられますが、その根本にあるのは「リスクを避ける組織文化」にあると、私は考えます。

宇宙ビジネスというニューフロンティア

日本は国内市場がそれなりに大きいため、新たなビジネス展開や海外展開に打って出るよりも、既存ビジネスの延長線上でビジネスを広げることがリスクの最小化につながるという発想にとどまっています。

しかし現実には、日本はすでに人口減少が始まっていて、国内市場は中長期的な視点では決して安泰ではありません。それなのに、中長期的視点から新機軸のビジネス展開に取り組む動きは活発ではありません。

これは、かつてさまざまなイノベーションを起こしてきた日本企業の多くで創業者が引退し、成長に伴って組織が大きくなったことで意思決定のスピードが以前より遅くなったこと、過去の成功に基づいて収益を上げるための組織構造・組織文化が強固に出来上がっているからこそ、急激な社会・経済状況の変化に対応できてない面があるといえます。

こうした組織文化を変革するためにも、私は日本の大企業が宇宙ビジネスに目を向け、宇宙ビジネスをニューフロンティアと位置付けて真剣に取り組むことを期待しています。

宇宙は本当にビジネスになるのか

株主などのステークホルダーからは「宇宙は本当にビジネスになるのか」といった疑問の声が出てくることでしょう。しかし、宇宙には「金のなる木」がいくらでも存在します。


例えば、太陽系には、地球上では希少で価値の高いレアアースを多く含むとみられる小惑星があります。月には常に太陽に面している場所があり、エネルギー創出の場として注目されています。

また、宇宙を舞台とした映画や広告の制作、宇宙旅行など、宇宙エンターテインメントも活発になるでしょう。つまり、発想次第で可能性は無限に広がるのです。

大企業が積極的に投資をすると、リスクは軽減されます。しかし、一度確立した組織文化を変えることは難しいため、少しずつ変革する必要があります。そのきっかけとして、既存事業とは別物で飛躍が必要な宇宙ビジネスを活用できるのではないでしょうか。

どんな企業でも、宇宙ビジネスは新規事業と位置付けることができます。それだけでなく、市場が国内に閉じていないため、最初からグローバルな視点で取り組むことになります。いきなりロケット開発や資源探査事業に参画するのは難しいかもしれませんが、まずは自社にとって身近な分野から段階的に始めるのが良いでしょう。GPSや衛星リモートセンシングなど、宇宙データの活用からスモールスタートを切る方法も一案だと思います。

(堀口 真吾 : DigitalBlast 代表取締役CEO)